119話 手がかりを掴んだ戦士
三十分が経過した。
未だ二人の喧嘩は終わらない。
「マスター(笑)は週に一回は水浴びをするべきです。その臭さは目に余ります。お隣さんに、本機がどのように言われているのかご存じないでしょう」
「言いたい奴には言わせておけ。だいたいお前は、作り物のくせに臭いなどと、どうでも良いことになぜ意識を割く。嗅覚センサーを切ればいいだけだろ」
「逆に申し上げますが、なぜ本機がマスター(笑)の為に、嗅覚を犠牲にしなければならないのでしょうか。甚だ疑問すぎて正気を疑います」
「お前は儂のメイドだろうが!」
「メイドが言うことを聞くなど、いつから勘違いをされていたのでしょうか」
長い、いつまで続くんだこれ。
フラウなんか暇すぎて寝ているのだが。
お、とうとうジェシカが寝た。
「止めてあげた方がいいのでは」
「けど、下手に間に入って機嫌を損ねるわけにはな」
地下室は上と同じように物で溢れている。
奇妙な形のガラスの容器がいくつもあり、金属製の筒や鍋、瓶詰めにされた薬草や魔物の素材、棚には無数のスクロールが置かれ、床には大きな魔法陣があった。
もしかして錬金術師と言う奴だろうか。
「馬鹿が! 阿呆、ポンコツ!」
「〇〇〇野郎。〇〇マスター。〇〇〇〇〇〇に〇〇〇しかできない、〇〇〇錬金術師」
「ちくしょう、そこまで言うか! 誰か殺してくれ、儂は今すぐ死にたい!」
「勝利」
俺に無表情でVサインをするメイドは、どこか勝ち誇っているようにみえた。
どうでもいいが、そろそろ俺達を彼に紹介してもらいたい。
それと号泣している彼を慰めたらどうなんだ。
「――いかにも儂が錬金術師のヤバルだ」
目を赤くしたヤバルは、お茶を啜りながら自己紹介をする。
その隣ではメイドが座っていた。
「おい、なぜお前が儂の隣に座る。立場をわきまえろ」
「いつから本機が下だと勘違いを?」
「もういい。好きにしろ」
「ご命令があったので、自由にさせていただきます」
ヤバルは話を再開する。
「トールとか言ったな、君は古代種――龍人について話を聞きたいとか」
「ああ、聞かせてもらえないか。どんな情報でもいい、相応の物を出せというなら払うつもりでいる」
「金はどうだっていい。それよりなぜ知りたい。儂は君の動機が気になるのだ」
「それは……」
言葉に詰まった。
どう説明をしたものか。
一からとなると長くなる上、龍人と明かすことになる。
信用できるかどうかも不明な相手に、秘密を明かすのは馬鹿な俺でも不味いってことくらい理解できる。
「この御方は、99、9%龍人です。そして、遺伝子情報から見るに、マスターワンのご子息かと」
「ほほう、古代種の生き残りか。ならば合点も行く」
「なっ!? どうして龍人だと!?」
メイドがさらりと正体をばらしてしまった。
なんなんだこいつ。
どうして俺が龍人だと分かったんだ。
「くくく、驚いているようだな。こいつは人のようにみえるが、実は精巧に作られたオリジナルゴ――「生活支援ゴーレムLL-0223です」まだ儂が発言しているだろうがっ!」
「生活支援ゴーレム……つまり人工物なのか?」
「イエス、マスターツー」
メイドは表情を変えずVサインをした。
興味を示したフラウとパン太が、メイドに近づきまじまじと観察する。
「まるで生きているみたいね。作り物とは思えないわ」
「きゅう」
「当然です。本機は偉大なる方々が生み出した、英知の結晶とも言うべき物の一つ。あらゆる要求を叶える超高性能メイドゴーレムです。本来、このような場所にいていい存在ではありません」
「口の悪さも一級品ってわけね」
「おや、お上手ですね。クッションを一枚差し上げます」
おい、ヤバルが明らかに怒っているのだが。
メイドはどこ吹く風と言った様子で、まるで相手にしていない。
様子を見守っていたカエデが苦笑する。
「その、さっきから俺をマスターツーと呼ぶが、それはなんなんだ」
「二番目の主という意味です」
「ヤバルの次に俺が?」
「違います。彼は仮の主、正式に登録されたマスターは貴方のお母様です」
な、んだと?
母さんがこいつの一番目のマスター??
だとしたらここに母さんが?
ヤバルに目を向けると、彼はそっぽを向いてすねていた。
「マスター(仮)、この方にお話しを」
「嫌だ。説明ならお前でもできるだろう」
「本機は目覚める前の出来事は把握しておりません。ここは事情を把握している、天才錬金術師のヤバル様でなければ」
「天才?」
ぴくりとヤバルが反応する。
「溢れんばかりの才能を有し、あらゆる栄誉をほしいままにしながらも、それら全てを投げ捨てて孤独に研究を続ける希代の天才ヤバル様に、説明していただきたいのです」
「よろしい! 儂がしてやろう!」
やる気になったヤバルが語り始める。
◇
ヤバルは以前より、古代種そのものに強い興味を示していた。
そして、その過程で様々な遺跡や遺物を調査し、いくつかの遺物の複製にも成功を収め、ヤバルの名は広く知れ渡ることとなった。
ある雨の日、玄関に見慣れない女性が立っていた。
彼女は布に包まれた何かを抱きかかえ、彼に「私は龍人だ」と名乗ったそうだ。
ヤバルは彼女の言葉に半信半疑だったが、鑑定のスクロールを用いたことで、それが紛れもない真実であることを知る。
彼はひどく興奮した、らしい。
絶滅したと思われていた古代種が生き残っていたのだ。
知りたいことが多すぎて、何を聞くべきなのか分からなくなったほど、だとヤバルは唾を飛ばして言った。
女性は自らを『クオン』と名乗った。
彼女は口数が少なく、期待に反し多くは語らなかった。
寡黙で、よく本を読み、妙に勘が鋭く、料理が上手く、掃除は下手。
知識は恐ろしく豊富なようで、ヤバルの研究内容を一瞬で理解していたようだった。
数日ほどここに滞在し、彼女はオリジナルゴーレムであるメイドを置いて、どこかへと行ってしまう。
「――クオンは儂のいかなる問いかけにも、満足する答えを出さなかった。まるで語ること自体が恐ろしいとでも言うように」
「何も知らなかっただけ、ってことは」
「それはないだろうな。ここにいるポンコツメイドを修理したのは彼女なのだ」
生活支援ゴーレムLL-0223は、母さんが直したのか。
もしかして母さんが抱えていたものって、こいつか。
クオン……それが母さんの本当の名前。
初めて聞く名なのに、やけにしっくりくる。
「母さんについて知っていることは?」
「残念ながら本機の記憶領域は、一度デリートされています。与えられた命令は、この老いぼれ錬金術師に仕えることのみ」
ようするに何も覚えてないってことか。
参ったな。せっかく大きな手がかりを手に入れたと思ったのだが。
振り返ると未だジェシカは熟睡している。
彼女にはもう少しぐっすり眠っていてもらおう。
「どこから来たとか言ってなかったか」
「さっぱりだな。儂もどこから来てどこに行くつもりなのか尋ねたのだが、はぐらかされて聞くことはできなかった」
彼は話を続ける。
「ただ、旅をしている理由は聞けたな」
「それは!?」
「安息の地を目指していると」
それを聞いて、母さんの幸せそうな笑顔が脳裏に横切った。
母さんは旅を終えた。
安息の地を見つけたのかもしれない。
俺や父さんと暮らしていたあの場所が、母さんのたどり着いた場所だった?
そう考えると胸の奥がじんわり温かく感じる。
「これだけ聞ければ充分だ。ありがとうヤバル」
「まぁ待て。確かにどこから来たのかは儂も知らんが、知っていそうな者なら心当たりがある」
マジかよ!
もっと早く言ってくれよ!
ヤバルは本棚から古びた一冊の本を抜き取る。
パラパラとめくり、とあるページを俺に見せた。
「この世界には『天獣』と呼ばれる、非常に強力な力を持った種族が存在する。彼らはビースト族のオリジナルと言われていて、古代種に仕えていたそうだ」
天獣??
本を見れば、カエデそっくりな狐耳の女性が描かれていた。
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