101話 戦士達は海水浴を楽しむ


 久々にギルドへ顔を出した俺は、ぽかーんとする。


 冒険者カードに記されたランクは『SS』。


 最初はSの見間違いかと思ったが、何度目を擦っても同じ文字だった。


 あったんだ、本当に。

 SSなんてただの与太話なのかと。


「ご主人様、私のランクもSに」

「フラウのも」

「……迂闊にカードを出せなくなったな」


 カウンターではギルド職員がニコニコしている。

 その隣には最高責任者のギルドマスターもいて、同じように笑顔だ。


 気味が悪い。


「いやはや我がギルドにおこしになっていただけるとは。ご心配には及びません、我々は利用者の秘密は漏らしませんので。貴方がたが魔王を倒した漫遊旅団などとは、口が裂けても言いません」

「あの、握手をしていただけませんか!」

「お、おお……」


 女性職員と握手する。


 ギルド内にいる冒険者達は、聞き耳を立ててこちらの様子を探っていた。


 さっきまで騒がしく酒を飲んでいたのに、今は石像のようにぴくりとも動かない。


 早々に退散しないと、おかしなことに巻き込まれるかもしれない。

 そうでなくとも目立つのは嫌いなのだ。


「漫遊? まじ?」

「あの魔王を倒して、偽物の勇者まで捕らえた?」

「誰か鑑定スキルで詳細確認しろよ」

「うふ、聞いてたよりイケメンじゃん」

「今なら……仲間になれるかも」


 一人が、がたっと立ち上がる。


 不味い。

 とうとう動き出した。


 俺達は素早く外に出て偽装の指輪で姿を変える。


 だだだだだっ。


 ギルドから大勢の冒険者が俺達を探して飛び出して行った。


 こえぇ、目が血走ってたよ。

 漫遊の名前がここまで有名になってたなんて知らなかった。


「ふっ、フラウ達も有名になったものね」

「きゅう」

「なんですって? ちょっと有名になったくらいで調子に乗るなっですって。白パンのくせに生意気ね。今やフラウは歴史に残るフェアリーなのよ、ちやほやされるのは当たり前でしょ」

「きゅ、きゅうきゅう!」

「なになに、フラウよりも自分の方が目立ってるから、主様の仲間として歴史に記されるのはパン太だって? いい度胸ね、その喧嘩買ってやるわよ」


 フラウとパン太が揉め始める。


 ちなみに今はどちらも姿を消しているので、端からは争いは見えない。


 歴史なんてどうでも良いから大人しくしててくれ。


「ところでご主人様、天気も良いですしたまには海で泳いでみませんか」

「それもそうだな。せっかく海があるのに、まったく泳がないってのもどうかと思っていた。それに母さんが流れ着いた砂浜にも行ってみたかったんだ」

「では決まりですね。今日は海水浴を満喫しましょ」


 カエデはルンルン気分で俺の腕に腕を絡ませる。


 海水浴、悪くないな。



 ◇



 青い空、白い雲、照りつける太陽。

 そして、彼方まで続く海。


「う~み~!」

「きゅう!」


 フラウとパン太がさっそく海へと飛んで行く。


 ちなみにだが、フラウ(大)も俺も水着を着ている。


「ご主人様、パラソルを借りてきました」

「わざわざすまないな」

「奴隷なのですから当然です」


 水着姿のカエデは相変わらず破壊力抜群だ。


 見る者を一瞬にして虜にするスタイルは、この砂浜で異様に目立っている。


 眩しいほど陽光を反射する、白く長い髪とまつげは、風に揺られる度に美しさが際立って見える。

 歩く度にぷるんと揺れる、白い胸は男の至宝。

 大きく透明感のある金色の眼は宝石のようですらあった。


 ばさっ。


 カエデが白い砂にパラソルを立てた。


「準備万端ですね」

「カエデ~、早く泳ぐわよ~」

「は~い」


 走り出した彼女は、俺の手をとり海へと引っ張る。


「冷たいですね、ご主人様」

「これが海か……どれ」


 しゃがんで指で舐めてみる。


 うぇ、しょっぺ。

 海水が塩辛いって本当だったんだな。


「えへへ」


 俺の体にカエデが嬉しそうに抱きつく。


 押しつけられる柔らかい感触に、思わずドキッとしてしまった。


「ちょっと、フラウも見なさいよ」

「おお」


 もう片方の腕をフラウが掴む。


 今はヒューマンサイズの水着姿。

 カエデと同様に男女問わず、砂浜にいる者の目を強烈に惹きつけていた。


「フラウさん!」

「あぶっ!?」


 カエデがフラウに水をかける。


「よくもやったわね! その喧嘩、買ったわ!」

「きゃあ!」


 二人は水をかけあいながら楽しんでいる。


 そんな様子を見ながら、俺はサメ子と戯れていた。


「ぱくぱく~」

「よしよし」

「しゃぁ」

「お、なんだロー助も潜れるようになったのか」


 ほんの短い時間だが、ロー助が海中へ潜る。


 水は苦手だったと思うが、眷属も日々成長しているようだ。


「あ」

「どうしたの?」

「あの、水着が」


 カエデが首まで海水に浸かって恥ずかしそうにしている。


 なんだこれ。


 足に紐のようなものが絡みついたので、掴んで持ち上げた。


 カエデの水着だ。しかも胸の部分。


「その、よろしければですが、それをかえしていただけますか……」


 両手で胸を押さえたカエデは、顔を赤くしながらも伏せ目がちにそう言った。





「あ~、楽しかった」


 フラウは手足を投げ出して大の字で横になる。


 俺とカエデもすでに横になっており、真上を覆うパラソルと吹き抜ける風が涼しい。


 時折、視界の端でパン太とロー助が飛んで行くのが見えた。

 まだあの二匹は遊び足りないようだ。


 サメ子も泳ぎに出ているのでしばらくは帰ってこないだろう。


「ご主人様、あちらの準備はどうなっているのでしょうか」

「ケイオスが主導で進めてくれているみたいだから心配ないだろう。船に関しては元々用意してあったらしい。というか、進めていた計画に、俺達をねじ込んだ形になるみたいだな」


 この外海調査はすでに予定されていたものだそうだ。

 そこへタイミング良く俺達が現れたので、急遽調整を加えたのだとか。


 それはそうと、俺には一つ気になる点があった。


 どうして俺達が他の大陸の存在を知らなかったのか、だ。


 そこで地図のスクロールを開いて確認してみたのだが、地図は陸地から数十キロ先で途切れていた。

 見えない壁があってそれ以上向こうへ行けなかったのだ。


 ただ、これは物理的に壁があるからとかではなく、スクロールの能力の限界なのだそうだ。


 未だ俺達は、本当の意味で世界の大きさを知らないのである。


 海を越えた先に別の世界が広がっている、そう考えるとワクワクしてしまうな。

 漫遊旅団の新しい旅はここから始まるともいえそうだ。


 俺は上体を起こす。


 白い砂浜、ここに母さんが流れ着いたのだと思うと、言葉にできない妙な感覚になった。


 カエデとフラウも起き上がり同じ景色を見る。


「ご主人様のお母様も私と同じ、異邦の者なのですね」

「主様が龍人ってことは、両親も龍人ってことでしょ? そのお母さんが龍人だったとか?」

「母さんが……龍人? いやいや、そんなまさか」

「でも考えてみればそうじゃない。肉体の再構築はあくまで自分を材料に、自分をパワーアップさせる事でしょ。主様が龍人になれたのは、その要素を元々持っていたってことだと思うけど」


 珍しくフラウが鋭い指摘をする。


 彼女なりに肉体の再構築について考えていたようだ。


 つまりあの時、俺に起きたのは肉体の最効率化。

 己を己で最も使いやすい状態へと変化させた、ということだ。

 だとすれば確かに、全くなかった要素が出てくるのはおかしい。


 元々あった、と考えるのが妥当だ。


 俺は龍人のハーフ、もしくはその血を少なからず引き継いでいた存在となる。


 そうか、だから俺はハイヒューマンにはならなかったのか。


 ようやく腑に落ちた気分だ。


「ありがとうフラウ。探すべきものが分かったよ」

「うへぇ、褒めても何も出ないわよ」


 頭を撫でれば、フラウはツインテールを揺らしてニヘらと笑う。


 たぶん母さんは龍人だ。

 そして、俺は俺がなんであるかを知るために、龍人を探さなくてはいけない。


 それこそが、己のルーツを探すと言う事なのだろう。


「トール君」


 声をかけられ振り返る。


 砂浜の近くの道でケイオスが呼んでいた。


「問題が発生したんだ。ぜひ君の力を借りたい」

「それはいいが、俺に何を?」


 彼は「奇妙な船が港に流れ着いた」と言った。




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