120話 エルフ勇者の憂鬱その1
宮殿に帰還した僕らは、颯爽と女王陛下の前で跪く。
「ご苦労ジグ。依頼の方はどうでした」
「申し訳ありません。ヒューマンによる邪魔が入り、ミストメイカーを討伐することはできませんでした」
「まぁいいでしょう。あそこは下等種族が集まるどうでもいい場所。念の為にと貴方を向かわせましたが、討伐できなくともいささかの問題もありません」
「寛大な御心に感謝いたします」
僕は内心で笑みを浮かべる。
どうせこうなると思っていた。
陛下のお気に入りである僕が責められるはずなどない。
この後もベッドの上で組みしだかれ、僕にあられもない姿で懇願するのだ。
もう間もなく陛下は僕の子を宿すだろう。
そうなれば地位は安泰、この国を陰から支配することができる。
勇者なんて所詮は通過点に過ぎない。
目指すは真の頂点、すなわち玉座だ。
僕ほどの才能を有した男が、たかだか勇者程度で収まるはずがない。
上がれるところまで上がって、あとは最高の余生を送るのだ。
あがりとしてはこれ以上ないだろう。
「貴方には間もなく、邪竜討伐へと赴いていただきます。己の使命は分かっていますね」
「はい。勇者として憎き邪竜を下し、聖地を取り戻すことです」
「よろしい。精霊王は今もあの場所で我らをお待ちです。決して失敗は許されません。勇者ジグには、入念な準備を行い決戦に挑んでいただきます」
「御意」
精霊王――精霊界の頂点に君臨する四つの最高位精霊、その一柱が聖地に今も囚われている。
精霊王は古き時代より我らペタダウスの民を導いてきた。
聖地を取り戻すは我らが悲願。
こればかりは僕も手を抜くことはできない。
聖地なき、精霊王なき、エルフに繁栄なし。
「では次の依頼をこなしてもらいましょう。貴方が邪竜に挑むには、まだまだレベルが足りませんからね」
「恐れ入ります」
「アルベールという小さな村で、サメモグラが大量発生しているそうです。あそこは比較的王都から近い食料生産場所です。速やかな解決を求めます」
「御意」
依頼を受けた僕は謁見の間を去ろうとする。
が、女王陛下に呼び止められた。
「そうそう、貴方の婚約者が戻ってきたそうですね。元気な顔でも見せに行ったらどうでしょうか」
「近いうちにそうさせていただきます」
陛下は嫉妬の籠もった眼で僕を見ていた。
ちっ、ババアのくせにみっともない。
どうせ僕をとられると危機感を抱いているんだろう。
心配無用さ。あんたはまだまだ利用価値があるからな。
ババアでも見捨てやしない。
「討伐が終わっただと?」
村に到着した僕は、思いも寄らぬ報告を受けた。
つい先日、依頼を受けた冒険者がサメモグラを退治したというのだ。
加えてその冒険者共は全滅寸前だった畑を蘇らせ、報酬も受け取らずどこかへと去ったとか。
村人共は『あの方々は救世主だった』と褒め称えていた。
どうなっているんだ。
依頼を受けたのはこの僕のはずだ。
なぜ知らない奴が達成している。
気に入らないな。
舐めた真似をしやがって。
「勇者さんもウチの『漫遊野菜』を食べていってくだせえ」
「漫遊、野菜? なんだそれは?」
「あの方達のお力でさらに甘く大きくなった野菜を、そう呼んでますだ。村に名物ができてウチらみんな、あの方々に感謝してますだ」
村人が差し出すトマトを、僕は手で弾いた。
どうしてそんなものを食べなければならない。
本来、貴様らが褒め称えるべきは僕だろう。
「ジグ、こんな小汚い村早く出ましょ☆ 土臭いし何にもないし、つまんない☆」
「……セルティーナ」
「なによエイド。本当のことじゃない☆」
「…………勇者とその仲間は、あらゆる点で常に見られている」
「はいはい☆ そうでしたそうでした」
エイドは落ちたトマトを拾い上げ「これは自分がもらう」と村人に礼を言う。
奴は最近加入したメンバーだ。
口数は少なく、常に漆黒のフルアーマーに身を包んでいて、その顔はおろか年齢種族出身すら確認することができない。全てにおいて謎に包まれた男。
だが、僕にとってはどうでもいいことだ。
必要な戦闘力を有し、余計なことを喋らず、必要最低限の信用がおければ他は些細なこと。
仲間なんて所詮は使い捨てだろ。
役に立ってくれさえすれば満足だ。
なにより、男に興味はない。
「行くぞ」
「はいはーい☆」
「……」
◇
僕らはシーナス領アプロアへと到着する。
「これなら決まっているか」
「いつまでセットしてるのよ☆」
「邪魔するな。エイド、花束を買ってきたか」
「……ここに」
手鏡で何度も髪型を確認する。
婚約者――彼女に会うのはずいぶんと久しぶりだ。
侯爵令嬢にもかかわらず冒険者をするようなお転婆だが、あの笑顔と全てを包み込むようなオーラを僕は気に入っている。
それに隠しきれないあの蠱惑的な肉体、早く抱きたくてウズウズする。
百を超える女を抱いてきた僕だから分かる。
あの女は極上だ。
ぐふ、ぐふふ、涎が止まらない。
「それでその女、落とせそうなの☆」
「愚問だな。僕のスキル【意識誘導】によって、すでに八割方こちらに傾いている。あと一押しさえすれば、モニカは僕の物だ」
「ミーというものがありながら、婚約者なんて作ってさ☆」
「なに言っている。お前とはただ肉体だけの関係だろ? 面倒なら捨てても良いんだぞ」
「ご、ごめんなさい! ちょっぴり嫉妬しちゃうなぁ、って感じなだけ☆」
ふん、立場をわきまえない女は嫌いだ。
あとできっちり躾けておくか。
さぁモニカ、君を僕の所有物にする時が来た。
愛しの婚約者が会いに来たよ。
「婚約は解消しますデース」
「は?」
僕は花束を床に落とした。
彼女の言った言葉がまるで理解できなかった。
「もう一度言うデース。貴方との婚約は解消するデース」
「なぜ、どうして!? 君の家は、我が家にある『延命の宝珠』を求めていたんじゃなかったのか! だから婚約したんだろ!!」
「それならもう見つけたデース。伯爵とは今後も懇意にしたいところデースが、我が家としては婚約までする理由はもうないデース」
馬鹿な。嘘だ。
ようやくモニカを手に入れられそうだったのに。
そこへ ビルフレル侯が現れる。
「おや、これはジグ殿。さすが勇者、娘の帰還にいち早く駆けつけてくださったのですな」
「ええまぁ、婚約者としては当然のことなので。それよりあの、モニカさんが婚約を解消するとおっしゃっているのですが、それはまことのことなのでしょうか」
「ご存じなかったか。ならば申し訳ない。先日、貴殿のお父上――伯爵へ婚約解消を申し入れ、受諾されております」
父上が解消を認めた!?
くそっ、どれだけ金を積んだんだ。
そんなにも僕に娘をやるのが嫌だと。
あと少しだったんだ。あと少しでモニカを手に入れられたのに。
「モ、モニカは、僕と結婚したいよね」
「ぜんぜん。そうそう、聞いてくださいデース。私、素敵な殿方と出会ってしまったのデース。その方は命を助けてくださったばかりか、お母様もお救いになった素晴らしい御方なのデース」
「他に……?」
僕は目を見開き、愕然とする。
こちらに寄っていたはずの彼女の心が、完全に引き離されていた。
意識誘導スキルは、一度の効果こそ弱いが積み重ねることで大きな精神の変化を起こす。
間違いなく以前の彼女は、僕に気持ちがあった。
なのに一ヶ月そこらでがらりと状況は変わったのだ。
スキルの効果を無効化するほどの出来事があった、と考えるのが妥当だ。
そうか、命を救われたと言っていたか。
ぐぎぎぎ、どこの誰だ。
僕のモニカを奪った奴は。
殺してやる。絶対に確実に息の根を止める。
そいつさえこの世から消えれば、彼女は戻ってくるはず。
「その素敵な人の名前を教えてもらえるかな」
「はい! 漫遊旅団のトール様、デース!」
あいつか!!!!
トォオオオオオオルウウウウウウウッ!!!!!
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