114話 戦士は全裸土下座にドン引きする


 延命の宝珠――持っているだけでいかなる死からも、一度だけ救ってくれるレアアイテム。


 だが、この遺物には隠された副次的効果が存在する。

 それは蘇ることで死の直接の原因となった、外傷や病を瞬時に治癒させるのである。


 全ての傷と病は治らない、けれど、差し迫った死だけは回避してくれる。


 それがこの遺物の秘められた効果だ。


「――お父様は延命の宝珠を探し求めて、遺物集めを始めたのデース。お母様は余命一年、医者も助けられない不治の病にかかっているのデース」


 屋敷の一室、モニカは対面のソファーに座って語る。


 テーブルには延命の宝珠が輝いていた。


「もしかしてお前が冒険者をやっていたのは……」

「そうデース。私もお母様を救おうと、遺物を探していたのデース。海底にあると噂の遺跡なら救う手段もあると思ったのデースが、船が沈んでしまったのデース」


 言ってくれれば良かったんだ。

 俺ならエリクサーを持っていたのに。


 ガチャ。ドアが開けられ、ビルフレル侯が入室する。


「なんだこんな忙しい時に。謝礼なら先日払っただろうが。それとも、ずる賢いヒューマンらしく上乗せを要求しに来たか」


 馬鹿にしたような表情でモニカの隣に座る。


「まったくこれだから下等種族は――!?」


 彼は視線を下げ……目を大きく見開いた。


 それが延命の宝珠であることに、すぐに気が付いたようだった。


「モニカ、まさかこれは!?」

「そうデース、延命の宝珠デース」

「見つけたんだな! よくやった!」

「違うデース。見つけたのはトール達デース」

「なっ!??」


 今度は俺を見る。

 まったく予想していなかった、そんな顔だ。


 彼は途端に青ざめた顔になる。


「そ、そうか、では褒美として300万渡してやろう」

「いくら何でも安すぎじゃないか。確実に億はするだろう?」

「何を言っているんだ。どこの価値か知らんが、これは精々200万だ。そこを特別に300万で買い取ってやろうと言っているのだぞ」

「嘘は嫌いだ。今回の話はなかったことにさせてもらおう――」


 宝珠を下げようとすると、侯爵に腕を掴まれた。


「1000万出そう、どうだ」

「八億だ。今すぐ出せないなら待ってもいい」

「馬鹿な、そんな額……」


 この金額はあらかじめモニカと相談して決めていた。


 俺は別にタダで譲っても良かったのだが、モニカが正当な額を請求して欲しいと希望したのでこうなったのである。


「分かったぞ、さては偽物を掴まそうとしているな! 薄汚くずるいヒューマンのすることだ、これは精巧に作った偽物に違いない!」

「違うデース。トールがこれを見つけるのを、私は間近で見ていたデース。間違いなく本物の遺物デース」

「モニカ!? お前!」


 モニカは立ち上がり、毅然とした態度で父親を見下ろす。


「お父様は今度こそ、トール達に誠心誠意お礼を言わなければならないのデース。お母様の為に、ちゃんと感謝の気持ちを示すのデース」

「しかし」

「トール、この話はなかったことにしてくださいデース」

「待て! 待ってくれ!」


 侯爵は立ち上がり、おもむろに服を脱ぎ始める。


 パンツ一枚になると、床に正座し、両手を突いた。


「どうか、どうかこのわたしに、その遺物を売ってください」

「額はどうするデースか」

「八億、必ず、支払います」


 モニカは満足そうに頷いているが、いたたまれないのは俺達の方だ。


 ここまでするつもりはなかった。

 まさか一族秘伝の感謝術をさせるなんて。


 というか、パンツは脱がなくてもいいんだな。


 どうでもいいことを知ってしまった。


「友人の母親の危機だ、金はいらない」

「なんと!?」

「それはいけませんデース。お金は支払わないと」

「いいんだよ。これでモニカの母親が助かるんなら、俺達には充分な報酬だ」


 にかっ、笑ってみせればモニカは目を潤ませた。


 そして、服に手を掛けようとするので、慌てて止める。


「ありがとうございますデース。命ばかりか、お母様まで救っていただけるなんて、この恩一族の名誉に賭けて必ず返すデース」

「うむ、その通りだモニカ。わたしは、どうやら目が曇っていたようだ。娘に気づかされるとは、なんと恥ずべきことか」

「あ、うん……」


 恥ずかしくなって頬を指で掻く。


 父親の態度ががらりと変わって変な感じだ。

 軟化したのはいいことなのだが、少し気味が悪い。


 でも、これで良かったんだよな?


「ようやくご主人様の偉大さが伝わりましたね」

「ほんとよね、でもこれですっきりしたわ」

「きゅう」


 カエデもフラウもパン太も納得した様子。


「貴殿がお金を望んでいないのは分かった、しかし、このままでは我らが納得できない。どうか少しでも恩を返させていただきたい」

「じゃあ、食料や水を定期的にもらえないか」


 俺は地図を開く。


「ここの海岸にいる奴らに、船を使って水と食料を月に一度だけでいい、渡してやってもらいたい」

「死の森の海岸?」

「そう、できれば相談にものってやってほしい。もちろん無理な要求をするようだったら突っぱねていいからさ。少し面倒を見てやってもらいたいんだ」

「承知した。それくらいお安い御用だ」


 これで調査団も、ようやくまともな仕事ができるようになるだろう。


 シーナス領と調査団が交流できるようになれば、色々前進するに違いない。


「しかし、まだ足りませんな。娘と妻の命を救っていただいたには、あまりにも足りない。もしよければ少し待っていただけないだろうか。必ず満足していただける、恩返しをさせていただきます」

「別にそれは」

「させていただきます」


 侯爵の迫力に負ける。


 何が何でも恩返しする、そんな有無を言わさぬオーラが出ていた。



 ◇



「いくわよ」

「頼む」


 フラウに妖精の粉を振りかけてもらい、俺達は空を飛ぶ。


 街に滞在してすでに数日。

 回れるところはほとんど回った。


 あと、絶景が見られるところがあるとすれば、それはしかない。


 垂直に飛び、巨剣の上を目指す。


 ふわり、巨大な剣の鍔へと足を下ろした。


 おおおおおおっ。


 潮の香りが風に乗って届く。

 目の前には広大な海が見えた。


 俺達は縁に腰を下ろし景色を眺めた。


「あの向こうに俺達の島があるんだな」

「寂しいですか?」

「まだホームシックになるほど経ってないしな。むしろ今はどんな物が見られるのかワクワクしている」

「私もです」


 カエデが体を傾けてくるので、俺は彼女の肩に手を回した。


 彼女は狐耳を垂れさせ、嬉しそうな表情となる。


「カエデだけズルイ、フラウもフラウも!」

「わかったって」


 ヒューマンサイズのフラウにも腕を回す。


「きゅう」


 頭の上にパン太が乗った。


 本当にいい景色だ。

 ここを旅立てば、しばらく海とはお別れ。


 しっかり目に焼き付けておかないと。


「モニカさんとも会えなくなりますね」

「そうだな。一応、パーティーに入らないかと誘ったんだが、母親と過ごしたいからと断られてしまった」


 それにモニカは「私が調査団と街の仲を取り持ちますデース」と言っていた。


 知った顔があるなら、ルブエ達も安心するだろう。






 翌日、俺達はベヒ一郎達と合流し、モニカと別れの挨拶をする。


「寂しいデース。また会いたいデース」

「必ず戻ってきますから」

「あんたも元気でいなさいよ」

「頑張るデース」


 彼女と握手を交わす。


 この場にはビルフレル侯も来ている。

 彼は俺にネックレスを渡す。


 飾りの部分には、サメと錨が刻まれた家紋らしき模様が刻まれていた。


「これは我がビルフレルが信頼できる者にのみ渡している品です。これを身につければ、貴方は我らの身内として扱ってもらえるでしょう」

「それってつまり、俺があんたの家族になるってことか?」

「建前としてでですがね。恥ずかしい話ですが、この国はヒューマンをエルフと同列には見ていない。この先は貴方方にとって過酷となりましょう」

「ありがとう。感謝する」

「いえ、していただいたことに比べれば、大したことはありません。聞けばトール殿は都に行かれるという、きっとそのな品が役立つはずです」


 俺はビルフレル侯とも握手を交わした。


「じゃあな」

「モニカさん、いつかまた」

「ばいばーい!」

「きゅう!」


 身を伏せて待機していたベヒ一郎達が、茂みから飛び出す。

 素早く飛び乗りモニカ達に手を振る。


 ビルフレル侯は、口をあんぐりあけて固まっていた。


 向かうのは王都。

 ペタダウス国の中心だ。


 そこなら龍人に詳しい者がいるという。


「ぐがぁぁああああっ!!」

「ぐぉおおおおおっ!」

「ぐるがぁ! ぐるるっ!」


 三頭のベヒーモスが猛然と道を駆け抜ける。


 すれ違う人々は悲鳴をあげた。




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