121話 戦士はぐるぐる目の仲間に戸惑う
天獣――古の時代よりも遙か昔、龍人に仕える強力な種族が存在した。
彼らの外見はビースト族によく似ており、一見して判別は困難。
しかしながらその力は類を見ず、強力無比なことから一線を画した存在として認識されているそうだ。
「――この本にはそう書いてあるが、本当に天獣なんて実在するのか」
「実際この目で見たわけではない。だが、文献には天獣とビースト族は分けられて記載されている。少なくともそのような存在が大昔にいたようだ」
「天獣ねぇ……で、その天獣がどう関係する。まさか見つけて母さんについて聞け、とでも言うつもりか」
「まさしくその通りだ。天獣なら龍人であるクオンと接触している可能性は高い。どこから来たのかも知っているかもしれない」
どこにいるのかも分からない種族に会いに行けと。
むちゃくちゃじゃないか。
「無論、どこに向かえば良いのか定まらぬのは問題だ。そこで儂は精霊王への謁見を提案する」
「精霊王って……?」
「言葉通り精霊の頂点。あの御方ならば、天獣の居場所も知っておられるやもしれん」
なるほど。その精霊王とやらに会えば天獣の居場所も判明するのか。
ようやく道筋がみえてきたな。
ふと、カエデに目を向けると、彼女はじっと天獣の記載されているページを見ていた。
ビースト族のオリジナルなんてものがいれば、気になるのは当たり前だよな。
描かれている画もカエデによく似ているからな。
しかしそんなにも天獣というのは、ビースト族にそっくりなのだろうか。
まったく見分けが付かないのは困る。
片っ端からビースト族と戦うわけにもいかないしな。
少しくらいは特徴があると助かるのだが。
「ねぇ、その精霊王ってどこにいるのよ」
「我らエルフには古くから信仰の対象とする土地がある。精霊王はそこで今も囚われているはずだ」
「ちょっと待って、なにかに捕まってるってこと?」
「邪竜ノドム。今より二百年前、突如として我らの前に現れ聖地を奪った怪物だ」
ヤバルは「先ほどの話は忘れてくれ。そもそも精霊王に会うのは無理だったな」と勝手に自己完結し、話を終わらせようとする。
彼はカップを掴もうとしたところで、メイドがすっと横にずらした。
「おい、何をする」
「勝手に話を終わらせてはいけません〇〇野郎」
「そうやって儂を馬鹿にして楽しいか。さぞ気分がいいだろうな、このポンコツが」
「同意。マスター(仮)を笑うのは本機の特権です。マスター(笑)が落ち込むだけで、心は晴れやかになり充実した毎日を送ることができるのです」
「今すぐ解体してやる!」
「できるものならやってみてください。老いぼれ錬金術師」
また喧嘩が始まる。
母さんはどうしてこんなひねくれたゴーレムを蘇らせたのだろう。
「その聖地がある場所だけ教えてくれ」
ぴたりとヤバルが動きを止める。
「本気で言っているのか。聖地に居座る邪竜は、数万のエルフでも勝てない相手なのだぞ」
「細かいことは苦手なんだ。ようはそいつをぶっ倒して、精霊王とやらに会えばいいんだろ。これなら俺でも簡単に理解できる」
「さてはお前、馬鹿だな」
「自分でもそう思ってるよ」
馬鹿で問題なし。
目指すべきものを知り、やるべきことが分かっていれば、意外とどうにでもなるものだ。
むしろ邪竜がどのくらい強いのか興味すらある。
本気で戦える相手ならなおのこと最高だ。
ヤバルは「やむを得ぬか」とペンを握り、さらさら文字を綴る。
便箋を封筒に入れ、彼は俺に差し出した。
「一般人では聖地に入ることができない。女王の許可が必要となるだろう」
「この手紙を渡せば与えてもらえるんだな。何から何まで悪いな」
「よい。クオンには態度も口も悪いが、そこそこ有能なメイドをもらったからな。ちょっとした恩返しだと思えばどうってことない」
「マスター(笑)……」
「ふ、ふん、年寄り一人では生きづらいからな。おい、今さりげなく馬鹿にしてなかったか。黙るな、なんとか言え」
喧嘩が再開したので、ジェシカを起こし俺達は部屋を出る。
「結局、どういうことですだ?」
「私達はこれから、聖地に向かい邪竜を討伐することになりました」
「ぬへぇぇぇ!?」
仰天するジェシカにカエデは苦笑いを浮かべる。
彼女はずっと寝ていたから話の内容を知らない。
兵士なのに呑気というか、向いてないんじゃないのか。
「あの、ご主人様!」
「ん?」
カエデが真剣な表情で声をかける。
あれ?
なんだか顔が赤い気がする。
「実はわた――ふぁ?」
カエデがぺたんと地面に座り込んだ。
どうした?
調子が悪いのか?
彼女はぼーっとした様子で俺を見上げる。
フラウがすぐにおでこを触って確認した。
「あつっ!? 熱があるじゃない!」
「ふえ?」
「ほんとですだ。急いで医者に診せた方がいいだ」
「きゅう、きゅう!」
俺はカエデを背負い、ジェシカの案内で診療所へと向かった。
◇
ベッドですやすやと眠るカエデ。
その姿に俺は溜めていた空気を一気に吐き出した。
ひとまず安心した。
医者は「ただの風邪だ」と言っていたので、以前の病気が再発したわけではないようだ。
思えば今日のカエデは妙に静かだった。
あまり言葉も発しなかったし、呼吸も普段より少し荒かった気がする。
なぜ察してやれなかった。
すっかり元気になって油断していたのか。
「風邪ってそんなに苦しいのかしら」
「きゅう」
「え? かかったことないのかって? ないわよ、家族が風邪で寝込んだ時も、フラウだけ元気だったんだから」
ベッドの上を漂うフラウとパン太もカエデが心配のようだ。
水差しを持ってジェシカが戻ってくる。
「お水を用意しただ。カエデさん、薬を飲んでからぐっすり寝てるだな」
「悪いな。部屋を借りた上に看病まで手伝ってもらって」
「いいんですだ。困っている人を助けるのも衛兵の仕事だ」
俺は水に浸したタオルを絞り、カエデの額に乗せる。
面倒を見ていたつもりが、すっかり世話になりっぱなしだった。
カエデは俺とは違い、賢くて、気遣いができて、なにか言う前に全てをこなしてしまう子だ。
だからいつの間にか無理をさせていたらしい。
「あ! カエデが風邪を引いた原因ってあれじゃない? ほら、雨の日に外でいたでしょ」
「雨の日……ああ、けどカエデより俺の方が濡れたハズだが」
「一つ聞くけど、主様って風邪を引いたことは?」
「ないな」
「でしょうね。カエデは主様ほど強くはないってことよ」
そう、カエデはか弱い。
俺はそのことを忘れていたのだ。
「カエデは俺が看病する。ジェシカは衛兵の仕事があるんだろ、構わず行ってくれ」
「心配無用だ。一応オラ、トール達の監視役を言いつかってるだ。これも任務の内と考えれば言い訳できるだ。それよりなんか栄養のありそうなもの、買ってくるべ」
「重ね重ね悪い」
「気にしないでだ。お父さがよく言ってただ「困っている人を見捨てるような、エルフにだけはなるなよ」なんて」
ジェシカは笑顔で手を振って買い物に出かけた。
「ごしゅ、じんさま」
うっすらとカエデが眼を開ける。
しばらく視線は彷徨い、俺の顔で固定された。
まだ赤い顔で、安堵したように微笑みを浮かべる。
「申し訳、ありません、風邪を引いてしまうとは」
「起きなくていい! ゆっくり寝ていろ!」
「はい……」
ぬるくなったタオルを取り、水に浸してまたおでこにのせる。
ひどく熱いのか、汗をかいているようだった。
あとでフラウに拭いてもらうか。
「出会ったばかりの頃を、思い出しますね、あの時もご主人様はこうして。げほっげほっ」
「無理にしゃべらなくていい。今、ジェシカが栄養のあるものを買いに行っている。食事はできそうか?」
「少しくらいなら、食べられそうです」
弱々しいカエデの頭を撫でる。
「やめ、ないでください。もう少し……なでなでしてください」
「そうか」
「たまには、風邪もいいですね」
どことなく嬉しそうだ。
早く、元気になってくれよ。
どこまでも俺に付いてくるんだろ。
街が寝静まった深夜。
部屋をランプだけが照らす。
「はぁ、はぁ……ごしゅ、じんさま、どこですか」
「ここにいる。ほら、タオルを替えるぞ」
新しいタオルを額にのせてやる。
体温が上がったらしく呼吸は苦しそうだ。
意識は朦朧としていて、時折激しい咳をしていた。
念の為にフラウとパン太、ジェシカには別の部屋で寝てもらっている。
隔離とまではいかないができる限り移さないようにしなければ。
「ごほっ、ごほっ」
「俺は傍にいるから心配するな」
俺は布団から出ている、カエデの手を握ってやる。
するとうなされていたカエデは、途端に安堵したように表情を和らげた。
呼吸が落ち着き、静かな寝息となる。
すっ、とうっすら彼女の目が開く。
「カエデ?」
「…………」
反応がない。
しかし、その目は俺を捉えている。
がばっ。突然、カエデがベッドから飛び出し、俺を床へと押し倒した。
「どうしたんだカエデ!?」
「はぁ、はぁ、ごしゅじんさま! ごしゅじんさま!」
顔は赤いままで、熱が下がった様子はない。
眼とろんとしていて、とても正気とは思えない状態だった。
カエデは馬乗りになって、俺の胸に顔を埋めたり、頬をこすりつけたりした。
「ごしゅじんさま、だいすき! だいだいだいすき!」
「お、おお……」
「ごひゅいんひゃま、ごしゅひんひゃま、このひほい、しぬはでかいではい! すんすん、はぁぁ、ぜんぶすき、だいすきすぎてしんじゃいそう!!」
「お、おちつけ、な?」
「きゅうん、きゅぅぅん」
尻尾が激しく振られている。
甘えるような鳴き声を出し、俺の首筋の辺りで匂いを嗅いだり、軽くぺろぺろ舐めたり、普段のカエデでは絶対見られない行動をする。
熱が原因で混乱しているのだろう。
それとも普段からこんなことを考えているのだろうか?
しかし、首筋を舐めるのはやめてもらいたい。
ドキドキするというか、ムラムラするというか、ゾクゾクするというか、妙な気分になるのだが。
顔を上げたカエデは息を荒く、眼がぐるぐるしていた。
「はきゅう~」
「あ」
限界に達したのか、ぱたんと倒れてしまった。
彼女を抱き上げ、ベッドへと戻す。
額のタオルを替えてやれば、穏やかな寝息を立て始める。
カエデの言葉を思い出し、恥ずかしさに顔が熱くなった。
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