103話 戦士達は外海を目指す


 ゴシゴシ。ブシャァァアア。


 ブラシで程よく擦ると、水魔法で表面を吹き飛ばす。

 俺の魔法でも穴が空かないことから、やはりこの船体は相当に堅いことが分かる。


 ほどほどに綺麗になったところで、別の場所の作業は進んでいるか確認する為に、ひょいと見下ろした。


 船の至る所で船員がブラシで掃除をしてる。


 カエデやフラウの姿もあり、船は見違えるようにピカピカになっていた。


 鈍い鉄色のボディ、寄せてくる波にもビクともせず堂々たる姿で海に浮かぶ。

 まさに男のロマンを形にしたような物体。

 早く動く姿を見たくてずっとそわそわしている。


 ちなみにこの船の所有は俺だが、所属はラストリアと言う事になっている。


 管理維持を行うのはこの国なわけだし、そこについては異論はない。


 それと、船を掃除している間にアルマン王からメッセージが届いた。


『新大陸探索の件、ラストリア王より聞き及んでいる。貴公は称号を返上した身だが、我が国の所属であることに変わりない。要望があればいつでも言って欲しい、最大限協力をするつもりだ。大きな発見を期待している アルマン王』


 こうなるともう逃げられない。


 魔王討伐に次ぐ、一大計画にまで発展している雰囲気をひしひしと感じる。


 実際、この船を手に入れてからラストリア国内は、外海探索計画の話で持ちきりだ。

 今までほぼ不可能だと思われてきた往復が、この船の登場でほぼ確実と認識されてしまったのだ。


 それに船型の遺跡も今回初めて確認された、注目を浴びるのは当然である。


「主様、外も中も掃除が完了したみたいよ!」

「報告ありがとう」


 掃除の次は、物資の積み込みだ。


 まだまだゆっくり休めない。





「これで全部だろうな」

「間違いねぇっス」


 船乗り達の声が港で飛び交う。

 それから荷物を積んだ船が次々に動き出した。


 向かうは沖に停泊中の遺跡船。


 双眼鏡を覗けば、紐で荷物を吊り上げる作業員の様子が窺えた。


「もうすぐですね」

「ここまで二週間、ずいぶんとかかったな」

「仕方ありません。元々の計画に大きな変更が加えられたのですから」


 ラストリア王の立てた元々の計画は、最大三十五名しか参加ができなかった。

 しかし、遺跡船の登場により、さらなる増員が可能となったのだ。


 そこで計画に大きく変更を加え、規模を大きくしたのである。


 おかげで船の中には医療室もあれば食堂もある。


 一応だが、俺がいない間に船の管理を行う船長もいる。


「おーい」


 パン太に乗ったフラウが遺跡船より戻る。


「積み込み終わったらしいわよ!」

「きゅう!」


 これでいつでも出発できる。


 タイミング良く港に二台の馬車が到着した。


 ケイオスとラストリア王。


「ふむ、やはり何度見ても壮観だな。古代種による失われし技術で建造されたいにしえの船、あれならば確実に外海を渡ることができよう」

「陛下は此度の遠征で得られた成果によっては、君に爵位と領地を与えるとおっしゃっている。君はアルマンの所属だが、この計画が我が国主導であることを決して忘れてはいけないぞ」


 ケイオスの言葉に国王は満足そうに頷く。


 気が付けば、アルマンとラストリアの板挟み状態。


 どちらの国も新大陸から持ち帰る成果を欲している。

 物によっては国力が大きく変るのだから、こうなるのは当たり前といえば当たり前だ。


 まぁ、俺には判別つかないだろうし、適当に二つの国に渡すとしよう。


 案外大した物なんてなかったりするかもな。


「では明後日、早朝に出発をする。準備はしっかりしておくように」


 俺達は頷いた。



 ◇



 まだ日が昇らない時間帯。


 俺達はエイバン家の玄関を出た。


 本日、ラストリア国主導の外海調査計画が始まるのだ。


 目的は三つ。


 ・カエデの故郷に行く

 ・母さんが以前暮らしていた場所を探す

 ・新大陸をのんびり回る


 つまり基本的には、今までとそれほど変わらないと考えて良いだろう。


 ぶらぶらしながら珍しいものを見て、美味いものを食って、友人を増やす、単純で分かりやすい。


「ご主人様」

「ん?」


 玄関を出てすぐ、ケイオスがいた。


 やけに穏やかな顔が気になる。


「行くのか」

「ああ」

「ミスティがどこから流れてきたのか、君は確かめるんだろうね」


 彼は後ろ手のまま空を見上げる。


「私は今になって考えるのだ、彼女は記憶を失っていなかったのではと」

「どう言う意味だ」

「外の世界には、我々も想像しないような何か大きな秘密がある気がする。彼女はそれを教えたくなくて記憶喪失のフリをしていたのではと思うのだ」

「秘密ね……考えすぎじゃないのか」

「そうだといいのだが。すまないね、引き留めてしまって」


 ケイオスは「君の帰りをいつでも待っている」と肩を叩いた。





「来たな」


 港では、なぜかビルがいた。


 彼は剣を抜いていて行く手を塞ぐ。


「なんの真似だ」

「旅に出ればここへは長く戻ってこないだろう。そうなる前に、オレはお前と決着を付けておきたい。どちらが真の強者なのか」


 俺は彼の振るう剣を躱す。


「抜け! 貴族らしく堂々と戦え! それでもエイバン家の血筋か!」

「いや、俺は平民だし」

「まだ勘違いしているのか! 貴様は貴族、オレの従兄弟だ! オレに何かあれば、貴様が後を継ぐのだぞ! もっと自覚しろ!」


 剣速が上がる。

 鋭さが増し、圧が強まった。


 カエデとフラウには手出しは無用だと伝えてある。


 俺は剣を抜かずひたすらに避け続けた。


「必ず帰ってこい! 死んで戻るなど許さないからな!」

「分かってるさ」

「誰にも負けるなよ! 貴様は俺が倒す! ライバルとして、さらに強くなって待っているからな!」


 ビルが何を言いたいのか理解して笑い出しそうになった。


 素直に見送れないのでこうして戦いの形をとっているのだろう。


 父と似て不器用というか、俺も馬鹿だがこいつも相当の馬鹿だな。


 俺は抜剣する。

 彼の剣を一瞬で切断した。


 カラン。刀身が地面に落ちる。


「またな、トール」

「ああ、またなビル」


 従兄弟との別れの挨拶が終わった。


 俺は振り返らず大剣を鞘に戻す。


「お待ちしておりました」


 港では船員が俺達の到着を待っていた。


 迎えなど不要なのだが、船長や船員の気持ちの問題として主の搭乗はきちんとしておきたいらしい。


 その方が身が引き締まるとかなんとか。

 俺にはよく分からん。


 まだ薄暗い沖に、明かりの灯る船があった。


 遺跡船『ルオリク号』である。


 海が好きだった父の名前をそのまま使ったのだ。

 ケイオスもとても喜んでくれた。


 縄ばしごを上り甲板へ。


 そこには船長と船員、総勢十五名が整列していた。


「トール様、準備はできております」

「では取りかかってくれ」


 黒髭の船長が頷いて船員に合図を送る。


 縄ばしごが取り込まれ、発進を知らせる音が船から鳴らされた。


 錨が引き上げられ船が静かに動き始める。


 すでに船長と船員は船の操作方法を習得している。

 まだ慣れない部分もあるが、動かすだけなら問題ないレベルだ。


 海へと船は進み、港から少しずつ離れて行く。


「とうとう出発しましたね、ご主人様」

「しばらく……帰ってこられないだろうな」

「里のみんなうらやましがるだろうね。なんてったって外の世界だもの。誰も見たことのない景色を見られるなんて最高ね」

「きゅう!」


 そう、これから行くのは未知の領域。

 ワクワクが止まらない。

 ロマンに溢れすぎている。


「あ、ご主人様!」


 カエデの声と同時に、東に太陽が顔を見せる。


 眩い黄金の光に目を細めた。


 見上げる空は、オレンジ色から濃い青へとグラデーションができていた。


 カエデは俺の腕に腕を絡ませる。


「どこまでも一緒です、ご主人様」

「行こう。新大陸へ」

「れっつごー!」

「きゅう!」

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