118話 戦士、正門を押し通る


 ペタダウス国の首都に到着。

 ベヒーモスを近くの森に隠し街へ入ることに。


「貴様らの立ち入りは許さん。早々に去れ」


 入り口にいた複数の衛兵が集まり、俺達に立ち入り禁止を告げた。


 周りのエルフは呼び止められることもなく、自由に出入りしているにもかかわらずだ。

 中にはヒューマンの姿も見かけるが、いずれも首輪をしていて奴隷の身分であることが窺える。


 つまり奴隷でないヒューマンは、街には入れられないと?


 ずいぶんな扱いじゃないか。

 こうなると押し通りたくなるな。


 しかしながら、まずは穏便にことを収められないか試してみるか。


 俺は目立つのは苦手だ。


「身分証明ならある」

「確認するまでもない。どうしても入りたければ、奴隷でもなんでもなってくるんだな。ああ、30万で特別に保証人になってやってもいいぞ。優しいだろ、俺達」


 金、か。

 奴隷じゃないヒューマンも一応、入る方法はあると。


 ただ、こういった奴らは足下を見て、すぐに値段をつり上げる。


 なによりどうして俺達だけが、金を払わなければならない。


 エルフが良くてヒューマンがダメなど、そんな馬鹿な話があるか。

 お前らが差別するなら、こっちも力尽くで中に入ってやる。


「金は払わない。街の中にも入る」

「はぁ? ヒューマン風情がなに言ってやがる。はやく払えよ。それとも後ろのメス奴隷で支払うか。底辺種族、ぶふっ」

「そのヒューマンに簡単に入られたら、お前ら立場がないよな」

「こいつ!?」


 衛兵が槍の矛先を俺に向けるが、気にすることもなく街に入るべく足を進める。


 四歩、進んだところで槍が腹部に突き立てられた。


 が、矛先は皮膚すら突き破れず、衛兵達は驚愕の表情となった。


「突き刺さらない!? まるで岩を突いているようだ!」

「お前達、こいつらを中に入れるな!」

「どうした。エルフはヒューマンよりも上等なんだろ。俺くらい止められるよな」


 べぎっ、槍の柄がへし折れる。

 俺はさらに前に進み衛兵達を押し退けた。


 衛兵は入らせまいと俺の身体にしがみつく。


「なんて力だ! 四人で止められないなんて! 誰か、増援を!」


 続々と衛兵が駆けつけ、俺の身体にしがみつく。

 前方でも三人が槍を向けて威嚇していた。


 もちろんこの程度で止められるはずもない。


 俺は十人以上を引きずりながら、堂々と正面から街の中へと入る。


「こいつ本当にヒューマンか!? 我らはレベル100を超えているんだぞ!」

「隊長、いかがしますか。このままでは重大な責任問題に」

「くっ、ええい、保証人になってやれ! 今回だけ特別だ!」

「あ」

「止まった!?」


 ふと、思い出したのだ。

 モニカの父親に、家紋入りのネックレスを渡されていたことを。


 懐からネックレスを取り出し、衛兵に確認させる。


「まさしくビルフレル家の証、大変失礼いたしました。侯爵様の身内の方だったとは。しかし貴方もお人が悪い、教えていただけたならすぐにお通ししたのに」


 隊長と呼ばれた男性は腰が低くなり、にこやかな笑顔で会話をする。


 彼らには効果てきめんだったらしい。

 ビルフレイル侯に再会した際は、きちんとお礼を言っておかないとな。


「隊長、あの証は本物だったのですか? ビルフレイル侯といえばヒューマン嫌いだったはずでは」

「ふん、偽物だろうと本物だろうとどうでもいい。これ以上問題を起こされたら、我々のクビが切られてしまうだろうが。念の為にあいつらには監視を付けておけ」

「はっ」


 後方から衛兵達の話し声が聞こえる。

 聴覚においてもヒューマンを――いや、俺を舐めているようだ。


 確かに普通のヒューマンならこの距離では聞こえないだろう。


 あいにく俺は普通ではない。


「ご主人様、これから向かうのは龍人に詳しいと言う方ですよね」

「そうなんだが名前を教えてもらっただけで、どこに住んでいるのか知らないんだよなぁ。こうなったら手当たり次第に聞き込みするしか」

「とりあえず食事にしましょ! あそこにお洒落な食事処があるわよ!」

「きゅう」


 そう言えばまだ昼飯を食ってなかった。

 ここの名物を食ってから探しても遅くはないか。


 てことで、俺達は食事処に入る。




「なんなのあの店! ムカつく、何がヒューマンに食わせるパンはないだ!」

「きゅう!」

「店もろとも粉砕してやろうかしら!」

「きゅ、きゅう!」


 フラウは怒りに震えている。


 食事処へ入ったのはいいが、そこで店主に入店を断られたのだ。

 辺境ではそんなことなかったのだが、この都では差別意識がかなり強いらしい。


 道行く人々も俺達に冷たい視線を向ける。


 この雰囲気だと聞き込みも難航しそうな予感。


 ささっ、じー。さささっ、じー。

 物陰から物陰へ移動し、強い視線を俺達に向ける者がいた。


 アレが俺達に付けられた監視か。


 ちょうどいい、道案内役としてしっかり間近から監視してもらおうじゃないか。


「ぬひゃ!?」

「待て」


 追いかけると、監視役は狭い路地裏に逃げ込む。

 だが、すでにカエデが回り込んでいた。


「ふへ!?」

「逃がしませんよ」


 行く手を塞がれたそいつは、挟み込まれたことでひどく焦り、見ているこちらが申し訳なく思うくらいおろおろし始める。


 防具を着込んでいるが、シルエットから女性であることは一目瞭然だ。


「謝礼は払う、道案内を頼めないか」

「ひぃ」

「ほんの少しだけだ。探している場所さえ分かれば、すぐに解放してやる」

「ご主人様、なんだか悪い人みたいですね。ですが、そんなご主人様も素敵です」


 なぜかカエデがうっとりしている。

 俺は普通に交渉をしているつもりなのだが。


 女性衛兵はぺたんと座り込み、降伏のポーズとして両手を上げた。



 ◇



 女性兵士の名は『ジェシカ』。

 軍に入ったばかりの下っ端の下っ端だ。


 なんでも監視を命じられた兵士が面倒だからと、彼女に仕事を押しつけたそうなのだ。


 で、なんとか追跡していたそうなのだが、ターゲットの勘の鋭さから発見されてしまった、ということらしい。


 とりあえず言えることは、彼女には監視の才能はないと言うことだ。


「これでも一人前になろうと頑張ってるんです。でも、先輩はオラになにも教えてくれなくて。雑用押しつけるし。この先、どうしたらいいのか」

「苦労なさっているのですね」

「そうなんです! 苦労してるんです!」


 ジェシカはポニーテールのよく似合う、可愛らしい女性だった。


 彼女はヒューマンへの差別意識は低いようで、打ち解けるのは割と簡単だった。

 田舎の小さな村から出てきたばかり、というのも大きな要因だろう。


「ヤバルさんはあの建物に住んでます。先に言っておきますけど、あの人は変人で有名なんです。なにされるか分かりませんよ」

「そうなのか」


 変人……非常に不安だ。

 だが、その人物は龍人に詳しいとの話。


 母さんや俺自身のことを知る為にも、ここで止めるわけにはいかない。


 玄関のドアをノックする。


「はい、どちらさまでしょうか」

「!?」


 ドアを開けたのは、メイド服を着た女性。


 だがしかし、俺はすぐに違和感のようなものを抱いた。


 そうだ、彼女からは生気を感じないんだ。

 まるで人形を目の前にしているような。


「ご用件は?」

「俺達は冒険者をしている者だ。聞きたいことがあってヤバルさんを尋ねた」

「……ステータス確認。注意、偽装が施されています。遺伝子情報確認、評価SS、管理者権限ありと見なします。ようこそ、マスターツー」


 メイドは俺達を建物の中へと引き入れる。


 うわっ、ごちゃごちゃしてて物が多いな。

 どうなってんだここ。メイドがいるのにまったく掃除できてないじゃないか。


 いや、よく見れば整頓できていなくもない。


 一見カオス状態にみえるが、ちゃんと種類別にまとめて置かれている……様な気がする。


「すごいわね。なんなのここ」

「きゅう」

「ひぇ、やっぱり変人って噂は真実だったんだ」

「ご主人様、なぜ彼女はマスターと呼んだのでしょうか」

「さぁな。ヤバルに会えば分かるだろ」


 メイドは大量の物が積まれた狭い廊下を進み、下へと向かう階段へ誘導した。


「マスター(仮)、お客様が来られました」

「五月蠅い。儂は今、忙しいのだ。追い返せ」

「ですが、すでにここに来ております」

「誰が通していいと言った! このポンコツメイドが!」

「訂正を求めます。本機は非常に優秀です。問題があるとすれば、マスター(仮)の思考パターンでしょうか」

「やかましい。解体して黙らせるぞ」

「できるものならやってみてください。マスター(笑)には無理でしょうが」


 老人とメイドが喧嘩を始めたので、俺達は終わるまで待つことにした。

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