110話 戦士は騎獣を手にする


 大陸に到着してから一週間が経過。 

 調査団のレベルもほぼ全員が600~700台となり、森での単独行動が可能となっていた。


 拠点はより快適に、周囲も活動しやすいようにいくらか切り開かれ、海岸から拠点まで移動しやすいように道も作られた。


「そろそろ旅立とうと考えている」


 会議室で放った言葉に、カエデ、フラウ、船長、副リーダーは無言で頷く。


「トール殿がここを離れるなんて! いやだいやだいやだ!」

「ルブエ様、漫遊旅団には我々を護衛する以外に、重要な仕事があるのです。我が儘を言ってはなりません」

「なんて辛い任務なのだ。副リーダー、調査日誌にあたしがどれほど悲しんでいるか記載しておけ」

「それは日誌ではなく日記に書くべき内容です」

「ひぐっ、ならば己で綴るとしよう」


 ルブエは涙目だ。


 未だに何故そこまで好かれているのか分からない。

 副リーダーに理由を聞いても「知りません」としか返ってこないのだ。


 なんとも不思議な人物だ。


 俺は気持ちを切り替えて話を進める。


「できればラストリアだけでなく、大陸でも物資を確保できるようにしたい。その為には、森の外を調べる必要がある。今の俺達には力はあっても、金や信用がない」

「その通りですな。船は往復するのに四週間も時間を要する、その間に物資が底を突けばあっという間に機能不全に陥る。外の調査は急務でしょう」


 船長の言葉にこの場にいる全員が納得する。


 彼は俺なんかよりも何倍も言葉に重みがあった。

 成熟した大人の雰囲気というのか、彼を尊敬している者達は多い。


 その後、会議では俺達の不在の間どうするのかが話し合われた。



 ◇



 旅立ちの日。


 拠点では調査団と船員が勢揃いしていた。


「なにかあればご連絡を」

「ああ」

「ひぐっ、トール殿との日々、決して忘れません」

「今生の別れじゃないから」

「定期的に帰還していただけるとありがたいです。こちらはまだ大陸の情勢を把握しておりませんゆえ」

「できる限り帰ってくるさ」


 俺達は手を振って拠点を出た。





「なんだか寂しいわね。一ヶ月近く一緒にいただけに」

「きゅう」


 フラウの言葉に、俺もカエデもしんみりする。


 全員、気の良い奴らだ。

 一緒に釣りもしたし、お互いに背中を流しもした。

 同じ鍋で飯を食った仲間である。


 できれば誰一人欠けず、無事にこの調査をやり遂げてもらいたい。


「どうしてみなさん、一族秘伝の感謝術を見てくれないのデース。悲しいデース」


 後ろからついてくるモニカは、ぶつぶつ呟いている。


 当然だろ。そんなもの見た日には大問題。

 確実に吊し上げられ厳しい処罰が下される。


 この娘、ちょっと頭がおかしい。


「モニカさん、根はすごく良い人なんですけどね」

「感謝の示し方がちょっとな」


 俺達は道なき道を進み続ける。


 正直、そろそろ騎獣が欲しいところだ。

 乗れそうな魔物がいればテイムするのだが。


 なんだかんだ捕まえるタイミングを逃してここまで来ている。

 大陸は非常に広大、そろそろ手に入れておかないと色々不便だろう。


 しかし、どのような騎獣がいいのか。悩ましい。


 がさっ。がさがさ。


 茂みから生き物が顔を出す。

 俺は三人に、伏せるようにと手で合図した。


 現れたのは虎のような顔に牛のような角が生えた、体高十メートルを超える大型の魔物。


 モニカが震え始める。


「べ、べひーもす、デス」


 聞いたことがない。

 大陸にだけいる固有の魔物だろうか。 


「持久力強化のスキルがあるみたいですね」


 ほうほう、長距離を走ることも可能、かもしれないと。


 あいつ欲しいな。

 できればあと二頭くらいは。


「ちょっと捕まえてくる」

「トールさん!?」

「モニカを頼んだぞ」

「かしこまりました、ご主人様」


 俺はベヒーモスとやらに近づく。


 奴は俺を見つけるなり、うなり声を上げて後ろ足で立ち上がった。


 高い位置から睥睨し、鋭い牙をむき出しにする。


「グルガァァアアアア!!」


 咆哮がびりびり空気を震わせ、木々をざわめかせた。


 へぇ、立つこともできるのか。

 威圧感が半端ないな。


 これに乗るのはある意味、男のロマンだな。


 魔物は鋭利な爪を俺の頭部めがけて振り下ろす。

 それはたとえるなら、研ぎ立てのナイフのようだった。


 ずんっ。


 片手で受け止めたことにより、俺の両足は僅かに地面に沈む。


 だが、想定したよりも攻撃は軽い。


「お前、俺と一緒に来ないか」

「グルッ!?」


 ベヒーモスは明らかに動揺していた。

 目を大きく見開き、人のような驚きの表情を浮かべていたのだ。


 前足を押し返してやると、俺でも分かるくらいに顔が恐怖にひきつる。


 それからベヒーモスの巨体を軽く振り上げ、勢いよく背中から地面に叩きつけてやった。


 胸の上に乗って見下ろせば、途端に大人しくなる。


「今からお前は俺の仲間だ」

「グルゥ……」


 首に乗ると、ベヒーモスは立ち上がって歩く。


 これはなかなかいい。

 視界が高くよく見える。


「ご主人様、さすがです!」

「やったわね、これで森を突っ切れそうだわ」

「ひぃ、ひぇぇ、Sランクモンスターをテイムしたデス」


 さっそく背中にカエデ達を乗せて出発。


 これだけ体が大きいと、人数が多くても楽々だ。


「この子にも名前を付けてあげないといけませんね」

「だよな。カッコいい名前を付けてやりたい」


 ベヒーモスだから……ベヒ一郎にするか。

 次に捕まえる奴は自動的に次郎になる。


 一郎は名前が気に入ったらしく喉をゴロゴロ鳴らした。


 こいつ、意外に可愛いな。


「グルゥ」


 さっそく二頭目を発見。


 一郎から降りて交渉する。


「グルガァァア!」

「よしよし、怖くないよ」

「キュウン……」


 二頭目には噛みつかれたが、そのまま撫でてやると大人しくなった。


 メスだったが、事前に決めていたのでベヒ次郎だ。


 一郎には俺とカエデが、次郎にはモニカとフラウが乗る。


「ひぃ、ベヒーモスに乗ってるデス……」

「ご主人様、モニカさんが嬉しそうですよ」

「うれし泣きかな。苦労してテイムした甲斐がある」

「嘘でしょ。どう見たって恐怖で泣いてると思うけど」

「きゅう……」


 程なくして三頭目を見つける。


 どうやらまたメスのようだ。

 俺は交渉してこれもテイムした。


「グォオオ」

「グルガァ」

「グルルルルル」


 三頭のベヒーモスが森を進む。


 ベヒ一郎には俺。

 ベヒ次郎にはカエデ。

 ベヒ三郎にはモニカとフラウ。


 三頭は出てくる魔物をひと睨みで追い払い、難所を軽々と越えて行く。


 夕方になる頃には、死の森を抜けていた。



 ◇



 翌日、森を抜けた俺達は山を越えることとなった。


 死の森の向こうは山脈に隔たれており、どうやっても険しい山道を行かなければならない。


 だが、三頭のベヒーモスは山も軽々と越える。


 崖にいたワイバーンすら逃げ出す。

 飛び出してきたスケルトンなど一瞬にして踏み潰された。


 やはりいい、ベヒーモスは最高に乗り心地の良い騎獣だ。


「モニカ、本当にこの先に街があるんだよな」

「スターニと言う辺境の街があるはずデス」


 街に入るには三頭は隠さないとダメだろうな。


 こいつらは賢く良い子だが、凶悪な面構えは不必要に周囲を驚かせる。


 偽装の指輪のレベルが3まで上がれば、姿を誤魔化せるのだが。

 今後の為にも、できるだけ指輪を使用するべきかもしれない。


 三頭は道を無視して、崖を飛び降りて行く。


 山の麓にある森へと至り、街の見える草原へと出た。


「森の中で待っててくれ」

「グルゥ」


 一郎、次郎、三郎は俺に顔を擦り付けてから森に戻る。


「いい騎獣を見つけたな」

「ええ、さすがはご主人様」

「強いし速いし、言うことないわよね」

「うぷっ、気持ち悪いデース」


 モニカが酔ったのか、口を押さえて木の陰に隠れた。


 さて、街を満喫するか。


 たのしみだなー。




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