105話 戦士の航海2
口笛を吹きながら海に釣り糸を垂らす。
本日も晴天、船は停泊中でデッキでは洗濯物が干されていた。
きらめく海面に、遠くでは魚が跳ねていた。
「しゃあ」
「ぱくぱく~」
釣りを見守るのはロー助、サメ子の二匹である。
ロー助は柵に体を巻き付けて海の中を覗き、桶に入ったサメ子は釣り竿をじっと見ていた。
ちなみにパン太はというと、洗濯物を干しているカエデの周りをウロウロしている。
どうやら風にはためくシーツが面白いらしい。
「釣りの方、どうなの」
「ん~、餌が悪いのかな。まるで反応がない」
「でも、探知機では真下に魚の群れがいるみたいよ」
「やっぱ餌が悪いのか」
管理室から戻ってきたフラウが船の真下の状況を教えてくれた。
針を回収して、小エビを付ける。
それから再び海へと投げた。
暇つぶしで始めた釣りだが、こうも釣れないと何が何でも釣ってやろう、なんて気になってしまう。
船長や船員は当然ながら、調査団ですら三尾以上釣り上げているのだ。
俺だけ一尾も釣果がないなんて納得できない。
大物なんて贅沢は言わない、手の平サイズでいいからかかってくれ。
「ご主人様、釣りの方はどうですか」
エプロン姿のカエデが、耳元の髪を掻き上げて微笑んでいた。
片手には乾いたシーツが抱えられている。
「ダメだな。洗濯の方はどうだ」
「ようやく先ほど全て干し終えました。お日様の匂いがして気持ち良いですよ」
彼女はシーツを広げて、俺と自分を覆うように包んだ。
確かに良い匂いがする。
お日様と潮風と、カエデの優しい匂い。
「ちょっと、フラウも! フラウも!」
妖精が強引に俺とカエデの間に体をねじ込んでくる。
フラウは「ほんと、お日様のぽかぽかした匂いがするわね」なんて笑顔だ。
「ご主人様! 竿が!」
「お、おおっ!」
一気に釣り上げれば、針に赤い魚が引っかかっていた。
サイズは四十センチほど、食べるにはちょうど良いくらいだ。
そこへふらりと船長がやってくる。
「これはなかなか、高級魚のキンメを釣り上げるとはさすがトール様」
「美味い……魚なのか?」
「それはもう。ラストリアでは祝い事に出されるくらい美味、刺身はもちろん煮ても焼いてもいける魚ですぞ」
刺身って生食だったよな。
せっかくだしこの魚で体験してみるのもありか。
さっそく調理員に相談してみよう。
「ご主人様、例の卵はどうなりましたか?」
「あー、すっかり忘れてた」
カエデの指摘で眷獣の卵を思い出す。
そろそろ孵化させておくべきかもな。
もしかしたらサメ子と同じ水中タイプかもしれないし。
陸地だとすぐに水なんて用意できないからな。
「何が生まれるのか、わくわくしますね」
「できればパン太みたいなのが出てくるとフラウは嬉しいわ」
「きゅう、きゅうきゅう」
「え、新しい寝床が目的かって? 当たり前じゃない」
「きゅう!」
「ふっ、フラウは常に最高の寝床を求めてるの。あんたも所詮は通過点に過ぎないのよ。ちょ、なんなの、髪に噛みついてこないで!」
頭の上でフラウとパン太が喧嘩を始める。
いつものことなので無視して卵に魔力を注ぎ始めた。
今回発見した卵の見た目は、ロー助のものとよく似ている。
表面には凸凹とした突起があり、灰色に鮮やかな青い斑点があった。
「どうですかご主人様」
すぐ横にいるカエデは、よほど楽しみなのか尻尾を盛んに振っていた。
フラウとパン太は、真上で未だに追いかけっこをしている。
三割ほどで魔力吸収は終わった。
今までの卵と比べると、ダントツに少ない吸収量である。
もしかして船に残されていたのは、役に立たない眷獣だったからなのか?
だが、吸収量が大きいからと言って、能力が優れていると考えるのは間違いな気がする。
こいつだって意味があって生まれてきたんだ。
ロー助やサメ子に負けないくらいの力を秘めているに違いない。
ぽたぽた、血を垂らす。
ぶしゅうううう、蒸気のような物を発し卵が開かれた。
「……出てこないな」
「ですね」
数秒後、中から鳥のような生き物が出てきた。
その体はメタリックブルーに輝き、目はなく頭部にティアラのような飾りがついている。
全体のシルエットはずんぐりむっくりとした丸みを帯びていた。
小鳥を鷹ほどのサイズにしたような印象だ。
「ちゅぴ!」
鳥はぴょんぴょん跳ねて俺の方へと寄ってくる。
足に体を擦り付けて甘えた。
「これが新しい仲間? 可愛いけど、役に立つの?」
「どうだカエデ」
「空からの索敵を行えるようですね。他の眷獣にイメージを伝え、その他にも声の伝達や映像の記録ができるとか」
「司令塔的な役割ができるってことか」
基本的に眷属は俺がいないと連携ができない。
だが、この鳥がいれば俺がその場にいなくとも、ある程度のまとまりを保つことができる、ということなのだろう。
しかし、声の伝達や映像の記録とはなんだろう。
『どうだカエデ』
『空からの索敵を行えるようですね。他の眷獣にイメージを伝え、その他にも声の伝達や映像の記録ができるとか』
「!?」
いきなり鳥が俺とカエデの声を発した。
そうか、声の伝達の意味を理解した。
映像の記録も似たような能力なのだろう。
「今からお前は『チュピ美』だ」
「素敵ですね! 良かったわねチュピ美!」
「ちゅぴ!」
「うそでしょ、そんなダサい名前に喜ぶの……?」
フラウは文句を言っているが、チュピ美が嬉しそうにしているのでこれでいい。
さて、さくっと次の眷獣も目覚めさせよう。
もう一つの卵はつるんとした、白みを帯びた半透明な卵だった。
注いだ魔力はおよそ四割。
血を垂らし契約を済ませる。
がばり。
卵から出てきたのは、ゼリー状の透明な傘のような生き物。
ソレはふわりと浮かび上がり、ぼんやりと光を発した。
海で見たクラゲとよく似ている。
というかそのまんまだ。
「鑑定では、明かりになってくれる眷獣とありますね。陸でも水中でも強い光で周囲を照らしてくれるらしいです」
「それだけなのか?」
「えっと、それから雨の日は屋根代わりになってくれるそうです」
「…………」
眷獣にも色々いるんだな。
ただ、ふわふわ漂うクラゲは見ていて気持ちが良い。
大きな透明な傘に垂れ下がる無数の触手。
性格はのんびりしているのか、主人である俺に興味を示さずただただ漂う。
「お前は『クラたん』だ」
「くら~」
クラたんは鳴き声を発した。
一応、鳴けるんだなと感心してしまう。
それと命令はちゃんと聞いてくれるようだ。
「きゅう」
「くら~」
「きゅう!?」
近くを飛んでいたパン太にクラたんは触手を伸ばす。
絡め取ってしまうと、そのままパン太を傘の下まで持って行きすりすりした。
クラたんはパン太を気に入ったみたいだ。
意外に力が強いようで、パン太は触手から逃れられずなすがままにされる。
「ぷにぷにしてて冷たい、いいわねこの子」
フラウもさっそくクラたんに乗って、感触を確認していた。
確かに暑い日にくっつくと気持ちよさそうだ。
クラたんもフラウに乗られるのは嫌いじゃないようで、特に拒絶などはなかった。
「ちゅぴ」
「くら~?」
「ちゅぴぴ!」
「きゅう」
三匹が会話をしているようだ。
クラたんはパン太を放し、再びふわふわ漂い始める。
さっそくチュピ美がリーダーシップを発揮したようだ。
パン太を解放してやれとでも言ったのだろう。
びーびー。突然、船内に音が鳴り響く。
『トール様、ただちにデッキにお越しください』
聞こえたのは船長の声。
チュピ美とクラたんを刻印に戻し、俺達は管理室へと向かう。
「どうやら漂流者のようです」
デッキには軽装を身につけた女性が横たわっていた。
ピンク色のセミロングヘアーに、目をひく端正な容姿。
意識はないようで全身ずぶ濡れの状態で僅かに震えていた。
防具の装飾から、それなりに地位のある人間だと推測できる。
貴族のご令嬢だろうか。
「とりあえず医務室に運ぼう。毛布を」
女性を毛布に包み、俺は船の中へと運び込んだ。
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