97話 戦士の伯父は思い出を語る


「たった一瞬で……あれだけの人数を全て、斬り殺したのか?」


 ビルは震えながら後ずさりした。


「ご主人様、騒ぎを聞きつけた敵の集団が接近しています」

「その中に頭はいるか」

「います。レベルは130、どうやら聖武具を有しているようです」

「はっ、盗賊のリーダーが英雄なんて世も末ね」


 ラストリアにも聖武具の神殿が複数存在する。


 そのいずれかを盗賊のリーダーは引き抜いたのだろう。


 聖剣はあくまでも武器、それ自体が善悪を判断するわけじゃない。

 所有するに至り、複数条件はあるそうだが、盗賊の頭程度で聖剣は離れはしない。


「そうか、特殊なスキルを持っているんだな! もしくはレアジョブ! 驚かせやがって、そこそこ実力はあるみたいだが調子に乗るなよ!」


 ビルはそう言いながら剣を拾う。


 しかし、その顔は青ざめていた。

 プライドを守る為に自分に嘘をついている、そんな風に受け取れた。


 彼は俺と違い頭が良いはず、先ほどの出来事を理解できないはずはない。


「勝負は貴様に譲る、だが頭はオレがいただく。これは依頼主としての命令だ」

「構わないが。勝てるのか」

「馬鹿にするな! 相手が聖剣を持っていようと、正々堂々と勝利してみせる! それこそがエイバン家に生まれた者の務めと誇りだ!」


 奥からさらなる盗賊が押し寄せる。


 その数、およそ四百。


 雇い主の希望を叶える為には雑魚は邪魔だ。

 まとめてこの場からご退場願おう。

 

「カエデ」

「はい。フラワーブリザード」


 ぴしり。


 無数の氷像が突如として出現した。


 数人は顔まで凍り付かなかったらしく、悲鳴をあげている。


 ……あれ、見たことある顔だ。


「ひぃい、まただ! どうしてこんな目に!」

「おー、途中で襲ってきた奴らじゃないか」

「あんたらはあの時の!? お願いします、許してください! なんでもしますから! 命だけはどうか!!」


 命乞いするのは(元)小犬団の奴ら。


 せっかく助かったのにまだ盗賊をしていたのか。

 救いようがないな。


「しっかり罰を受けるんだな」

「いやだぁぁ! 死刑は嫌だぁぁ!!」


 ざっ、ざっ、ざっ。


 何者かがゆっくりとこの場に近づく。


 そいつは痩せ型の背の高い男。

 人相は見るからに悪人面をしていて、右手には似つかわしくない煌びやかな片手剣を握っていた。


「ずいぶんと弟分達をいじめてくれるじゃないか。あーあ、こんなにしちまって、どいつもこいつもこれじゃあ使い物になんねぇな」


 男は氷漬けになった盗賊を剣で真っ二つにする。


 どうやらアレが盗賊団の頭のようだ。

 ビルに目配せして、雑魚は引き受けることを教えた。


「貴様が盗賊の頭だな、死にたくなければ武器を捨てて降伏しろ」

「かかかっ、そりゃあないだろ貴族の坊ちゃん。降伏したって死刑になるのがオチじゃねぇか。ならよぉ、てめぇを殺してさっさととんずらかます方が利口ってもんだ――ろっ!」

「っつ!」


 剣と剣がぶつかり合う。


 唐突に始まった戦い。

 ビルは盗賊の頭に押されていた。


「せっかくクズ共を集めて一旗揚げてやったのによぉ、全部台無しだ。また一からやり直し、つまんぇことしてくれるじゃねか。あ」

「これほどの実力を持ちながら、国の為に尽くすことができなかったのか! 聖剣に認められたなら英雄の称号も手に入ったはずだぞ!」

「俺様は縛られるのが大嫌いなんだよ。好き放題させてもらえるなら、それも考えたかもしれねぇがよ。英雄ってのは、大義名分のない殺しは御法度なんだろ?」


 男は剣で剣を弾き、どさくさに紛れてつま先を踏みつけた。


「痛っ!?」

「よそ見はだめだぜ」

「――ぐぼっ!??」


 男の後ろ回し蹴りが腹部に直撃、ビルは背中で氷像を砕きながら数十メートルを飛んだ。


 ビルは剣を杖代わりにして立ち上がる。


「まだだ、父上に認められる為には、こいつをやらなければ」

「膝が笑ってるじゃねぇか。つか、雑魚を相手にしている暇ねぇんだわ。さっさと逃げねぇと、軍の奴らが踏み込んでくるからよ」


 一瞬で距離を詰めた男が剣を振り上げる。


 強く地面を蹴った俺は、ビルと男の間に入り剣を大剣で防ぐ。


 金属音が空気を震わせ火花が散った。


 男は片眉を上げて、俺をまじまじと見る。


「てめぇから、やべぇ臭いをビンビン感じる」

「きちんと水浴びはしているんだがな」

「ボケてんのか? 素か?」

「もちろん冗談だ」


 相手の剣を押し返す。


 なにしているビル、早く立ち上がってこいつを倒せ。

 手柄が欲しいんだろ、父親に認められたいんだろ。


 俺にはもう認めてくれる両親はいないが、お前にはまだいるじゃないか。


「どけ、トール。そいつはオレが倒す」

「坊ちゃんにしては気骨があるじゃねぇか。でも残念、もう退散の時間だ」


 男は一気に後方へと跳躍、攫うようにして一頭のワイバーンが足で掴んだ。


「しまった! 空から逃げるつもりだったのか!」

「落ち着けビル」


 まだワイバーンは真上を旋回している。

 この範囲なら俺の攻撃が届く。


 大剣を構え、横に一閃。


 斬撃は亜竜の翼を切断した。


「な、なんだとっ!? 俺様のワイバーンが!!」


 男は自由落下。

 すかさず俺は二撃目を放ち、奴の手から聖剣を弾き飛ばす。


 高く跳躍したビルは、すれ違い様に剣を振るった。


 ざしゅ。


 男は真っ二つになって地面に落ちる。


 着地したビルは力が抜けて片膝を突いた。


「やったなビル」

「……礼は言わない。お前は、オレのライバルだ」


 顔を背けて彼はそう言った。



 ◇



「ばかもの!」


 ケイオスはビルの頬を強く叩いた。


 俺もカエデもフラウも目をまん丸にして驚く。

 だが、ビルは拳を握って黙っていた。


「もし命を落としていたらどうなっていたか! エイバン家の跡取りとしての自覚をもっと持て!」

「申し訳ありません父上」


 ケイオスは彼を抱き寄せた。


「私にとってお前は大切な存在だ。万が一があっては遅い。それと、よく軍に貢献してくれた。私はお前を誇りに思っている。だが、間違うな。今回のことでそう思ったのではない、生まれた時からずっと自慢の息子だ」

「ち、父上」


 ビルは、静かに父親を抱きしめ返した。


 父親に盗賊退治の話をしていなかったのか。

 てっきり許可のようなものをもらっているのかとばかり。


 思えば彼は功を焦っていた。


 父親に認められようと母親の口車に乗り、勢いで作戦への参加を決めてしまったのだろう。


 しかし、結果を言えばこれで良かったのだ。

 ビルは望んだ成果を上げ、後日叙勲される予定だ。


 父親からの愛情も確認できたのだから万々歳だろう。


 ただ、すこしだけ彼を羨ましく思う。

 俺にはもう父も母も抱きしめることはできないのだ。


「トール」


 ビルが俺に向かって手を差し出す。


 お、仲良くなる気になったのか。

 じゃあ握手を。


 手を握ろうとすると、バチンとその手で弾かれた。


「オレはお前だけには負けない。そのことを忘れるな」

「おお……わかった」


 彼は僅かに微笑みを浮かべ、退室した。


 なんだ、結局ライバル意識はなくならないのか。

 というかあいつって友達いるのか?


 ……いなさそうだなぁ。


「息子が迷惑をかけた。ずいぶんと対応に苦労しただろう」

「少しだけ」

「昔はああではなかったのだがな。妻があれこれ吹き込んだせいで、君達家族に憎しみを抱くようになってしまった。だが、元を正せば私が悪いのだろうな。中途半端な気持ちで接してしまった私の過ちだ」


 ケイオス――伯父さんは深く頭を下げた。


「そろそろ聞かせてもらえないか。あんたと父さんと母さんの話を」

「そうだな、君も知っておくべきだ。ミスティという女性がいかに魅力的で素晴らしかったのかを」


 俺達はソファに対面で座った。


 しばし沈黙が横たわり、ケイオスは静かに口を開く。


 そして、ぽつりぽつりと話を始めた。


「ミスティと出会ったのは、この街の海岸だった――」




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