122話 邪竜退治に出発する戦士1


 翌日、カエデは復活した。


「おかげさまでこの通り、元気になりました」

「病み上がりだ。まだ休んでおけよ」

「そんな、もう動けますから――ひゃう!?」


 ベッドから起き上がろうとしたところで、フラウがカエデの頭にチョップを入れた。


「主様がいいって言ってんだから、今日はしっかり休みなさい。また倒れられたら困るんだから。いいわね」

「はい……」

「きゅう!」

「パン太さんも、フラウさんと同じ意見ですか」


 カエデは渋々ベッドで横になる。


「そう言えば、昨夜のことは覚えているか」

「えっと、記憶が曖昧で……私、なにかしましたか?」

「いや、聞いてみただけだ」


 覚えていないならそれでいい。

 とにかく今日はしっかり休ませて様子を見ておくべきだな。


 俺と違って彼女は良くも悪くもデリケートだ。


 ただの風邪から大きな病気に繋がらないとも限らない。


「ごしゅじんさま~」


 うるうると目を潤ませて俺を見ている。

 俺はこれから出かけるわけだが、ここに残されるのは寂しいらしい。


「フラウとパン太がいる。俺もすぐに帰ってくるさ」

「本当にすぐに、戻ってきてくださいね」

「できるだけ早くな」

「5分くらいでしょうか」

「それはいくらなんでも早すぎる」


 ヤバルから預かった手紙を宮殿に届けないとな。


「ジェシカ、二人を頼んだ」

「いってらっしゃいだ」



 ◇



 女王はヤバルからの手紙に目を通したあと、俺に目を向ける。


「漫遊旅団、聞いたことがないパーティーですね」

「聖地に入る許可をもらいたい」

「ふふ、ふふふ、たかだかヒューマン風情が我らの聖なる土地に?」


 渡したヤバルの手紙をびりびりに破り捨ててしまった。


「元宮廷錬金術師ヤバルが、どのような考えで貴方をよこしたのかは存じませんが、下等種族を聖地に入らせるなど、あってはいけないこと。理解に苦しみます」


 元宮廷錬金術師だって?


 宮廷錬金術師といえば、宮廷魔法使いと並ぶエリートのはず。

 あのじいさん、そんな高い地位にいたのか。


「すでに邪竜討伐は勇者ジグが成し遂げる予定です。下賤なヒューマンの出る幕ではありません。この者を外へ」


 彼女の一声で、俺は謁見の間から追い出された。



 ◇



「話もまともにできず追い出された?」

「あんたの書いた手紙も破かれたよ」

「まったく、女王になって高慢な性格がさらに悪化したか。面倒を見ていた頃は、あんなにも素直で可愛い子供だったのだが」


 ヤバルは研究室の中を後ろ手で、考え事をしながらうろうろする。


「元宮廷錬金術師、でいいんだよな?」

「うん? そうだな、かつてはそのような職にもついていた。だからこそ王室にもの申すこともできたのだが。それももう通用せぬか」


 どうすんだよこれ。

 聖地とやらに入れないのでは、精霊王にも会うことができない。


 いっそのこと自分達だけで天獣を探すか。


 いや……さすがにそれは無謀すぎるな。


 ここは未知の渦巻く広大な大陸だ。


「むぅ、お前が貴族ならば聖地にも簡単には入れたのだがな」

「貴族でなくて悪かったな。あ、待てよ、そう言えばアレをもらったな」


 俺は懐からネックレスを取り出す。


 ヤバルに見せれば「ぬはっ!? そ、それは!」などと大げさなリアクションをした。


「ビルフレル家の証ではないか! なぜそれをお前が!」

「成り行きというか、色々あってもらったんだ」

「借りたのではなく!?」

「たぶん、もらった。問題があるなら返すけどさ」


 もらったよな?

 返せとか言ってたなかったと思うけど。


 ヤバルは驚きの表情から、にやりとした笑みに変える。


「トール、お前はこれの価値をよく理解していないようだな。これはビルフレル家当主の証、お前が言ったことはビルフレル家の総意となるのだぞ」

「はぁぁ!?」

「やはり知らなかったか。でなくてはもっと慎重に言葉を選んでいたはずだ。しかしこれで聖地への立ち入りはクリアされたことになる」


 ひぇぇ、なんてものを俺に渡したんだ。

 これは絶対に返そう。それがいい。


 ヤバルは「念には念を入れるべきか」と呟いた。


「仕方がない。もう使わなくなった名だが、クオンの息子の為だ。今から手紙を書く、お前はそこら辺で少し待っていろ」


 彼は椅子に腰を下ろし、ペンを手にとった。


 その間、俺は研究室の中をじっくりと眺めることにする。


 うげ、目玉が沢山瓶に詰め込まれてる。

 こっちはみっしり虫が。

 なんだこれ、手の平サイズのゴーレムか?


「マスターツー、無闇に触らぬようお願いいたします」

「悪い。ところでお前には名前はないのか。メイドって呼ぶのもあれだし」

「マスター(笑)には『エルツー』と呼ばれております。マスターツーとお揃いですね」

「エルツー、もしかしてLL-0223ってやつからきているのか」

「イエス。ネーミングセンスは壊滅的なあの方ですが、これに関してはぎりぎり及第点なので採用しております」


 及第点って……すげぇ良い名前だと思うのだが。

 おっと、こんなことをしている場合じゃない、カエデの元へ早く帰らないと。


 まだ書き終わらないのか。


「できたぞ。公爵家三男として、したためた手紙だ。絶大な効力を発揮するとはならんかもしれんが、そのネックレスの所有者がトールであることを示すには使えるはず」

「盗んだわけじゃないぞ」

「念の為と言っただろう。ただでさえこの国はヒューマンに懐疑的だ」


 そう言うことなら快く受け取っておくか。


「なんとも不思議な男だ。邪竜退治を簡単に成し遂げてしまうような、そんな気持ちにさせられる」

「必ず倒すとは言ってないんだが、まぁいいか」


 精霊王に会うには邪竜が邪魔だ。

 結果的に倒すことになるのだろう。


 ちょっぴり期待もしてはいるが。


 本気を出せる相手だと嬉しいのだが。 


「じいさん、ありがとな」

「礼なら母親に言え。恩を返しただけだ」

「そうだな。エルツーもまたな」

「無事をお祈りしております。マスターツー」


 うし、精霊王とやらに会いに行くか。

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