第四章

106話 戦士の航海3


 ベッドで眠る女性。

 状況から考えるに、外の陸地からやってきた者だろう。


 しかも、エルフだ。


 俺達は彼女が目覚めるのを待ち続けた。


「…………?」

「目が覚めたか」

「ここは」

「医務室だ」


 女性はがばっ、体を勢いよく起こす。


 視線を巡らせ状況を把握しようとしているようだった。


 ちなみに、彼女の現在の格好はTシャツにハーフパンツ姿だ。

 ずぶ濡れだったので、カエデとフラウが着替えさせたのである。


 すぐに違和感に気が付いた彼女は、自身の体に触れ装備がないことを知る。


「防具や服は今、洗って乾かしている。それよりも水を飲め。医者が脱水状態だと心配していた」


 俺は部屋にある水差しを手に取り、グラスに注いだ。


「ほら、飲め」

「ありがとうございますデース」


 おそるおそる受け取った彼女は、グラスの中の水をのぞき込み、しばらく観察してから一気に飲み干す。

 するとようやく乾きを思い出したかのように、何杯も水を飲み始めた。


 どれだけ漂流していたのか、少なくとも一日そこらではないはず。


「ふぅ、満足しましたデス」


 女性は満足してから、服を脱ごうとする。


「ちょ、ちょっとまて、なにをしようとしているんだ!?」

「もちろんお礼デース」

「だから待てって! 脱ごうとするな!」


 意地でも服を脱ごうとするので、俺は阻止する為に服を掴んで下へと引っ張る。


「見てくださいデース! これは最大の感謝デース!」

「やめろ! 気持ちだけでいい、そういうのは求めてない!」

「我が一族秘伝の感謝術デース! 遠慮せず受け取って欲しいデース!」


 なんなんだこの女。


 言葉は通じているのに、意思がまったく伝わってない。


「ご主人様、昼食ができましたので――」


 タイミング悪く、カエデが入室する。


 彼女は俺達を見るなり、うるうる涙目になった。


「言っていただければ、私が喜んでお相手いたしますのに……」

「か、勘違いするな。それよりお前からも言ってくれ。こいつ、俺の話を全く聞かないんだ」


 女の服を押さえつつ、カエデに説明する。


 ようやく納得してくれた彼女は、落ち着かせる為に間に入ってくれた。


「失礼したデース。まさか一族秘伝の術に、喜ばない方がいるとは驚いたデース」

「一応聞くが、その秘伝はなにをするんだ」

「全裸で土下座するデース」

「分かった、この話は止めよう」


 もっと大事なことを聞かなければ。


 俺達は椅子に座り、漂流していた経緯を聞くことに。


「私はシーナス領主ビルフレル侯爵の娘モニカ、デース。気軽に馴れ馴れしくモニカとお呼びくださいデース」

「……おほん。で、そのモニカはどうして漂流なんかしていたんだ」

「海底遺跡を探していたら、クラーケンに襲われたデース。やっぱりあの船は安全域から離れすぎていたデース」


 俺とカエデは視線を交わす。


 やはり外の世界の人間か。

 拾った位置を考えるとその可能性は高い。


「あの、私以外の生き残りはいなかったデスか……?」

「すまない。船員が他にもいないか捜索は続けているんだが」

「そう、デスか」


 今はそっとしておくべきだと考え、俺達は部屋の外に出る。





「可哀想ですね」

「そうだな。せめて他の生存者がいれば、彼女も少しは救われたのだろうが」


 廊下を歩きつつカエデと言葉を交わす。


 一応、安全かどうか確認も兼ねて話をしたのだが、悪い人間ではなさそうだ。

 もし問題のある者なら隔離する予定だった。


 いや、別の意味で問題はあるが。


「ここがいいの?」

「きゅう」

「面倒ね。海に飛び込んできなさいよ」

「きゅう、きゅきゅ!」

「え? 黙って洗えって? ぶっ飛ばすわよ」


 声が聞こえて、デッキの方に出る。


 外では桶に入ったパン太を、フラウがもみ洗いしていた。


 さらに近くの桶では、チュピ美が水浴びをしていて、その真上ではふわふわクラたんが漂っている。


 ふと、別の気配を感じて目を向けた。


「ルブエ様、早くお声をかけてください。時間は有限です」

「そ、そうせかすな。しかし、なんとフェアリーとは可愛らしいのか。それにトール殿の眷獣もなんともキュート。もしふれ合えたなら、調査日誌にこの気持ちを思いのままに綴ってやろう」

「何度も申し上げていますが、そのような個人的なことは日記にお書きください。我々調査団の存在意義が疑われます」


 砲台の陰から、ルブエと副リーダーがフラウ達を窺っている。


 他にやることがないのだろうか。

 いや、ないのだろうな。

 彼らの仕事は陸地に着いてから、船の上では暇を持て余しているのだ。


 ようやくルブエが出る。 


「や、やぁ、フラウ殿」

「調査団の人?」

「あたしはルブエ、その、フラウ殿はフェアリー族なのだよな」

「見れば分かるでしょ」

「もしよければ、あたしと友達になってくれないか」


 恐ろしくぎこちない。


 おまけに今にも飛びかかりそうな中腰スタイルだ。


「じゃあこいつを洗うの手伝ってよ」

「あたしが?」

「ほら、早くこっちに来て」


 パン太の体に触れた瞬間、ルブエはぶるりと体を震わせた。


「ファンタスティック! とうとうあたしは、トール殿の眷獣に触れてしまった! 副リーダー、これで今日からあたしもトール殿の眷獣だな!」

「ルブエ様、落ち着いて自分が何を言っているのか、きちんと再確認してください」

「はっ、つい興奮して願望を口走ってしまった」


 珍しくフラウがドン引いている。


 俺とカエデは船内へと戻った。


「変わった人達ですね」

「船の中がギスギスするよりはいいだろう。目立って我が儘を言うようなタイプでもないようだしな」


 俺達は昼食を食べに食堂へと向かう。



 ◇



「これが刺身か」


 俺が釣ったキンメは、綺麗に捌かれ皿に盛られていた。


 食堂では他の船員も食事をしており、和気藹々としたムードで居心地も良い。


 ただ、一部の人間は船酔いがひどいらしく、食事を前にしていても青ざめた顔でぴくりとも動かない。

 もちろんその一部というのは調査団員である。


 生きたままゾンビになったようなオーラを放っている。


 気の毒すぎて目も合わせられなかった。


「お、いけるなこれ」


 刺身に塩を振っただけだが、これがなんとも美味。


 ほんのり甘く歯ごたえがいい。

 それでいて新鮮、生で食べるのも悪くない。


 食べ終わったところで、食堂に放送が響く。


『トール様、ただちに管理室へ』


 船長の声だ。

 何かあったのだろうか。





「数キロ先に、巨大な魔物を確認いたしました」


 船長の報告で俺は緊張する。


 どうやら目視と探知機によって、障害となる魔物を発見したようだ。


「避けられないのか」

「二度、コースを変えましたが、その度に向こうもコースを変更しております。このままでは間違いなく接触するかと」

「敵の正体は?」

「クラーケンと思われます」


 軟体の海の怪物か。


 もしかするとモニカが乗っていた船を襲ったのも、このクラーケンかもしれない。


「攻撃の準備を頼む」

「了解。ただちに攻撃準備!」


 管理室が騒がしくなる。


 デッキにある砲門が稼働し、攻撃位置に固定される。


 双眼鏡を取り出し、管理室から先を覗く。


 潜っているのか姿は見えない。


「さらに巨大な反応が近づいています!」

「なんだと!?」


 突如として海面が爆発したように水柱をあげた。


 巨大な口が、クラーケンを咥えている。


 太く強靱な肉体に、全身を覆う蒼い鱗。

 その大きさは不明だが、頭部だけでも十数メートルはありそうだ。


 正統種中位、ディープドラゴンだ。


 俺も初めて見る。


 ドラゴンはクラーケンを丸呑みし、船を見た。


 それだけでぞわっとする。


 殺気を向けられていた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

第四章より更新を週一に切り替えます。


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