99話 戦士は老人に困惑する


 それからの私は自暴自棄になった。


 ミスティと弟を失い、後悔の念が己を責め続けた。


 ほどなくして父が亡くなり、私が当主となった。

 さすがの私もこのままではいけないと立ち直り、それまで酒浸りだった己を改めた。


 私がしっかりしなければエイバン家が潰えてしまう、その一念のみで働き続けたのだ。


 その後、母のお膳立てした縁談により妻をいただくこととなった。


 気が付けば私も子をなし、両手に生まれた長男を抱いていた。


 私は父親となったのだ。


 少しずつだが、二人のことを思い出す時間も少なくなっていた。






「――ルオリクが戻ってきた?」


 妻の報告を受けて私は我が耳を疑った。


 いくら馬鹿な弟でも、あれだけのことがあっておめおめと戻ってこられるはずはない。

 だとしたら、覚悟を決めてでもしなければならない、大きな報告があるはず。


 嫌な予感を抱いた。


 会いたくない、とさえ思ったほどだ。


 しかし、当主である私が弟と会わないわけにはいかない。


 それに……ミスティが一緒なら、己の気持ちに整理がつくかもしれない。


 あれからもう何年も過ぎた。彼女も年をとったはずだ。

 現実を知れば、この気持ちと決別できるはずだ。


 たのむ、あの頃の姿で現れてくれるな。


 老いて醜くなっていてくれ。


 私はもう、君を諦めたいんだ。


 だが、エントランスにいた二人は、私の心臓を鷲掴みにした。


「兄さん!」

「ルオリク……にミスティ」


 私は二人の前に現れたことを後悔した。


 ルオリクは年相応に老けていたが、ミスティはより美しさが増していた。


 再び嫉妬するほどに。

 あの頃の気持ちが色鮮やかに思い出される。


「子供ができたんだ。だから、報告にと」

「お久しぶりです。ケイオス様」

「ああ、二人とも久しいな」


 私は拳を握りしめて怒りを飲み込んだ。


 二人の前に立つと、老いた母が見知らぬ子供の頭を撫でていることに気が付く。


「ケイオス、この子がトールですよ」

「おじさん……だれ?」


 どこか両親に似た顔。

 名はトール。

 エイバンの血を引く私の甥だ。


 ルオリクとミスティの子供。


 私は無意識に剣に手を伸ばしていた。


「やめろ! なにをするつもりだ!」

「あぐぅ!」


 ルオリクに殴られ、私は床に尻餅をつく。


 ミスティは子供を庇うように後ろへ隠した。


「消えてくれ。頼む、もう私の前に現れないでくれ」

「兄さん……」

「金輪際、お前とは縁を切る。故に私を兄と呼ぶな。二度とここへも来るな」

「分かったよ」


 ルオリクとミスティは子供を連れて去って行く。


 母は怒り狂っていたが、私は正しい判断をしたと思った。

 きっと私の精神が保たなかっただろう。



 ◆



「――私は愚かだった。この歳になるまで何が大切なのか分からなかったのだ。否、分かっていても目を向けられなかった。妻や息子がああなったのは、全て私の責任だ」


 ケイオスは目を伏せ、己の弱さを吐露する。


 体格の良い彼が、一回り小さく見えた。

 弱々しく後悔にまみれた男、俺にはそんな風に映った。


「今は父さんのこと、どう思っているんだ」

「できるなら今までのことを詫びたい。あいつは、ルオリクは何も悪くなかったのだ。二人ともさぞ私を恨んでいたことだろう」

「きっとさ、」


 そう言いつつ立ち上がる。


 窓際に行くと、外の景色を見ながら考えていたことを話す。


「父さんも母さんもあんたを恨んではいなかったと思う。もしそうなら会いに来ようとはしなかったはずだ」

「だがしかし、私は縁を切るなどと酷い言葉を投げつけてしまった」

「その方がお互いの為だと考えたんだろ。二人とも分かっていたはずさ。それに、父さんも母さんも一度だけあんたのことを話してくれた」

「私のことを?」


 思い出したんだ。


 あの日の帰り道、父さんと母さんが言った言葉を。


『トール、伯父さんを恨まないでくれ。あの人は何も悪くないんだ』

『ケイオス様は人よりも愛情が深い方なのです。運悪く、私のような女に気持ちが向かってしまった。あの方もお辛いのです』


 二人は、寂しそうに俺にそう言ったんだ。


 ケイオスは突然立ち上がり、部屋を出てドアを閉めた。


 聞こえるのは嗚咽。

 ようやく父さんと母さんの気持ちが伝わった気がした。



 ◇



 雑多な町中。

 俺達はとある店先で足を止めていた。


「ご主人様、この生き物はなんと言うのですか」

「満月リスだな。満月の見える夜に凶暴化するんだが、それ以外は大人しくてよく懐いてくれる人気のペットだ」

「へぇ、あんた可愛いくせに凶暴なのね」


 籠の中のリスは、のぞき込むカエデとフラウに首を傾げる。


 二人とも興味津々で楽しそうだ。

 反対に不機嫌になるのはパン太である。


 落ち着きなく空中でくるくる円を描く。


「どこかの白パンより、このリスの方が断然世話のし甲斐がありそうよね」

「きゅう!?」

「パン太さんはすっかりフラウさんにとられてしまいましたし、私も近くにおける可愛らしい生き物が欲しいですね」

「きゅうう!??」


 パン太は目をうるうるさせて二人に必死で体をこすりつける。

 まるで『捨てないで』と訴えかけているようだった。


「あはははっ、冗談よ! あんたの代わりなんているわけないでしょ!」

「きゅう~」

「リス、悪くないですね」

「きゅ!?」


 カエデは本気でリスを飼うことを考えていたらしく、慌ててパン太はカエデの腕の中に収まる。

 露骨に甘えて見せリスから意識を逸らそうとしていた。


「考えてみれば、パン太さんほど可愛らしく触り心地の良い方はいませんでしたね。それにきちんと役に立ってくれる方でないと仲間に迎えられませんし」

「ペットってだけじゃ同行はさせられないかもな。パン太は人を乗せられるし、戦おうと思えばそれなりにできるからな」

「きゅきゅ!」


 そうだそうだ、とパン太が声をあげる。


 とは言えそろそろ新しい仲間を加えたい、とは思っていたりするのだ。


 もちろんここで言う仲間とは人ではない。

 どちらかと言えば戦闘ができて乗り物として利用できる生き物のことだ。


 実はセインが乗っていた黒いワイバーン、密かに憧れていたのだ。


 乗るならパン太もいるわけだが、基本的にフラウとべったりだし、男の俺が堂々と乗るにはちょっと見た目も問題だ。


 ここらでテイムマスターの真価を発揮するのも悪くない話である。


「こんなところにいたのか、探したぞ」

「お、ビル」


 ビルは俺達を探していたようだ。


 相変わらずしかめっ面で、俺と口を利くのは不満なようである。

 それでもわざわざ探しに来たのは、会わなければならない用事があってのことだろう。


「お前達に会いたいとおっしゃる方がいてな。すでに屋敷で待っておられる」

「……こっちに知り合いなんていなかったと思うが」

「いいから来い。いつまでも待たせるわけにはいかないんだ。ったく、どうしてこんな奴にあの御方が会いに来られるんだ」


 と言うわけで、急いで屋敷へと戻ることに。





「其方がトールか。もっとムキムキの大男を想像していたが、見た目はごくごく普通なのだな」

「はぁ……?」


 屋敷の応接室で面会した老年の男性は、会うなり体をペタペタ触る。


 おとなしめの貴族服に品の良さそうな顔立ち。

 上位の貴族なのは見れば分かるが、やはり彼に見覚えはなかった。


 ソファにはすでにケイオスが座っており、この場にはカエデとフラウ、ビルの他に二人の騎士が居合わせている。


「盗賊団壊滅作戦にてずいぶんと手柄をあげたそうだな。その強さ、外見、メンバーの構成を聞いて、儂はすぐに気が付いたぞ」

「気が付いた……?」

「ちなみになんと名乗っておるのだ。ああ、もちろんパーティーのことだ」

「!?」


 このじいさん、俺達の正体に気が付いている。


 何者なんだ。

 どうして漫遊旅団だと分かった。


「とにかく座りたまえ。折り入って話があるのだ」


 促され腰を下ろす。


 老人はケイオスの横に座り、足を組んでにっこりと微笑む。


「では、話をさせてもらおう。えーっと、なんと言ったか」

「小犬団だ」

「ぶふっ、ずいぶんと可愛らしいパーティーネームだな」

「しょうがないだろ。いいのを思いつかなかったんだ」

「よいよい、儂は嫌いじゃないぞ。小犬」


 彼は黒々とした髭を撫でながら呟く。



「――君達には海を渡ってもらいたい」




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