117話 戦士、小さな村を救う
枯れ枝がはぜる音が響き、カエデが湯気の昇る鍋をオタマでかき混ぜる。
鍋の中には街でもらったキノコがたっぷり入っていて、見た目こそ緑色だが食欲を刺激する非常に良い香りが漂っていた。
夜の森は静かで、真上ではロー助とクラたんが泳いでいる。
木の枝にはチュピ美が留まり、パン太はフラウに毛繕いをされてご満悦だ。
のんびりとした夕食時、一日で一番落ち着く時間。
「ほらほら、ここがいいの」
「きゅう~」
「感謝しなさい、フラウがこうやって毎日ブラッシングしてあげてること」
「きゅう、きゅう」
「え? お菓子の食べかすとかこぼすから当然だって? う、五月蠅いわね。そんなにこぼしてないわよ……ねぇ、こぼしてないわよね? どうして目をそらすの?」
フラウはパン太だけでなく、俺達にも視線を向ける。
俺とカエデは目をそらした。
ここ最近のパン太の背中はやけに甘い匂いがする。
蟻の巣の近くに置けば、確実に群がるだろう。
「街の方達にはずいぶんとお世話になりましたね」
「そうだな。一年ほど滞在して欲しいとすがられたのには、さすがに俺も参った。あんな勇者がいる国だ。彼らも必死なんだろうな」
「例のパーティーですか」
評判はかなり良く、すでにいくつもの逸話を作っている。
もちろんエルフでの評価であって、ヒューマンを始めとする他種族では逆の評価となっている、らしい。
あの様子を見た感じ、間違った情報とも思えない。
「あいつ眷獣使ってたわよね。あんなの反則じゃない。複数人乗せて数百メートルも高い位置を飛ぶなんて。低いところでうろうろしてる白パンにあんまりじゃない」
「きゅう!?」
おい、パン太がショックを受けているぞ。
あーほら、目が潤んできた。
パン太はカエデの胸に飛び込む。
「フラウさん、パン太さんの気持ちも考えてあげてください」
「悪かったわよ。白パンの良いところは、飛べる高さじゃないものね。もふもふふわふわのさわり心地と、美味しそうな見た目だもの」
「きゅう~!!」
「どうしてまた泣くの!?」
背中を刺した上でさらに首を絞めるとは、俺には真似できんな。
◇
翌日、朝から大雨で動くことができなかった。
大木の下で雨宿りすることになり、各々雨音を聞きながら時間を潰す。
「くら~」
「クラたんさん、ありがとうございます」
屋根となってくれているクラたんが、カエデに毛糸玉を触手で渡す。
彼女はせっせと何かを編んでいた。
どうやら裁縫や編み物はここ最近のマイブームらしい、俺がタオルを喜んだのでさらに勢いがついた気がする。
「ごしゅじんさま~♪ ごしゅじんさま~♪ ごしゅじんさま~は、ごしゅじんさま~♪」
「ねぇカエデ、その変な歌どうにかならないの」
「え? 私、歌ってましたか?」
「無意識だったのね……」
再び手元に目を落としたカエデは、尻尾を振りながら歌い始める。
ふぁさふぁさ揺れる尻尾をパン太が追いかけていた。
フラウはと言うと、大木の枝に腰掛けてクッキーをぽりぽりしている。
俺は仲間の様子を見ながら、降り注ぐ雨の中でスクワット。
雨の日は筋トレに最適だ。
汗を掻くと同時に洗い流してくれる。
昔からこんな天気はトレーニングと決まっている。
「主様って筋トレ好きよね」
「隣に住んでいたお姉さんがよくしていてな、付き合っている内に習慣になっていたんだ」
「ふっ、どうせおっぱいが大きかったんでしょ」
「な、なぜそれを!?」
「さらに言えば、わざわざ雨の日にトレーニングをするのは、その女性もしていたからよ。濡れたすけすけの服に興奮した幼き主様は、そんな日々を思い出し雨に興奮するようになった……て、ところでしょ」
正解、だ。
まさか探偵のジョブを手に入れたのか。
それとも過去視ができるようになったとでもいうのか。
俺がおっぱい好きになったのは、まさしく隣のお姉さんの影響だ。
村にいた期間は短いが、あの筋トレの日々は現在の俺を形作った要素の一つ。
「ごしゅじんさま……その人が、好きなんですか」
「ちが、ちがうからな! 単純におっぱいが目的で――くそっ、なに言っているんだ俺は! フラウ!」
「ふふん、名探偵フラウにかかれば、主様の考えることなんてお見通しよ」
「フラウさん、もう暴かないでください。クッキーを献上しますので」
「やた! オヤツゲット!」
なんて恐ろしい妖精だ。
俺の隠していた過去を掘り出すとは。
今後はもう少しフラウさん(28歳)を丁寧に扱おう。
涙目のカエデの頭を撫でてやった。
◇
俺達は途中、とある小さな村に立ち寄る。
村の中心部では村人が集まり、深刻な顔で相談をしていた。
「このままだと全滅だ。依頼した冒険者はまだこねぇのか」
「んだんだ、はよしねぇと俺ら飢え死にだ」
「せめて精霊魔法を使えるもんがおれば……はぁ」
全滅、飢え死に、ずいぶんと不穏な言葉だ。
「どうかしたのか」
「その格好、あんたもしかして冒険者? 良かった! ちょうど良いところに来てくれた! みんな、依頼した冒険者が来てくれたぞ!」
「待ってくれ、俺は」
村人の一人に腕を掴まれ、集団の中に押し込まれる。
説明する間も与えず、俺を取り囲んだ村人は口々に「あんたらだけが頼みなんだ」「はよぉ始末してくれ」などと鬼気迫る勢い。
「分かった、とりあえず事情を聞かせてくれ」
村人によれば、この辺りで作物を食い荒らす魔物が頻出しているそうだ。
そのせいで危機的状況に陥っているのだとか。
魔物の名前は『サメモグラ』。
地中を高速で進む害獣である。
サメモグラは俺もよく知っていた。
故郷でもよく出没し、作物を食い荒らしていたからだ。
だからこそ彼らの怒りはよく理解できた。
あいつらは力は弱いが、逃げ足は恐ろしく速い。
熟練者でも駆除するのは簡単ではないのだ。
「ひどいですね。囓られた芋がこんなに」
「やりたい放題ってわけね」
「きゅう」
畑にはサメモグラによって空けられた穴が、至る所にあった。
食い散らかされた芋が散乱し、他の作物も囓られたまま放置されている。
おまけに根っこを囓られたようで、どの植物もしおれて一部が薄茶色に変色していた。
「ロー助、出ろ」
刻印からロー助を呼び出す。
「この辺りにいるサメモグラを始末しろ」
「しゃあ!」
身体をくねらせたロー助は、地面に潜りモグラを追跡する。
異なった感覚で周囲を捉えているロー助には、地面の中に潜む魔物も視えているようだ。
「ピギィイイ!?」
「しゃ」
地上へ逃げてきたサメモグラが、悲鳴をあげながら穴から這い出る。
しかし、スピードは圧倒的に俺の眷獣が上、サメモグラは身体を貫かれ絶命した。
まずは一匹。
この様子だと三十匹は確実にいるだろう。
ロー助の活躍により、モグラ共は一気に数を減らして行く。
もう間もなく駆除は完了するだろう。
ぼごっ。ぼごごごご。
地面が大きく盛り上がる。
にゅうと出てきたのは、サメのような背びれ。
あの大きさから推測するに、この辺りのボスとみていい。
サメモグラのボスは、俺達に向かって猛スピードで進み始めた。
「ここは私が」
「モグラ叩きならフラウにお任せよ」
カエデとフラウが前に出る。
地面から飛び出したサメモグラは、鋭い爪を二人に振り下ろした。
「ご主人様が手を下すまでもありません」
ぴしり。一瞬にして氷漬けとなる。
間髪入れず、フラウが自慢のハンマーを叩きつけた。
「ブレイクゥウウ、ハンマァァアアアア!!」
あっけなくサメモグラは粉砕。
ロー助も駆除が終わったらしく戻ってきていた。
死体はざっと見て四十。
思っていたよりも数がいたようだ。
「害獣は駆除したが、このままだと作物は全滅だな」
「ふふーん、こんな時はフラウの出番でしょ」
薄い胸を張るフラウに首を傾げる。
どうしてお前の出番になるんだ?
ほら、カエデも分からなくて首を傾げているぞ。
「ちょっと、忘れたの!? フラウには成長の祈りスキルがあるでしょ!」
「あー、植物の成長を早めるってやつか。でも、これだけ弱っていて効果あるのか」
「任せてよ。ちゃんとフラウを褒めまくる準備をしておいてよね」
「お、おお……」
フラウの身体から、眩しいほどの緑色の光が発せられる。
光は植物に降り注ぎ、吸収されていった。
これで、元通りになるのか??
「ご主人様!」
「これは!」
枯れかけていた植物が鮮やかな色を取り戻し、しなびれていた葉っぱは、空へと手を広げるようにぴんと上へと向いた。
先ほどまで死にかけていた植物とはとても思えない。
さらに実っていた作物は、一回りサイズが大きくなった気がした。
「どう、フラウの力は」
「すごいじゃないか! よくやったぞ!」
「えへぇ、沢山褒めてなでなでして」
手の平に頭をこすりつけてくるフラウはご機嫌だ。
しかしながら、これは予想を超えて目立つかもしれん。
全滅しかかっていた畑を数秒で蘇らせたのだ。
幸いここには村人はいない。
「彼らには悪いが、黙って旅立つとしよう」
「さすがご主人様です。見返りを求めず人々を救うなんて」
「……ま、まぁな」
全然違うが、今はそれでいい。
俺達は足早に村を去った。
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