124話 邪竜退治に出発する戦士2


 ひたすら聖地に向けてベヒーモスを走らせる。


「ひぇぇえええっ! オラ、ベヒーモスに乗ってる!!」

「主様、どうしてジェシカを連れてきたのよ」


 フラウは不満顔だ。

 一緒に乗るジェシカが騒がしいからだろう。


 気持ちは理解するが、そう睨むなよ。


 俺達だけだと道が分からないしさ。


 それにジェシカは見張り役だから、置いていかれると上司に怒られるって言うし。

 涙目で同行をお願いされたら連れて行くしかないだろ。


 部屋を借りた恩もあるし。


「こんなものに乗らされたら、オラお嫁に行けねぇ。しくしく」

「行けるわよ。あんたベヒーモスをなんだと思ってるのよ」

「ぐるぅ……」


 三郎が切ない声で鳴く。


「ご主人様」

「ああ、見えている」


 地平線に街が見え、複数の黒い煙が立ち昇っていた。


「どうやら魔物に襲われているようです」

「助けに行くぞ」


 ベヒーモスに乗ったまま俺達は街へ突入する。


 街で暴れていたのは、巨大なミミズのような生き物だった。

 頭部には口があり鋭い歯が丸く並んでいる。


 こっちにはあんな生き物もいるのか。


「ひぇぇえええっ! 邪竜の配下!!」

「二人は逃げ遅れた者がいないか確認してくれ。ジェシカは三郎と待機。あいつの相手は俺がする」

「かしこまりました」「了解よ!」


 一郎を走らせ、俺は背中の大剣を抜く。


 はぁぁ!


 すれ違い様にミミズを一閃。

 一郎は地面へ滑るようにして着地した。


 ミミズはびくんびくんと痙攣し、ほどなくして動きを止める。


 なんだ、邪竜の配下と言うからどれだけ強いのかと思ったが、めちゃくちゃ弱いじゃないか。


「すげー、にいちゃんヒューマンなのにつえぇ!」

「どなたか存じませんが、ありがとうございます」

「みんな、とんでもない強さのヒューマンが助けてくれたぞ!!」

「ずいぶんとでけぇ牛だなぁ」


 わらわらと住人が集まり、俺と一郎を取り囲む。


 ちなみにベヒーモスは大きな牛に見えるように偽装している。


「ギャオオオオオオオ!!」


 地面から二匹目となる邪竜の配下が飛び出す。

 もう一匹いたのか。


 デカいミミズは身体をくねらせ、俺を丸呑みにしようと向かってくる。


 お前らの力はもう分かっている。

 避けるまでもない。


 大剣をまっすぐ振り下ろせば、邪竜の配下は真っ二つとなって落下する。


「ひゃっふー! 二匹目も倒しただ! トール達の前じゃあ、所詮はでっかいだけのミミズだぁ!」


 聞くところによると配下は三匹いるらしい。

 それらはいずれも時間が経てば復活するのだとか。厄介だ。


「なんてヒューマンだ」

「配下を一撃なんて、勇者様でも果たして」

「あなた方は何者でしょうか」

「にひっ、聞きたい? 聞きたいだよな? 漫遊旅団っていうんだ! トール達はすごいんだぁ、ベヒーモスに乗ってて――あべっ!?」


 余計なことを口走ろうとしたジェシカを、すかさずフラウが蹴り飛ばした。


「べひーもす?」

「わ、わるいが、先を急いでいるんだ」

「あの! お礼を!」

「じゃあ!」


 俺達はすぐさま街を出た。



 ◇



 カエデの魔法が巨大なミミズを凍らせる。

 すかさずフラウがハンマーで粉砕した。


 砕け散る肉片を眺めながら、俺は大剣を背中の鞘に収める。


「三匹目を倒しただ! ばんざーい、ばんざー、ふぐっ!?」

「五月蠅い」


 フラウがジェシカの首筋に手刀を軽く当てた。


 気絶した彼女をフラウが抱え、三郎の背中に放り投げる。


「ふぅ、これで全ての配下を倒したのよね」

「だと思う」

「最後の一匹はフラウ達を狙っていたように見えたわ」


 先に倒した二匹は街にいた。

 だが、最後の一匹は何もない草原で、しかも明らかに目標として追いかけてきていた。


 邪竜が俺達に気が付いた、と言う事だろうか。


「ここのところ戦い続きですね。ささ、ご主人様」

「あ、おい」

「ぜひ私に癒やさせてください」


 カエデが腕を引っ張り、膝をぽんぽんと叩く。


 ただ、疲れた気もしなくもない。

 ここは喜んで膝枕させてもらおう。


 頭をのせればカエデがニコニコ笑顔。


 カエデが頭を撫でる。

 それが気持ちよくて、瞼が重くなってきた。





「あそこから先が聖地になるだ。無断侵入は重罪」

「ここからでも見える馬鹿でかい樹はなんだ」

「世界樹だべ。オラも詳しいことは知らねぇが、あれでもまだ小さい方だとよ」

「他にもあるってことか」


 世界樹、初めて聞く名だが興味をそそられる。

 ぜひ間近で見てみたいものだ。


 道に沿って進めば石造りの門があり、ここでも門番らしき騎士がいた。


 ただ、今までの者達とは違い並々ならぬ雰囲気を漂わせている。


「我らは聖地を守護する騎士である、資格なき者は即刻立ち去れ」

「ヒューマンが立ち入れる場所ではない」

「証だったらある」


 懐からネックレスを取り出して見せてやった。


「「ビルフレル家の証!?」」

「それと手紙を預かっている」


 ヤバルの手紙を門番に渡す。

 彼らは顔を寄せ合い中の便箋をまじまじと見た。


「元宮廷錬金術師のヤバル様が許可を」

「このような方がわざわざ許可を出しているとなれば……し、失礼しました! どうぞお進みください!」


 二人の騎士はあっさりと道を開いてくれた。


 騎士は「やけに大きい牛だ」なんてベヒーモスを観察する。


 あ、こら、次郎、睨むんじゃない。

 変に怪しまれるだろう。


 ほどなくして俺達は聖地へと入る。



 ◇



 聖地――このペタダウスにはかつて古代種の街があったそうだ。


 古代種が消えたのちにエルフ達が住み着き、少しずつ勢力を伸ばし現在に至るという。


「オラも世界樹は初めて見るだ。でっかいんだなぁ」


 至る所に朽ちた石造りの建物が並び、遠くにはゆうに百メートルを超える巨樹があった。


 あれでまだ小さい方だと言うのだからとんでもないな。

 聞くところによると、世界樹の苗はここへ最初に来たエルフが植えたそうだ。


 建国してどれだけ経っているのかは知らないが、長命種であるエルフのことだ、千年、二千年そこらの話ではないだろう。


 ズンッ、ズガガガガッ。


 大地が激しく揺れ、地面から勢いよく太い触手のようなものが飛び出す。


 ソレは長い胴体でアーチを描き、建造物を粉砕しながらこちらへと向かっていた。


 あれが邪竜か。


「グォオオオオオオオオオ!!」


 配下と似て、邪竜もミミズのような外見をしている。


 奴は粘液の滴る大口を開けて、高い位置からこちらを威嚇した。


「ひぃ、ひぃいいいっ! 食べられる、こんなところに来るんじゃなかっただ!」

「チュピ美、クラたん、ジェシカを守ってやれ」


 眷獣を出し護衛に付けておく。


「ご主人様、どうやらデビルワームという魔物のようです」

「すんごい嫌な感じ。魔王と戦った時みたいに肌がぴりぴりするわ」


 フラウの言う通り、あの邪竜からは邪気のようなものを感じる。


 セインやリサが身につけていた武具と似たオーラを、この邪竜も放っていた。


 にゅるり。


 デビルワームから無数の目が伸びる。

 常にしたたる粘液は、どろりとしていて絡みつけば動きを阻害されそうだ。


「そこを退け……って聞いてくれるはずもないか」


 ごうっ。


 ワームから放たれた豪火が、俺達を覆い隠す。


 軽く大剣を振るえば炎は両断された。


「グオッ!? バカナ、ワガホノオヲ、キッタダト!」

「しゃべれるのか!?」

「キサマ、マサカ、ユウシャカ」

「違う違う。ただの戦士だ」


 デビルワームは『絶対違うだろ』と言いたそうな表情を浮かべた。

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