123話 エルフ勇者の憂鬱その2
僕は狙った獲物を横取りされるのが大嫌いだ。
ましてや伴侶と定めていた女を奪われるなんて、死にも等しい耐え難き屈辱。
モニカと結婚した暁には、徹底的にその身体に上下関係を分からせる予定だった。
純真そうな顔を汚し、首を締め上げ、骨の髄まで僕色に染め上げる計画だったのだ。
漫遊旅団め。やってくれたな。
婚約解消されてはどうしようもない。
許さない。トール、お前は必ず殺す。
シルクビアで移動しながら、僕は親指の爪を噛む。
「ジグ、顔こわーい☆ そんなにもあの女に、婚約解消されたのが許せなかったの☆」
「…………」
「ねぇ、エイド、貴方はどう思う」
「……興味ないな」
「無愛想☆ きらめきが足りないぞ☆」
「……ふん」
まぁいいさ、僕が邪竜を倒せばビルフレル侯もモニカも考え直すだろう。
婚約解消がどれほど愚かだったのかを思い知るはずさ。
その時は立場も逆転している頃、親子揃って顔を踏みつけてやる。
◇
「邪竜の、配下が討伐されました」
女王陛下から発せられた言葉は、僕を僅かに動揺させた。
「まさか、一体誰が?」
「漫遊旅団です。くっ、まさかあのヒューマンがこれほどの力を有していたとは、ジグ分かっていますね。万が一にもヒューマンに邪竜を退治されることがあってはなりません。貴方を推した私の沽券に関わります」
「承知しております」
女王陛下の口ぶり、やつらここへ来たのか。
鼠のようにどこまでも入り込んでくる。
しかしまだ焦る必要はない。
奴らが倒したのは所詮、配下。
三匹いる内の一匹だ。
部屋に騎士が飛び込んでくる。
「申し上げます! 邪竜の配下が倒されました!」
「なっ!?」
「討伐したのは漫遊旅団なる冒険者パーティーとのこと!」
そんな馬鹿な。あり得ない。
この短期間で二匹目の配下を倒しただと。
なんなんだ漫遊旅団、前回の依頼といい、モニカの件といい、僕の邪魔ばかりしやがって。
さらに騎士が飛び込んでくる。
「先ほど、三匹目の配下が倒されました!」
「なんですって!?」
「漫遊旅団なるパーティーが討伐したとのこと」
「ジグ! 急いで邪竜へと向かいなさい!」
「御意」
女王の焦りが僕にも伝わった。
ヒューマンに邪竜を倒されれば、勇者である僕にとっても、女王を頂点とする王室にとっても大失態だ。
面目は丸つぶれ、否、この国にいるエルフ全体の面目が潰れる。
他国から笑いものにされるのは絶対に避けなくてはならない。
しかし、ヒューマンがどうやって三匹の配下を?
恐らく卑怯な手段を使ったに違いない。
ヒューマンは欲深くずる賢い。
清廉潔白なエルフには考えつかない方法で三匹を屠った、と考えるべき。
さらに騎士が飛び込んできた。
「邪竜が、漫遊旅団によって討伐されました!」
な、んだと。
そんな。
謁見の間がざわつく。
ヒューマンに倒されてしまった。
聖地は奪還することができたが、これで我が国の面目は丸つぶれである。
エルフこそが最も優秀で最強の種族である、と公言している我が国の立つ瀬がない。
「あああああ、あああああああ、なんてことを!!」
「女王陛下、なにとぞ冷静に」
「どうして落ち着いていられましょうか! ヒューマンに、聖地を取り戻してもらったのですよ! ご先祖様にどうご報告をすれば! そうだわ、ジグが討伐したことにしましょう」
女王の言葉に騎士が言葉を挟む。
「大変申し上げにくいのですが、彼の者達が討伐を果たしたことはすでに知られております。もう間もなくこの都にも届くかと」
「それもだめなのね……こんなことなら、あの者達を勇者に据えれば良かった」
女王の言葉に我が耳を疑う。
この女、勇者の首をすげ替えるつもりだったのか。
もしトールがエルフで、僕よりも討伐の可能性が高いと判断していたなら、奴がこの国の勇者になっていた、ということだ。
なんて腹立たしい。
トール、奴さえいなければ。
「ひとまず、貴方には待機を命じます」
「……御意」
僕は返事をして、部屋を出た。
◇
怒りが脳を焼いているようだった。
これほどの屈辱は初めてだ。
握る拳が僅かに震える。
「くそが! 漫遊旅団め!」
「いつも以上に荒ぶってるぅ☆ 聖地を取り返せて良かったと思うけど?」
「黙れ! 平民の貴様には分からないだろう! 高貴なハイエルフの僕が、下等なヒューマンよりも下に見られたこの屈辱が!」
「ジグ、プライド高いもんね☆ あはっ」
「笑うな! ぶち殺すぞ!!」
拳を振り上げようとして、僕は周囲の視線に気が付く。
そうだ、ここは酒場だった。
いつものように手を上げるのは不味い。
「……冷静になれ、ジグ」
「雇われのくせに僕に命令するつもりか」
「そうじゃない。まだ挽回はできると言っているんだ」
エイドの言葉に僅かだが頭が冷えた。
ここから何があると言うんだ。
邪竜は倒されてしまったんだぞ。
「よく考えてみろ、邪竜はどこから来たのだ」
「……まだ倒すべき黒幕がいると?」
「確実ではないが、そう考えるのが自然ではないか。精霊王は絶大な力を持った存在、疎ましく思う者がいないとは言い切れない」
「そうか、そいつは精霊王を封じる目的で邪竜を差し向けた。僕の真に倒すべき敵はそいつなんだな」
エイドがこくりと頷く。
いいぞ、普段の余裕が戻ってきた。
まだプランは修正可能だ。
僕には最高の余生が待っている。
今回は漫遊に邪魔されたが、奴らは所詮格下のヒューマン。
どんなに小細工しようと、最後に笑うのは僕だ。
「ところでジグ、君は【封印破り】のスキルを有しているな」
「……なぜそれを?」
「以前、ステータスを見せてもらったことがあっただろ。あの時に目が留まってね」
「ああ、あの時か」
出会ったばかりの頃に、一度お互いのステータスを見せ合ったのだ。
エイドはずいぶんと僕のステータスに驚いていたな。
当然だ。僕は勇者のジョブと強力なスキルを有しているのだから。
「実は……スキルをある者に封じられてしまっていてね。君にどうか封印を解いてもらいたいんだ」
「へぇ、それは初耳だ。どんなスキルなんだ」
「それは、まだ言えない」
怪しいな。
スキルを封印されるなんてよほどのことだ。
こいつが僕を裏切らないとも限らない。
封印を解くべきじゃないだろう。
「悪いが断る」
「そうか、だがいつでも言ってくれ。このスキルは、必ず君の役に立つだろう」
エイドはいつものように静かになる。
ここにきてようやく僕は、エイドの正体が気になった。
流れの冒険者だと言っていたが、何から何まで隠している。
こいつ、一体何者なんだ。
エルフかどうかすら不明なんだぞ。
「ジグ、これからどうするの? 黒幕とか言ってるけど、私達待機中でしょ☆」
「エイドの言うことが事実なら、遠くない内に討伐命令が下るさ。捕まっていた精霊王様からお話しがあるはずだからな」
「そっかー☆ チャンス到来ってやつね☆」
騎士の報告では、漫遊は国外へ出たとあった。
殺すチャンスは失われてしまったが、もう会うこともないと思えば心も穏やかになる。
モニカを取り戻す機会も、いずれあるはずだ。
くくく、ムカつくヒューマンだったが、僕をここまで追い詰めたことは称賛に価する。
褒めてやるよ漫遊。
ヒューマンなのによく頑張った。
「こちらにおられましたか」
騎士が酒場へと顔を出す。
雰囲気から僕を探していたようだ。
「女王陛下が宮殿へ来るようにとジグ様に」
「そうか」
来た!! きたきたきたぁ!
まだ僕のターンは終わっていない!
ここから栄光まで一気に駆け上がるんだ!!
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