116話 霧の街と戦士2


 俺は青年の放った言葉を、すぐには理解できなかった。


 こいつ……罪もない人を殺して平気なのか。

 まだ幼い子供もいるんだぞ。


「ヒューマンなんて、エルフの靴底を舐めるような下等な存在だろう? 何人死のうが知ったことじゃない」

「お前……」

「だいたい奴らを解放する方法を知っているのか」

「それは、」

「だったら邪魔をするな」


 俺を押し退け、奴は再び少女に剣を振り上げる。


 ギィン。


 剣と剣がぶつかり金属音が空気を震わせた。

 再び奴の剣を止めたのだ。


「まだ懲りないのか」

「解決する方法は探す。だから彼らを殺すな」

「そんなのはどうでもいい。僕は依頼を達成できればそれでいいんだ」

「依頼よりも人の命だろ。彼らは何の罪もないんだぞ」

「貴様、ウザいな。ヒューマンのくせに僕にたてつくなんて」


 剣を押し返し、すかさず少女を抱えて下がる。


 だが、即座に体勢を立て直した青年は、俺へと切り込んでくる。

 子供を抱えながらの戦い、力こそこちらが圧倒的に上だが、周囲への影響を考えれば十二分に剣を振れる状況ではない。


 カエデも向こうの魔法使いと交戦中であり、フラウに関しても黒い騎士と戦っている。


 吹き飛ばされた住人も、再び包囲の輪を狭めている。


 彼らを説得できれば打開もできるのだが。

 無闇に攻撃できないだけに、こちらが数倍不利。


「頼む話を聞いてくれ」

「こいつ、僕の剣を完璧にいなしている。レベル500台の、この僕の剣を。気に入らないな。ムカつく、ヒューマンのくせに、最底辺の種族のくせに」


 ダメだ。まるで聞く耳を持ってくれない。

 これもこの国でヒューマンの地位が低いことが原因か。


 あー、くそ、どうすればいい。


「もらった!」

「そうか、足があった」

「――ぬぐっ!??」


 奴が剣を振り上げたと同時に、俺は股間めがけて軽く蹴り上げる。


 手加減したので潰してはいないはず……たぶん。

 これで冷静になってくれたはず。


 青年は剣を落とし、股間を押さえてうずくまった。


「ジグ!?」

「……引き時か」


 仲間だろう他の二人も戦いを中断し、青年へと駆け寄る。

 カエデとフラウは俺の背後に移動した。


 涙目の青年は魔法使いに支えられ、俺を睨む。


「い、いいだろう、今回は譲ってやるよ。せいぜい感謝するんだな」

「俺は依頼を奪うつもりは、ただ無闇に殺す必要はないと」

「黙れ。もし解決できなかったら、次こそここの住人を皆殺しにしてやる。貴様のパーティー名と名前を教えろ」

「漫遊旅団のトールだ。それに仲間のカエデとフラウ」

「僕は『聖なる森の英剣フォレストアンセム』このペタダウスの勇者ジグだ。こいつらはセルティーナとエイド」


 勇者、だったのか。

 セインといいつくづく縁がある。


「貴様らの名と顔は覚えた。次に会った際は、今日の借りを返させてもらうからな」


 ジグは右手の甲をこちらに向ける。


 そこには眷獣の刻印が紅く輝いていた。


「出ろ、シルクビア!」

「なっ!」


 突風を発生させ、眷獣が顕現した。


 それは花のようにも見える無機質な物体。

 中央には八面体の宝石に似た塊がゆっくりと回転しており、周囲には四つの花びらと思える大きく平たい足場があった。


 ジグ達は花びらの上に乗り、ふわりと浮き上がる。


「せいぜい頑張って原因を探すんだな」

「そこの狐女、覚えてなさい☆」

「…………」


 シルクビアと呼ばれた眷獣は、どうやら飛行型の移動用眷獣のようだ。


 へ~、眷獣にはあんなものもいるのか。

 もしかすると巨大な卵から孵化する個体なのかもな。


 すでにエルフの里で存在は確認している。


「ご主人様のお言葉に耳を傾けないとは、とてもアリューシャさんと同じエルフとは思えませんね」

「ムキー、なんなのあいつら! 言いたい放題してくれて、最後は押しつけて逃走なんてふざけてるわ! それとカエデ、アリューシャは同じくらい話を聞かない奴よ」

「そうでしたか?」


 きょとんとするカエデに、フラウは呆れた様子だ。


 俺もカエデと同意見だ。

 アリューシャは話ができる奴だったと思うが?


 あれ、違ったか??


 まぁいい、今は操られている住人をどうするかだ。


「カエデ、近くに怪しい物はないか」

「……ありません。原因となったなにかは、付近にはいないようです」

「ステータスを隠蔽している可能性もある。フラウ、看破できそうなものは」

「ないわ。少なくともこの辺りで隠れてなさそうね。もう一度、真上から確認してくるわ」


 フラウが真上に飛翔し、さらに確認できる範囲を広げる。


「アイスフォール!」


 カエデの氷魔法が地面を真っ白に染める。


 迫っていた住人達の足は氷に覆われ、身動きがとれなくなった。


 これでしばらく時間を稼げる。

 さすがカエデ、いつでも頼りになる。


「向こうに湖があるわ! 霧の濃さから見て、あそこが発生源だと思うの!」

「この異常な濃霧を作りだしているなにかがいると言うことか。無関係とはとても思えない、湖に行ってみるか」

「はい」


 俺とカエデはフラウの案内に従い、湖へと向かうことにした。





「どうだ、怪しい生き物はいるか」

「湖の中央に大きな反応を捉えました。ミストメイカーと呼ばれる水棲の魔物のようです。催眠性の霧を作りだし、生き物を操ると鑑定にはあります」

「聞いたことのない魔物だな。大陸に生息する固有種、と考えるのが妥当か。とにかく原因は判明した。サメ子、頼んだぞ」


 呼び出したサメ子が「ぱくぱく~」と返事をする。


 念の為に使役メガブーストを発動。

 強化されたサメ子は、水柱を上げながら魔物へと猛スピードで向かった。


 ピギャァァアア!


 ぱくぱく~!


 ドン、ブシャァァァ!


 ぱくぱく!!


 濃霧のせいで戦いが見えない。

 なんとかサメ子の発する赤い光だけは確認できた。


 あと魔物とサメ子の鳴き声か。


 お、濃霧が薄れ始めた。

 もしかして終わったのか。


「ねぇ、なんかこっちに来てない?」


 フラウの言う通り、湖の水面に浮かぶ大きな塊がこちらへと向かってきている。


 ただ、泳いでいると言うよりは、漂っているが適切な感じだ。

 それは流れに乗って水辺へと着いた。


 ミストメイカー――見た目は完全にタコだった。


 全長はおよそ十メートル、体表はヌメヌメしていて色は濃い青色。

 頭部には無数の排出口らしき穴があった。


 サメ子にきっちりやられたらしく、焼かれた穴がいくつも開いていて、生命活動は完全に停止しているようだった。


「ぱくぱく」


 水の中からサメ子が顔を出す。

 頭を撫でてやれば、胸びれをぱたぱたさせて喜んでいた。


「これであの街の住人も元通りですね」

「うへぇ、こっちにはこんな魔物がいるの。フラウ、クラーケンとか軟体系苦手だわぁ」


 カエデはにっこり微笑み、フラウは魔物を枝でツンツンしていた。



 ◇



「助けていただき、ありがとうございます!」

「全員を救うことができなくてすまない」

「とんでもない! あなた方がいなければ、我々は一人残らずその冒険者に殺されていたでしょう!」


 街の代表が俺の手を握って感謝を述べる。

 この場にいる生き残った者達も、彼の言葉に頷いていた。


 三十を超える住人がジグ達に殺されてしまった。


 もっと早くに駆けつけれていれば、そう考えると口惜しい。


「おにいちゃん、助けてくれてありがとう」

「無事で良かったよ」


 少女の笑顔に、ほんの少しだけ救われた気分だった。


聖なる森の英剣フォレストアンセム』とか言っていたな。


 もし顔を合わせる機会があれば、その時はぶん殴ってやる。


 この国の勇者だろうが知るか。

 俺はあいつのやり方を絶対に認めないからな。




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