112話 狐娘の怒りに恐怖する戦士


 どすん、どすん、どすん。


 三頭のベヒーモスが地面を揺らし突き進む。


 こいつらは非常に目立つので、できるだけ往来の多い道は避け、人が通らないような獣道を通り抜けていた。


 もうすぐモニカの父親が治めるシーナス領。

 モニカを送り届ければ、ようやく一つ肩の荷が下りる。


 ベヒーモスは小川を超え、岩場を飛び越え、崖へと出た。


 高所から遙か先の街を見下ろすことができた。


 どうやらアプロアは港街のようだ。


 異質な点を上げるとすれば、巨大な剣が突き刺さっていることだろう。


「あれは?」

「かつてあった戦いの名残だと言われているデース。あの街は遺跡を利用して作られているのデース」

「じゃああの馬鹿でかい剣は遺物なのか」

「そうなりますデース」


 世界にはあんなものも存在しているのか。


 実に面白い。

 これこそがロマン、旅を続ける理由だ。


「ここからは徒歩で向かう」

「グルゥ」


 三頭にしばしの別れを告げ、俺達は街へと向かった。





「ばかもの!」

「ひぇぇ!」


 屋敷の一室、モニカは父親に怒鳴られる。


「あれほど冒険者は止めろと言っただろう!」

「ごめんなさいデース!」

「娘を地下に連れて行け、一族秘伝のお仕置きだ」

「許してくださいデース! アレだけは、アレだけは!!」


 モニカは騎士に掴まれ、部屋の外に引きずり出された。


 秘伝のお仕置き……気になる。

 よほどきついのか。


 父親は足を組んで微笑む。


「よく娘を助けてくれた。ご苦労」

「たまたまだ」

「遠慮をするな。謝礼はたんまり払う」


 ビルフレル侯が手を叩けば、ヒューマンの使用人が革袋をテーブルに置く。


 音からして中はこの国の金だろう。


「100万ある、ヒューマンの冒険者にはさぞ大金だろう」

「まぁ、そうだな……」


 金額に苦笑する。


 たんまり、とは言い難い金額だ。


 どうも俺はずいぶんと下に見られているらしい。

 まぁ、期待していたわけではないので別にいいのだが。


 部屋の中を見ると、やけに古い物が飾られていることに気が付く。


 フジツボのついた壺や剣や盾。


「素晴らしいだろう。これらは海から引き上げた遺物、わたしはコレクターでね、珍しい遺物を収集しているのだ」

「ほう、でもどうしてそのままなんだ」

「その方が歴史を感じられるからだよ。君も良い品を見つけたら持ってくるといい。相応の値段で買い取ってやろう。まぁ、下等種族では難しいかもしれんがな。はははっ」


 彼の言葉を聞いて、カエデとフラウがむっとした顔をする。


 あまり長居をしたくない場所だな。

 それにそろそろここを出ないと、フラウが暴れ出しそうで怖い。


 あと一言でも余計なことを言えば、ウチの短気が瞬時にハンマーを振り下ろすだろう。


 俺達は適当に話をして屋敷を後にした。 





「なんなのあのおっさん! 娘の恩人に対して100万ぽっち!? いちいち発言がムカつくのよ! 主様を馬鹿にしやがって!!」

「きゅう! きゅうきゅ!」

「え? 屋敷ごと吹き飛ばせって? 珍しく気が合うわね。よし、やるか」

「やめろって」


 宿の一室、俺は怒るフラウとパン太を止める。


 謝礼をもらえただけ喜ばしい事じゃないか。

 金額が少ないからと文句を付けるのは間違っている。


 ほら、カエデを見習えよ。


 文句も言わず、静かだぞ。


「許せません。ご主人様を馬鹿にした発言と行動、この街ごと氷漬けにしてやりましょうか。一夜にして永久凍土です」


 違う、底知れぬ怒りを抱いていただけだったか。


 カエデが怖い。

 目が殺意に満ちている。


 間違いなく本気、このままではこの街が一夜にして消える。


「それよりも街を楽しもう。せっかく海を渡ってきたんだ、観光にグルメに、冒険とかいろいろしたいだろ」

「そうですね。あのようなエルフに関わるより、ご主人様と楽しい時間を過ごす方が有意義です。私としたことが怒りで我を忘れてしまうところでした」


 ふぅ、危なかった。

 冷や汗が止まらないぜ。


 実はソアラより、カエデの方が怖いかもしれん。


 一番怒らせてはいけない存在だ。


 コンコン。


 ドアが叩かれ、カエデが開ける。


「良かった、見つけたのデース」

「モニカさん、お屋敷に戻られたのではなかったのですか」

「抜け出してきたのデース。まさかお父様が、トール達にあれっぽっちしか渡さないとは思わなかったのデース」


 モニカが「まずは一族秘伝の謝罪術を!」などと服に手を掛けるので、へそが見えた瞬間、カエデとフラウが慌てて服を押さえつけた。


「本当に申し訳ないデース。この国の人間がヒューマンを見下す傾向があるのは分かっていたデースが、私の命の恩人にまでそんな態度をするとは思っていなかったデース」

「もういいさ。モニカが気に病む必要はない」

「トールは優しいのデース。その強さと心の広さに、一族秘伝でなくとも服を脱ぎたくなるのデース」

「やめろ」


 露出狂か。

 いい加減にしないと衛兵に突き出すぞ。


 とりあえずモニカに適当に座るように促し、俺も椅子に腰を下ろす。


「お父様も根はいい人なのデース。お母様が病気になってから変わってしまったのデース。今では取り憑かれたように遺物を集めているのデース」

「部屋にもあったな」


 モニカは眉間に深い皺を寄せ目を伏せる。


 だが、すぐに明るい顔へと切り替えた。


「トール達はこれからどうするデース? よくよく考えてみれば、目的を聞いていなかったデース」

「私達はご主人様のお母様の故郷を探しているのです。加えて私の故郷ですが……そちらは大体分かっているので今はよしておきましょう」


 あ、見当は付いていたのか。

 てっきり場所すらさっぱりなのかと。


 フラウがパン太の上で寛ぎながら質問する。


「そういえばあんた、龍人についてなにか知らない?」

「残念ながら私は何も知らないデース。でも、都に行けば調べている人がいるので、なにか分かるかもしれないデース」


 ナイスだフラウ。


 そうか都か。

 そこに行けば、母さんの故郷についての手がかりが得られるかもしれない。


「命を助けていただいたご恩返しは自らするデース。もうお父様には頼らないデース。トール達には最高に街を満喫してもらう為に、私が案内するデース」

「ねぇねぇ、あのおっきな剣とか近くで見せてよ」

「きゅう!」

「ぜんぜんオーケー、デース」

「お勧めのお土産屋を見てみたいですね」

「どんとこい、デース」

「美味い飯を出してくれる店とか紹介してくれ。それから絶景が見れるスポットとか、ワクワクするような場所とか教えてもらいたい」

「任せるデース。トール達の為なら、一肌と言わずいくらでも脱ぐデース」


 モニカは、さっそく俺達を夕食に誘った。



 ◇



 テーブルに並んだ海鮮料理。


 やっぱ港街だと出てくる魚介類も豊富だ。


 この辺りは貝類が良く獲れるそうだ。

 そのせいか料理も貝を使った物が多い。


「貝ってみんな同じ感じかと思ってたけど、全部食感や味が違うんだな」

「コリコリしてて歯触りがいいですね。くせになります」


 俺とカエデが食べているのは、白っぽい鳥のくちばしみたいな貝だ。


 反対にフラウが食べているのはとろっとした、柔らかそうな身をした貝。


 モニカは両手で頬杖を突いてニコニコしている。


「トール達といると楽しいデース。たくさんいろんなことを教えることができて、教えられることも多いのデース。まるでから来た人達のようデース」


 俺達は思わずむせる。


 こ、こいつ、まだ気が付いてなかったのか。

 ちゃんと説明しなかった俺も悪いが。


 それでも普通は察するものじゃないか。


 俺達が外海を越えてきたって。


 まぁ、変に目立つのも嫌だから、ここは黙っておくとしよう。


 ……碌な事にならない気がするしな。




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