100話 漫遊旅団の復活
海を渡る……?
突然の要望に困惑する。
カエデの件もあるので非常に興味のある話ではあるが、何を目的にそのようなことを言っているのかが気になった。
「諸君はここの他に陸地があることを存じているだろうか」
「海の向こうに、別の大陸があるんだろ」
「うむ、長らくこの地に暮らす我々は大地が一つだけだと信じてきた。とは言っても、海に面したラストリア人に関して言えば、そのような認識はないのだがな」
「と言うと?」
老人は懐からとある羊皮紙を出す。
広げて見せたそこには、見たこともない地形や名称が記載されていた。
別の大陸の、地図なのだろう。
しかしどうやって手に入れたのか。
「希にだが海流に乗って物などが流れ着く。それらには外の世界の物も含まれているのだ。実を言えばラストリアがここまで発展したのも、それらを理解し量産したからなのだ」
「外の世界の方が、知識や技術が進んでいる……?」
「そう、儂が言いたいのはまさにそこだ。外の世界にはここよりも優れた文明が形成されているのは間違いない。そこで依頼をしたいのだ」
騎士がテーブルにみっちり膨らんだ革袋を三つ置いた。
音から金であることは分かったが、外から見ただけではいくらあるのかは見当も付かない。
老人はお茶を一口啜り、カップを置いた。
「前金だ。依頼内容は主に二つ。派遣する調査団の護衛、こちらに関しては行きと帰りだけで良い。それと交流可能な国があるか探ってもらいたい」
「そんなのどこで判断するんだ」
「簡単だ。君と友人になれる種族はすべからく我々も友人になれる可能性がある。ああ、できれば良い情報を握る友人を作ってくれたまえよ」
つまり俺達に余所の大陸でぶらついてこいって言ってるのか。
で、友達を作って存分に交流してこいと?
怪しい、このじいさんめちゃくちゃ怪しい。
つーか何者なんだ。
「なんで俺達にこんなことを頼むんだ」
「もちろん実力を見込んでのこと。以前より儂は外の世界に強い興味を抱いておった。これまで幾度となく調査団を派遣したのだ。しかし、ことごとく彼らは帰ってこなかった」
老人は魔王を倒した俺達ならば、海を越えることができるのではと考えたようだ。
海に生息する魔物は陸地よりも格段に強いそうだ。
レッドドラゴンを軽く超える化け物がうようよしている、なんて噂をよく耳にする。
その上を船で通るのだ。普通に考えれば自殺行為以外の何物でもない。
帰ってこなくて当然。もし向こうに着いても、帰りを諦めるかもしれない。
ただ、彼の予想通り、俺達なら話は変わる。
今や俺は、レベル3000だ。
さらに手元には、ブルードラゴンを軽く仕留めるサメ子がいる。
行って帰って来られる確率は高い、と思う。
しかし、問題はその大陸がどこにあるかだ。
こんな地図だけではたどり着けはしないだろう。
「一つ聞くが、どうやってここへたどり着くつもりだ。方角とか分かってるのか」
俺は羊皮紙の地図に描かれた大地を指さす。
「おおよその見当は付いている。障害は魔物だけなのだ」
「…………」
老人は『受けてくれるか』と目で返事を求める。
本音を言えばまさに渡りに船だった。
カエデの故郷に行く予定だったし、ここで船に乗せてもらえるのは運が良い。
それに向こうには母さんの故郷があるかもしれない。
俺と言う人間を知る為にも、この話は乗るべきだろう。
「この依頼、引き受けてやる」
「おおっ! その言葉を待っていた!」
「報酬はちゃんともらうからな」
老人は望んだ答えを聞いて満面の笑みとなった。
こっちとしても良い話だ。
船は用意してくれるし、海を知る船乗りもいる。
わざわざ用意する必要がなくなってむしろ感謝をしたいくらい。
ま、本当に越えられるかどうか、難題はまだあるのだが。
話がまとまったところで老人は話題を変えた。
「ところで君はエイバン侯の甥という話ではないか、いやはや元を辿れば我が国の民であったとは。どうだケイオス、彼を次期当主にしてはどうだ」
「お忘れかもしれませんが、私にはすでにそこのビルがおります」
「そうか、そうだったな。ビルとやら気分の悪くなる話を聞かせてすまなかった」
「いえ、オレは……気にしてません」
ビルは少し表情を曇らせてから、老人に一礼する。
あのビルが大人しいなんて驚きだ。
このじいさん、相当に力を持つ人物らしい。
いったい何者なんだ。
「ねぇ、カエデ。たぶん主様分かってないわよ」
「アルマンの時とは状況が違いますからね。仕方ないのかもしれません」
なんだ、なにが分かってないんだ??
「見送りご苦労。では後日、また会おう」
「お気を付けてお帰りください」
「うむ」
話が終わり、老人は表に停めてある馬車へと向かう。
見送るのはケイオスにビル、それに俺達だ。
「伝え忘れていた。ケイオス」
「はっ」
老人は馬車へ乗り込む前にケイオスを呼び寄せ、何やら耳打ちする。
すると、ケイオスの顔が俺に向けられた。
その目は驚きに満ち、すぐに呆れたような微笑みを浮かべる。
「最後に、この依頼は小犬団ではなく以前のパーティーに依頼するものとする。くれぐれも名乗り間違いはなきよう頼むぞ」
「おい。聞いてないぞ、そんな話」
「今、伝えた。ではまたな」
馬車に乗り込んだ彼は屋敷を後にする。
おいおい、解散したパーティーへの依頼だったのかよ。
そりゃあ漫遊旅団として雇う方が、色々都合は良いかもしれないが。
とにかく、受けた以上は以前のパーティーを復活させるしかない。
アルマン王には、後でメッセージを送って謝るとしよう。
「気に入らないな」
老人がいなくなった途端、ビルが不満を噴出させる。
もちろんその矛先は俺に向いていた。
「お忍びの訪問とは言え、陛下に向かってあのような態度。たかが末席の分際で何様だ。陛下も陛下だ。このような格下の者に甘い顔をされるなんて」
「ビル、よしなさい」
「父上も疑問に思われたはずだ。どうして平民であるこいつが、貴族のような扱いを受けているのか――」
「彼は、勇者の称号を受けているのだ」
ケイオスの言葉にビルは固まった。
父親の言葉が理解できなかったのか、もしくは飲み込むのに時間がかかっているのか。
彼は目を点にして口をぽっかりと開けたままだった。
「トールは魔王を討伐したアルマン国の英雄なのだ。それに彼は末席ではない。一族内で大きな発言権を持つ、上位の席に座る者だ」
「し、しかし、父上、」
「突然現れて、まだよく分かっていないのだろう。彼は当主を引き継げる位置にいる。もしお前が継げなければ彼が継ぐのだ」
「トールが、勇者? オレの次席??」
ぺたん、ビルは地面に座り込む。
貴族のことはさっぱりだが、俺がエイバン家の当主になると言うのは少し驚いた。
もちろんビルにもしものことがあり、引き継げなかった場合の話ではあるが。
「……あれ、ちょっと待ってくれ。いま陛下って言ってなかったか」
「ほら、やっぱり気づいてなかった」
「しかたありません。ご主人様ですから。ですが、そんなところも素敵です」
「カエデって一部だけ振り切れてるわよね」
そっか、あのじいさんラストリアの国王だったのか。
じゃあ俺達のことも知っててもおかしくないよな。
アルマンの王様とラストリアの王様が仲が良いってのはよく聞くし。
どっかで俺の名前や特徴を教えたんだろう。
正体が分かったのですっきりした。
てことで俺達は部屋に戻ることにして屋敷の中へ。
エントランスにある階段を上がろうとしたところで、ビルが追いかけてきた。
「認めないからな! 貴様が勇者だなんて!」
「元だよ。称号はもう返上したからな」
「はぁ!? 称号を返しただと!?」
「ああ、俺には過ぎたものだったしな。だから気にしなくていいさ」
ビルは「大馬鹿だ」と漏らした。
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