104話 戦士の航海1


 ざざざざざ。


 遺跡船『ルオリク号』は、青い海を進み続ける。


 デッキから眺め続ける俺は広大な海に、己の小ささを実感していた。


「広いな……こんなにも海が広大だったなんて知らなかった」


 くわぁ、くわぁ。


 鳥が鳴き声をあげながら飛んで行く。


 吹き付ける風は非常に心地よく、船が揺れる度に不思議な感覚に陥る。


 こんなにも大きな水の上を、船で移動するのは初めて。

 巨大な水たまりを葉っぱの船に乗って漂っている、そんな気分だった。


 とりあえず管理室へと移動する。


「これはトール様」

「異常はないか」

「今のところ問題はないです。しかし、本当にこれは素晴らしい船だ。海を渡る為の必要な機能が全て搭載され、尚且つ各船室で快適に過ごせる管理機能まで存在している。いやはや古代種の技術は恐ろしいレベルだったのですな」


 現在は自動航行状態らしく、入力した目的地へと船が勝手に連れて行ってくれている。


 実はこの船には、世界地図があったのだが……そのデータによると、俺達の暮らしていた場所は――島だった。


 何を言っているのか俺も良く分からないのだが、地図を見ればそうとしか言いようがない。


 ずっと大陸と信じていた場所は小さな島だったのだ。


 世界は広い、まさにその通りだ。

 俺達はずっと大陸に住んでいると思っていたが、実際は島に住んでいて、本当の大陸はもっともっとデカかった。


 この事実は、ラストリア上層部と船に乗る者達しか知らない。


 今さら島でしたなんて世間に公表できないからな。

 言ったところで無用な混乱を引き起こすだけ。


 兎にも角にも、俺達は一番近くの大陸の、一番近くの上陸できそうな場所を目指している。


 算出された到達時間は二週間。


 この船はかなりの速さで移動しているが、それでも相当な時間がかかるようだ。


「船長、真下を五十メートル級の生き物が通過しています」

「警戒態勢。近づくようなら攻撃しろ」


 モニターの前で船員が警告する。


 薄緑で表示された画像では、大きな塊が移動していた。


 カエデによるとこれは下方探知機という物らしい。

 船体の真下を移動する物体に反応するのだとか。


 他にも船の周囲を探る上方探知機もあって、そっちに関してはあまり見ていないようだ。


 外海で最も警戒するのは魔物なのだから当然だろう。


「ところでトール様は冷凍室は確認されましたかな」

「れいとう、しつ? なんだそれ」

「ははは、やはりご存じなかったか。では案内いたしましょう」


 彼は船員にこの場を任せ、俺を船の下へと案内する。





「ここが冷凍室です」

「さぶっ」


 あまりの寒さにぶるりと体が震えた。


 大きな部屋の中は冷気で満たされ、氷漬けの魚や肉や野菜が山積みとなっていた。


「ここはトール様が補充してくださった魔力により、常時マイナス五十度前後を保っています。はっきり申し上げますと、この部屋がなければこれほどの人数を一度に運べなかったでしょう」

「つまりここは生活の要ってことか」

「ええ、その通り。浄化装置の付いた貯水タンクとここがあるからこそ、長期間の航行が可能なのです。以前のような木造船では、やはり海を渡るのは難しかったでしょうな」


 船長は髭を撫でつつほっとしている様子だった。


 要するにこれだけの機能があって初めて、人は外海を渡れるのだ。

 計画当初の木造船航行はやはり自殺行為だったのである。


「じゃあ獲ってきた魚とかここで保存しても良いってことだな」

「もちろん。ただ、あまり大物を獲られると、しばらく魚料理が続きますぞ」

「ほどほどにしておくさ」


 俺と船長は冷凍室を出て、デッキを目指す。


 途中、船員が寝ている部屋を覗いた。


 三段ベッドでいびきをかく青年。

 部屋は狭く、六人で過ごすには快適とは言えない環境だ。


 一応、二つのデスクがあって、書き物はできるようだった。


「ふむ、あとで叱っておくか」


 どうやらサボりだったらしい。

 船長は静かにドアを閉めて髭を撫でた。


 デッキに出ると、海を見る調査団と出くわす。


「奇遇ですねトール殿、このようなところでお顔を拝見できるとは」


 調査団のリーダーであるルブエ・ノンタークが一礼した。


 彼女は公爵の娘でありながら、自らこの計画に志願したちょっと変わった人物だ。


 ガクン、船が大きく揺れる。


「ひぇああああああっ! 沈む! 絶対今の穴が空いた衝撃だ!」

「ルブエ様、落ち着いてください。波で揺れただけです」

「……そうか、少々驚いてしまった」


 眼鏡をかけた副リーダーの言葉に、ルブエはきりっと表情を引き締める。


 とまぁ、常時こんな感じだ。


 団員も彼女には慣れているようで、特に反応はない。

 さすがにお飾り、とまではいかないだろうが下の者達は苦労してそうだ。


「ところで船長、もし海の上で魔物に襲われた場合、どう対処するのか教えてもらえないだろうか」

「そうですな、ではトール様もご一緒に」


 船長に誘われ、俺達は甲板へと移動する。


 甲板には二本の長い金属板を合わせたようなものがあった。

 それらは帽子のような金属の台にくっついていて、なんとなく左右に動く雰囲気があった。


 船長は甲板に設置されている小さな箱で、管理室と連絡を取る。


「間もなく発射します」

「発射……?」


 ヴヴヴヴ、ブァウン。


 二本の金属板が合わさった物から、青い閃光が発射され遙か先で水柱が上がった。


「ただいまのは海上用兵器です。大砲に似た武器だと思っていただければ分かりやすいかと」

「なんと! この船には大砲と同等の兵器があると申すか!」

「正確に申し上げれば、それよりも強力でしょうな。レッドドラゴンでも一撃で仕留めることが可能かと」

「素晴らしい、これなら安心だな! この船の素晴らしさに改めて感激しちゃったぞ! エクセレント、エクセレントォオオオオ!!」

「ルブエ様、落ち着いてください。ここにはトール様もいらっしゃいます」

「おほん、実に良い船だ。計画の成功は確約されたも同然だ」


 ルブエはきりっと表情を引き締める。


 ちなみに大砲というのは魔力を動力にする遺物のことだ。

 威力はあるが、数は少なく大型かつ重量のある兵器で、ほとんどの場合は王宮の守りなどに置かれている。


 まぁ、ほとんど使うことのない代物だと聞くが。


 金髪おかっぱ頭のルブエ嬢は、なぜか恥ずかしそうにしていた。


 しかも、ちらちら俺のことを見ている。


「トール殿は、勇者だと聞いている。貴殿から見てあたしは、その、魅力的に映っているだろうか」

「ああ、素敵な女性だと思う」

「うひゃあ、素敵な女性だって! 聞いたか副リーダー! 調査日誌には、トール殿に褒められたと記載しておけ!」

「恐れ入りますがルブエ様、日誌は業務上のことを記載する物でして、決して個人的な日記ではありません。それにもしお父上が見たならどう思われるか」

「そうだったな、ならば日記に書くとしよう。ではまた後で」


 ルブエ達は甲板を離れる。


 数秒後「どうしよう、もうトール殿の子供ができたかも!」などと聞こえ、すぐに「ルブエ様、言葉を交わしただけで子供はできません」と副リーダーの声が耳に届いた。


 船長は苦笑する。


「賑やかな連中ですな。長い旅も楽しくなりそうです」

「ところで船長はこの旅に何か目的があるのか」


 俺は海を見ながら柵に肘を乗せる。


「海はロマン、男が遠くに行きたがるのに理由はいらんでしょ」


 彼は帽子の縁を少しあげてニヤリとした。

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