115話 霧の街と戦士1
シーナス領を抜けた俺達は、王都を目指して道なき道を進み続けていた。
光が差し込む森の中を、三頭のベヒーモスが突き進む。
「モニカの話では、この先にノエリアって街があるそうだが」
「ヒューマンが多く暮らす小さな場所らしいです。谷間にあることから美味しい山菜料理がいただけるそうですよ」
「それは楽しみだな」
ベヒーモスの上で地図を見る俺は、期待に胸を膨らませる。
谷間の街、と言うことは山がすぐ近くにあるのだろう。
ある者が言っていた、山とはロマンと。
遙かな頂とはすなわち男の目指すべきところ。
山があれば登らなくてはいけない、これすなわち真理。
「ねぇ、その街に遺跡とかないわけ」
「そのような話はモニカさんからは聞きませんでした。まぁ、ヒューマンの街ということもあってか、エルフは軽く立ち寄るだけみたいですが」
「ふーん、じゃあお宝探しは当分なしね」
「すぐに冒険できると思いますよ。大陸にはかなりの数の遺跡があるようですから」
フラウはベヒ三郎の頭の上で、足をぶらぶらさせている。
ちなみにパン太はリュックの中で昼寝中だ。
本日は快晴、青空と雲のコントラストが眩しい。
「ご主人様、近くに川があるようです」
「そこで休憩しよう」
程なくして川に出る。
俺は透明度の高い水を両手で掬い、口に含んだ。
冷たくて美味しい。
さらに水筒を取り出しくみ上げる。
それから顔を洗った。
振り返れば、なぜかカエデが布を持ってモジモジしている。
「あの、もしよければこれをお使いください」
差し出されたのは一枚のタオル。
端の方に刺繍が施されていて、よく分からん生き物が笑顔だ。
黒髪に、丸い顔、あ、もしかして俺か?
てことは……カエデが編んだタオル??
「いいのか?」
「はい。ご主人様のものです」
「いつの間に」
「モニカさんに教わったんです。まだ出来は悪いですが、ご主人様のお顔を拭くくらいには使えると思いまして」
伏せ目がちに俺を見る彼女は、緊張しているのか若干顔が赤い。
ただ、尻尾が盛んに振られているので、褒められるのを期待していることは一目瞭然だ。
俺は頭を撫でて礼を言う。
「ありがとう。言葉にできないくらい嬉しいよ」
「ごしゅじんさま!」
「あ、こら」
「ごひゅひんひゃまのひほい、だいふひごひゅひんひゃま」
カエデは抱きついて俺の胸に顔を埋める。
スハスハ匂いを嗅いでいた。
まったく俺の奴隷は可愛いすぎる。
「あるじさま~」
先を見てきたフラウが戻ってくる。
が、カエデを見るなり眉間に皺を寄せた。
「カエデだけずるい! フラウにもなでなでして!」
「わかったわかった」
「ふ、ふん、もっと早く察して可愛がってよね! 主様なんか大好きなんだから!」
「おお……すまん」
会話を終えた直後。
目の前に窓が出現する。
《報告:経験値貯蓄の修復が完了しました》
そろそろだとは思っていたが。
続けて文字が表示される。
《報告:偽装の指輪のレベルが3になりました》
とうとうレベルMAXになったらしい。
俺とカエデは、他者にも偽装を施すことが可能となった。
ずっとステータスをLv30に偽装していたので、そのおかげだろう。
これでベヒーモス達の姿を誤魔化せそうだ。
「霧が濃くなりましたね」
「なんか普通の濃霧とは違う感じがするわね」
「僅かですが、魔力を感じます。魔法で創られた現象なのかもしれません」
霧によって辺りは真っ白。
一郎達は速度を落とし警戒しながら進んでいた。
霧は広範囲を覆っているようで、進めども白い迷路を抜けられない状況だ。
魔物の仕業か、それとも人が行ったことか。
「ねぇ、街っぽいのが見えない?」
「ほんとうですね。でもこの匂い、血でしょうか」
先にうっすらと建造物群らしき影が見えた。
俺達は街のすぐ近くで降り、中へと入ることにする。
◇
「誰もいませんね」
「やな感じ。人の気配はするのに」
そこは小さな街。
濃霧が中にまで入り込み、妙な静けさで満たされていた。
街自体が深い眠りに落ちたような、そんな印象を抱く。
「ご主人様、人です!」
壁にもたれかかるようにして座っている人を見つける。
かけよってみるとそれは中年の男性だった。
熟睡しているようで、揺すっても軽く頬を叩いても起きる様子がない。
明らかに異常。この街に何が起きているんだ。
「こっちにも倒れている人を見つけたわよ!」
「私も別の方を見つけました」
「とりあえずこっちに集めてくれ」
発見したのは三人。
年齢も性別もばらばらだが、共通しているのは深い眠りに陥っていること。
これが毒や呪いなら、手持ちの薬でどうにかできるのだが。
「――眠りの状態異常が出ています」
「てことはやっぱり何かが故意に引き起こしたと」
「その可能性が高いです」
「なんで眠らせたのかしら。魔法の得意な盗賊の仕業とか?」
「ゼロではないよな。物盗りからすれば、住民は邪魔でしかないからな。けど、どうしてどの家もドアが閉まっているんだ。盗賊がわざわざ閉めて出たって言うのか」
近くの家のドアを開ける。
中では椅子に座ったまま熟睡する人の姿があった。
どこも荒らされた形跡はない。
まだここまで来ていないのか。
それとも、犯人は盗賊ではない?
ドォオン。
爆音らしき音と揺れがあった。
家の外に出れば、街の中心部から黒煙が立ち昇っている。
そう言えばカエデが血の臭いがすると言っていた。
もしかすると起きている人がいて、今も戦っているのかもしれない。
俺達は爆発のあった方へと走る。
「おおおおおっ」
「あああああ」
「うあぁあああああ」
力のない声を漏らしながら、人の群れがふらふらと通りを進んでいた。
まるでゾンビ、意思のない人形のように感じとれる。
彼らは俺達に気が付き、一斉に振り返った。
白目を剥き、僅かに開いた口からは涎がだらだら出ていた。
動きは緩慢だが、足を引かせる不気味さがあった。
「ご主人様、彼らはまだ生きています。眠りと操作の状態異常が」
「街の住民を傀儡にしやがったのか。カエデ、動きだけを止められるか」
「問題ありません。アイスロック」
鉄扇を開き、カエデが優美に舞う。
瞬時に住人の足を氷が覆い、進行を阻止した。
これでしばらくの時間を稼げる。
彼らを元に戻す為にも早急に原因を見つけなければ。
住人を置いて中心部へと走る。
「死ね、死ね死ね死ね死ね!」
猛然と剣を振るう青年。
群がる住人を容赦なく切り捨てていた。
「これ、どうすんの? きりがないけど☆」
「……ジグに聞け。こっちはただの雇われの身だ」
「エイドって愛想がないわよねぇ☆ 輝きがないし、キラッ」
「…………」
魔法使いらしき女性が杖で爆炎を放つ。
衝撃は住民と建物を破壊した。
すぐ隣にいる黒い騎士、顔は覆い隠され容姿は確認できない。
しかし、剣速はかなりのもので、無駄のない攻撃はみるみる敵の数を減らす。
俺はその動きに妙な懐かしさを覚えた。
どこかで見たことのある、けどどこだったか。
それよりもこのままでは不味い。
彼らはきっと住人が操られているだけだということに気が付いていないんだ。
「カエデ、魔法で住人を吹き飛ばしてくれ。できるだけ怪我をさせないように」
「承知しました」
カエデが鉄扇を振るう、中心の上空から強烈な風が吹きおろし、人の群れを吹き飛ばした。
「フラウ、行くぞ」
「了解よ!」
瞬時に青年との距離を詰め、剣を剣で止める。
彼は、幼い少女を斬ろうとしていた。
「誰だ貴様、邪魔をするな」
「聞け。ここの住人はただ操られているだけだ。排除すべきは状況を作り出した原因だ」
青年は俺の言葉に嗤う。
「それがどうした。こいつらはヒューマンだろ」
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