111話 戦士は寸止めする
ペタダウス国、辺境の街スターニ。
ここで俺達は目に入った光景に驚かされた。
「ここは……エルフの国なのか」
街には多くのエルフがいた。
彼らの後ろには首輪を付けたヒューマンの姿が。
商人、騎士、冒険者、あらゆる職業の者達がエルフ。
俺達のいた島とはまるっきり状況が逆だった。
「なにかおかしいデスか?」
「いや、なんでもない」
これがこちらの普通、よそ者である俺達が口出しすることではないだろう。
ただ、この国でのヒューマンの地位は間違いなく低いように思う。
「ご主人様、喉が渇きませんか?」
「そうだな」
カエデは冷えた果汁を出している屋台へと行く。
だが、財布を取り出してすぐに、こちらのお金がないことに気が付いたようだ。
「ごしゅじんさま~」
カエデは目をうるうるさせて助けを求める。
困ったな。
俺もこっちのお金はないのだが。
そこでモニカが財布を取り出し、店主に支払いを行ってくれる。
「ありがとうございます。このお礼は後ほどきちんと」
「このくらい出して当然デス。私は命を救われた身なのデース」
モニカは人数分の果汁を購入してくれた。
俺はオレンジ色の飲み物で、よく冷えていて飲むと甘くもさっぱりとした味だ。
どうやって冷やしているのだろう、興味を持った俺は店の裏側を覗く。
そこでは金属製の箱がヴウウ、と音を出していて、店主は箱の蓋を開けて細かい氷を取り出していた。
こっちではあんな道具があるのか。
ラストリア王の言う通り、大陸は島よりも進んだ技術を有しているらしい。
「ぷはぁ、美味しい。何杯でも飲めそうね」
「きゅう」
「あんたも欲しいの?」
「きゅう!」
フラウとパン太が一つの飲み物を分け合っている。
相変わらず仲が良い。
しかし、確かにこれは美味いな。
「ご主人様、これは大至急お金を稼ぐべきでは」
カエデの言葉に全面的に賛同する。
金がなければ観光は楽しめない。
まずは資金稼ぎから始めるとしよう。
と言うわけで、さっそく冒険者ギルドへと行くことに。
「作りはほぼ同じなんだな」
「冒険者は最も古い職業の一つデース。向こうとこちらが似ていても、なにもおかしなことはありませんデース」
大陸のギルドは、島のギルドとほぼ同じだった。
違うとすれば建物内に、小さな本屋があることだろう。
「あれは?」
「冒険者に必要な本を販売しているんデース。読み終わると売りに来て、また別の冒険者が購入したりしますデース」
「へぇ、面白いな」
こちらでは知識を積極的につけさせようとしているのか。
やっぱ、似ているようで違うんだな。
ただ、見ているとすぐに分かるが、ここの冒険者は地道に勉強する奴らと、ギルド内の酒場で飲んだくれる奴らの二種類に分けられるようだ。
騒ぎながら酒を飲む奴らは、どう見ても本を読むようなタイプには見えない。
「このカードは使えるか」
「拝見させていただきます」
受付で冒険者カードを職員に差し出す。
女性職員は、何度もカードの表と裏を確認して首を傾げた。
「これ、本当に冒険者カードでしょうか?」
「使えないならいいんだ」
「はっきり申し上げますと、このカードはここでは使えません」
そうだよな。
向こうとこっちのギルドは別物なんだ。
俺達は手早く登録を済ませた。
「できればどかんと稼げる仕事をしたいな」
「ご主人様、この依頼なんかいかがでしょうか」
カエデが持ってきたのは、キマイラの討伐だ。
キマイラは島にはいなかった魔物。
俄然興味が湧く。
それに報酬も悪くない。
さっそく狩りに行くとしよう。
◇
ベヒーモスに乗り、草原を疾走する。
みるみる魔物が逃げ出し、魔物を狩っていた人も逃げ出す。
「一郎、本当にこっちにキマイラがいるんだな」
「グルゥ」
テイムマスターのおかげで、ベヒーモスとはぼんやりとだが意思疎通ができる。
で、キマイラのことを一郎に相談したところ、臭いで居場所が分かると言うので、案内を頼んだのだ。
「グルゥ!」
「ガウッ」
「グギャ」
一郎が直進、残り二頭が二方向へと分かれた。
「もしかしてあれか」
獅子と山羊の頭部、尻尾は蛇という三匹の生き物が合わさったような魔物。
キマイラは一郎を見た途端、脱兎のごとく逃げ出した。
しかし、次郎と三郎が逃げ道を塞ぎ、一郎によって完全に退路は塞がれる。
「ぎゃふっ」
「え」
キマイラは突然、白目を剥いて倒れた。
降りて確認してみれば、息をしていない。
ショック死というやつだろうか。
ベヒーモスはただでさえ威圧感がある、三頭に囲まれた時点で生きることを諦めてしまったのかもしれない。
「主様、キマイラの死体回収したわよ」
「ありがとう。じゃあ街に戻るか」
俺達は再びベヒーモスを走らせた。
「もう狩ってきたんですか!?」
職員であるエルフが驚愕に叫ぶ。
それも当然か。
依頼を受けて一時間も経っていない。
ベヒーモスの足が速すぎたのだ。
「いくらくらいになりそうだ」
「そ、そうですね……状態もいいですし、目的の素材以外にも複数素材がありますから、120万くらいでしょうか」
必要な素材はキマイラの牙だったが、まるごと持ってきたので報酬額が跳ね上がった。
金を受け取り俺達はギルドを出た。
「そのお金で美味しいもの沢山食べましょ」
「きゅう! きゅきゅ!」
「あの果汁をまた飲むの? 白パンがこんなこと言ってるけど、どうする主様」
パン太がねだるように俺の周りをくるくる飛ぶ。
そんなにあの飲み物が気に入ったのか。
仕方がない、買ってやるとしよう。
屋台に向かおうとしたところで、五人の男に前後の道を塞がれる。
「おい下等種族、ギルドでさっき大金もらってただろ。俺達に今すぐよこせ」
「……エルフの強盗か」
どいつもこいつも顔に傷があり、ガラが悪い。
どこに行ってもろくでなしはいるものだ。
するとモニカがおどおどし始める。
「お許しくださいデース。ここは一族秘伝の謝罪術を披露するデース」
「あんたは黙ってなさい、話がややこしくなるから」
「あうっ!?」
フラウがモニカの首裏に軽く手刀を当てる。
気絶したモニカは地面に倒れた。
ナイスだフラウ。
「いかがいたしますかご主人様」
「俺が相手する」
ずいっ、と前に出る。
「馬鹿な奴だぜ。さっさと逃げりゃあ、命だけは失わずにすんだのによ」
リーダー格の男が、剣を抜く。
俺達が金を受け取ったのを知っている辺り、こいつらも冒険者なのだろう。
それはそうと、どう手加減するか悩ましい。
街中なので下手に動けば建物を破壊してしまう。
寸止め、してみるか。
「あぼっ!?」
男の顔の前で、ぴたりと拳を止める。
強い風が吹いて男の顔がぶるぶる揺れた。
近くの建物が少し揺れたが、もう少し速度を上げても良さそうだ。
「はぁぁああああっ!」
「あばばばばばっ」
拳を止めるたびに、男の顔の筋肉が揺れる。
これでも手加減している。
本気でやれば寸止めでもどうなるかわからない。
「あふぅ」
男は股間を濡らして地面に座り込んだ。
「もう、かんべんしてください」
「他の奴らはどうする」
「ひぃいい、なんだこのヒューマン!?」
四人に視線を向けると、彼らは悲鳴をあげて逃げ出した。
「素敵です、ご主人様」
「全員無事か」
「はい」
カエデはうっとりした様子で尻尾を振る。
フラウは気絶しているモニカの頬をビンタした。
「ほら、起きなさい」
「痛い、痛い、デース!」
「え? 早く果汁を飲みに行こうって? 仕方ないわね、あんたついてきなさいよ」
「ちょ、ひぎゃぁぁああ!」
フラウはパン太と一緒に、モニカを引きずりながら屋台へと向かって行った。
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