113話 海辺の遺跡と鼻の下を伸ばす戦士


 もふっ、もふもふ。

 やけにふわふわしてて、気持ちいいさわり心地。


「すーはーすーはー、ごしゅじんさまのにおい」


 もふもふ、さわさわ、ふわふわ。


 なんだ、この気持ちよさ。


 最高か。違う、最触だな。

 お、なんだ、もちもちで吸い付くものもある。


「ん、そこは」


 誰だ、すぐ近くで声を出しているのは。


 マジでこれはヤバい。

 ずっと触っていたい気分だ。


「ごしゅじんしゃま、ごしゅじんしゃま、ごしゅじんしゃま!」


 うっすら目が開く。

 意識が浮上し始め、目覚めが近いことが分かった。


「わっ!?」

「?」


 のそりと体を起こせば、すぐ近くにカエデがいた。


「おはよう」

「は、はい! おはようございます!」


 ……?


 なんだ、この妙な感じ。

 見れば胸の辺りが若干湿っている。


 再びカエデに視線を戻すと、顔を真っ赤にして狐耳をぺたんとしていた。


 伏せ目気味に、潤んだ目で俺を見ている。


 ばんっ。


「あるじーさまー! 朝ご飯食べに行くわよー!」

「きゅう!」


 ドアを勢いよく開け放って、フラウとパン太が飛び込んできた。


 遅れてモニカも入ってくる。


「今日の朝食は、ケーキもあるお店デース! カエデ、甘い物を一緒に沢山食べるデース!」

「わっ、ちょ、モニカさん!」


 モニカに腕を掴まれ、カエデは強引に連れて行かれる。


 あれ、なんだこれ?


 ベッドの下には、使用済みの嗅覚強化のスクロールがあった。



 ◇



 とろーり、蜂蜜がのったパンケーキ。

 ぱくっ、途端にカエデは至福の笑みをこぼす。


「どうです、美味しいデースよね?」

「はい、絶品です」

「ほんと、甘い物って幸せの塊よね。もぐもぐ」


 三人は楽しげにデザートを食べる。


 俺も一口もらったが、甘すぎずしっとりしていて、ついもう一口食べたくなるようなそんなパンケーキだった。


 侯爵令嬢である、モニカお勧めの店なだけある。


「それにしても海辺にエルフが暮らしている、というのには驚いたな。森から出ないものだと思い込んでいた」

「もちろん森は好きデース、でも、豊富な食料と遺跡を利用した便利な暮らしは捨てがたいデース。それに海もある意味では森デース」


 森よりも海で暮らす方が、安心で快適なのか。


 アリューシャが聞いたら『貴様、それでも誇り高きエルフか!』なんて怒り出しそうだ。


「モニカも精霊魔法を使えるのか」

「もちろんデース。水の精霊と契約しているデース」


 竜眼で見ればモニカの肩の辺りに、精霊らしき魚がいた。

 魚は、俺の視線に気が付き、慌ててモニカの背後に隠れる。


 前々から思っていたが、精霊というのは視線に敏感なようだ。


「ここからだと巨剣がよく見えるデース」

「とても大きいですよね。どうしてこんなものが作られたのか不思議です」


 俺達はテラス席から、そびえ立つ剣を見上げる。


 高さはおよそ300メートル。

 シンプルなデザインだが、圧倒的な大きさが荘厳に感じさせる。


 これもまた絶景、ここへ来ないと見られない景色だ。


「今日はトール達に遺跡を案内しますデース」

「この近くにあるのか」

「海辺にシーナス遺跡がありますデス。冒険者に人気のスポットなのデースよ。しかも未踏破、最奥は鍵のかかった扉があってまだ誰も奥を見たことがないデース」


 へぇ、それはいいな。

 ここで旅に備えて貴重なアイテムを手に入れておくのも悪くない。


 なにより海辺の遺跡ってだけで、ワクワクするよな。



 ◇



 シーナス遺跡――海辺にある建設目的も使用目的も不明の、古代種の遺跡である。


 外観は神殿のようであり、石造りで所々崩れていた。


 遺跡の入り口近くでは、複数の冒険者の姿を見かけた。

 どうやら魔物の素材を求めて来ているらしい。


 しかし、なんでどいつも水着姿なのだろう?


 俺達はモニカの案内でさっそく遺跡の内部へ。


「通路に水があるじゃないか」

「海辺だから当たり前デース」

「これ、下の階層ほぼ水没しているんじゃ……」

「そうデース。対策もばっちりデース」


 モニカはいきなり胸元を開けて、水着を着けた胸を見せる。


 ぷるん、と大きく揺れたのを俺は見逃さなかった。


「み、みてはいけません、ごしゅじんさま!」

「おわっ!?」


 カエデが慌てて俺の目を塞ぐ。


 水着だからいいのでは?


 というかワンテンポ遅いんだよな。

 ばっちり見たぞ。


「あんた、水着が必要なら先に言いなさいよ」

「そうでしたデース! しまったデース!」

「荷物にあるから別にいいけど、次からはちゃんと前もって言っておいてよね」

「ごめんなさいデス。可愛いフラウに謝罪しますデース」

「可愛い? えへっ」


 フラウは褒められてにへらとする。





「エアロスラッシュ」


 通路にいた魔物が風の刃でバラバラになる。


 残った魔物達は、ボスがやられたことでこの場から逃げ出した。


「ふふん、やっぱりフラウ達は最強ね」

「きゅう」

「え? フラウは何もしてないって? い、いいじゃない、カエデの手柄はフラウの手柄でもあるんだから」

「きゅ、きゅうきゅう」

「ぶっ飛ばすわよ、白パン!」


 頭の上でまたフラウとパン太が揉めている。

 仲がいいのはいいが、時と場所を考えてもらいたい。


 俺とカエデとモニカは魔物から素材を剥ぎ取る。


 それから集めた素材をマジックストレージに収めた。


「新しいストレージ、探した方がいいのデース。これは容量が少ないのデース」

「そうか? かなり大きなサイズだと思うんだが」

「ダンジョンに行けば1000のマジックストレージが落ちているデース。噂では10000のストレージもあるって話デース」


 マジか。そんな容量のマジックストレージがこっちにはあるのか。

 向こうではなかったアイテムもこっちにはありそうだな。


 いずれダンジョンにも行きたいところだ。


 古びた通路を進み、俺達は階段を見つける。

 だが、完全に海水で満たされており、ここから先は泳がないと進めない。


「着替えますので少し待っててください」

「それじゃあ俺は向こうで」


 俺は離れた場所で水着に着替える。


 しゅる、ぱさ。


 向こうから布ズレの音がする。

 カエデとフラウが着替えているようだ。


「あんたまた成長した?」

「そうでしょうか。自分では分かりませんが」

「カエデ、形が綺麗デース」

「二人とも触らないでください!」


 ごくり。


 いかん、興奮してしまうな。

 落ち着いてから向こうに戻ろう。


「もう大丈夫ですよ」

「ああ」


 戻ると、水着姿の三人がいた。


 フラウは小さい水着がなかったので、ヒューマンサイズになっている。


「ちなみに聞くが、この下に空気はあるのか」

「空気で満たされた場所がいくつもあるデース。それらを経由すれば、最奥まで簡単にいけるデース」


 ここでは過去にいくつか隠し部屋が発見されているそうだ。

 隠し部屋では複数の遺物が見つかっており、冒険者は大金を得たらしい。


 この遺跡、やはりそそられるな。


 隠し部屋、それはロマンだ。


 俺は水中呼吸のスクロールを取り出す。


「全員、これを使っておけ」


 水中呼吸の効果は数時間。

 効果が持続している間は文字通り水中でも呼吸ができる。


 スクロールを発動後、俺は水の中に入りサメ子を呼び出す。


「ぱくぱく♪」


 サメ子は俺に体を擦り付けた。


 陸地に上がったことで、しばらく呼び出されないと思っていたのだろう。

 なんだか嬉しそうだ。


 カエデが魔法を使い、明かりを創り出した。


 うわっ、瓦礫だらけだな。

 それに魚もやけに見かける。


 どこかで海と繋がっているのかもしれない。





「ぶはっ」


 水から上がる。


 遅れてカエデ達も水からあがった。


「何もありませんでしたね」

「全ては調べていないからな。もしかすると行っていない方にあったのかもしれない」

「ねぇ、この向こうお宝の匂いがしない?」


 フラウは閉められた扉をじっと見ている。


 もしかしてこれが最奥にあると言う、鍵がかかった扉か?


 モニカが扉を押してみるが、やはり鍵が掛けられていて開かなかった。


「鍵があれば入れるのデースが。残念デース」

「少し見せてくれ」

「無駄デース。誰も開けられなかった扉デスよ」


 取り出すのは針金。

 扉の鍵穴に突っ込み、一秒で施錠を解く。


 ガチャン。


 扉が開いた音がする。 


「ま、まさか開いたデスか!? 針金で!? どうなっているのデースか!!」


 モニカは驚愕のあまり後ずさりする。


 超万能キーを持つ俺にかかれば、こんなのは余裕だ。

 さて、お宝とやらを拝見させてもらおうか。


 両手で扉を開いた。


「……これだけ?」


 小さな部屋に台が一つ。


 その上には蒼い宝玉が輝いていた。


 待てよ、この宝玉どこかで見たことが。

 確かオークションで。


「ご主人様、延命の宝珠です!」


 そうだ、八億五千万で落札された遺物だ。


 たった一度だけ死から救ってくれるレアアイテム。

 貴重さではエリクサーに劣るが、それでも誰もが欲しがる価値ある物だ。


「これは私の物デース! 誰にも譲らないデース!!」


 モニカが突然、宝玉を掴んで逃げようとする。

 しかし、素早く動いたフラウが彼女を取り押さえた。


「なにしてんのよ、それは主様が見つけた物なのよ! 返しなさい!」

「お願いしますデース、これを私にくださいデース!」

「ふざけんな、このおっぱいエルフが!」

「胸は関係ないデース! 揉まないでくださいデース!!」


 とりあえず俺はモニカから事情を聞くことにした。

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