96話 戦士の盗賊団退治
大盗賊団ヴィナーク――ラストリアを中心に活動する、千人以上の構成員を抱える盗賊組織である。
発足したのはごく最近、ここ二、三年の間だそうだ。
貴族、商人、平民、職業年齢性別問わず、神出鬼没にあらゆるものを奪って行く。
もちろん女性や子供も攫われ、奴隷商の馬車すら襲われたそうだ。
これを国家の一大事と捉えた軍だったが、奴らは巧みに本拠地を移動させ、警戒の網をすり抜け続けていた。
だが、ここに来て団の本拠地が判明したのだ。
情報提供者は捕縛された盗賊。
その後、王都のすぐ近くにある森に潜伏していることが確認された。
「作戦はすでに伝えたとおりだ! 決して失敗は許されん、本作戦は国王陛下も注視されている! 必ずやヴィナークを壊滅させ、街に、この国に平穏を取り戻すのだ!」
騎士と兵士は、将軍らしき人物へ敬礼で応える。
俺達はと言えば……そんな様子を端の方で静かに見ていた。
周囲にはちらほらとだが、同業らしき集団がいた。
軍主導の作戦ではあるが、傭兵代わりとして冒険者も雇っているようだった。
中にはビルのように、個人で冒険者を引き連れている騎士も見受けられる。
「作戦開始! 先行部隊進め!」
騎士が続々と森へと突入する。
ビルの付き添い扱いになっている俺達も、後に続いて突入。
道なき道を中心部に向けて突き進む。
「ビル、前に出すぎだ。罠があるかもしれない」
「誰に向かって言っている。オレはレベル85にして、騎士のジョブを有しているエイバン家の嫡子だぞ。そのようなものに引っかかるはずもない」
密かに感心する。
騎士は優秀なジョブだ。
しかもレベルは80台、ずいぶんと自信があるのもうなずける。
英雄クラスと言っても過言ではない。
「ご主人様、この先に敵の反応があります」
「数は」
「およそ30」
「さっそくか! 見ていろ平民、このオレがエイバン家次期当主としての実力を、貴様に教えてやる! あの女の息子になど負けるはずがないのだ!」
ビルは単独で盗賊の集団へと攻撃を仕掛ける。
遅れて俺達も戦闘を開始した。
とは言ってもレベル差がありすぎるので、俺はカエデとフラウの戦いを見物するだけ。
こっちに来た奴に限り息を吹いて吹き飛ばしている。
ビルは危なげもなく敵を切り伏せて行く。
騎士のジョブは剣・槍・盾の成長が早く、それでいて衝撃緩和やダメージ抑制など、防御面でも効果を発揮する。
特別目立つジョブではないものの、攻防バランスの良さを兼ね備えた優等生といえる。
たった五分で三十人の盗賊は戦闘不能となった。
後始末は軍がしてくれるそうなので、このまま放置する。
俺達のすべきことは本拠地へと突入し少しでも多くの盗賊を倒すこと。
ちなみにだが、森の四方にある道は軍によって封鎖されている。
盗賊達に逃げ道はほぼない。
「どうした、一人も倒してないじゃないか。言っておくが奴隷の倒した敵はカウントされないからな。これは一対一の勝負だ」
「どっちだっていい。教えてくれ、俺に勝って何を得たいんだ。どうしてこんな作戦に参加させた」
「……分からないのか?」
彼は剣に付いた血をふるい落とし、鞘に戻す。
だが、その顔は怒りを表わしていた。
今にも俺に斬りかかりそうな殺意の籠もった目。
「オレ達が生まれる遙か以前、貴様の母を巡って父とその弟は争った。どこの馬の骨とも知らぬ女にだ。結果、父は負け弟とその女は一族を去った」
「初耳だ……そんなことがあったなんて」
「オレは貴様にだけは負けるわけにはいかないのだ! オレこそが父の望む最高の息子であると証明しなくてはいけない! この戦いで大きな成果を上げ、尚且つ貴様に勝つことで父を納得させ、母を安心させる!」
彼はもう言うことはないとばかりに、背中を向けて先を進む。
少し分かった気がした。
父さんと母さんがエイバン家のことを話したがらなかった理由を。
一度だけ屋敷に訪れた際も、きっとケイオスと父さんは母さんのことで揉めたんだ。
ビルのあの口ぶり、もしかするとケイオスは今も母さんを?
「ぐえっ!」
数メートル先でビルが転んでいた。
どうやら盗賊の作った草の輪っかに引っかかったらしい。
彼はすぐに立ち上がり、オレをキッと睨む。
だが、顔は真っ赤だ。
よほど恥ずかしかったらしい。
気持ちは理解できる、俺も昔にネイとソアラにやられたからな。
「今見たことは忘れろ。いいな」
盗賊退治が開始され一時間。
俺達は着実に森の中心部へと向かっていた。
そして、根城があるだろう場所まで目前に迫る。
「死体が増えたな」
「向こうにも手練れがいるようですね」
「ふん、どうだっていい。オレが全て片付ければいいだけの話」
進むほどに騎士と盗賊の死体を見かけるようになっていた。
盗賊も必死なのだろう。
捕まっても極刑、だったらここで戦って死んだ方がマシと考えている可能性が高い。
もしくは、軍の包囲網を突破できる穴を探しているのか。
どちらにしろ一介の冒険者にできることは少ない。
作戦を考えるのは軍の仕事であって俺の仕事じゃないんだ。
「主様、見つけたわよ」
偵察に行っていたフラウが戻る。
どうやらこの先に奴らの根城があるらしい。
さっさと叩いてこの依頼を終わらせよう。
「おい、フェアリー。敵の人数は?」
「三百前後ってとこね。それとちゃんとフラウちゃんって呼びなさいよ。主様の従兄弟だから大目に見てあげてるけど、あんまり生意気だとぶっ飛ばすわよ」
「羽虫の奴隷ごときが口答えするな。オレを誰だと思っている」
「勘違いした貴族のお坊ちゃまね」
「いい度胸だな羽虫。今すぐその羽をむしり取ってやる」
俺は喧嘩を止める意味も含めてビルに「どうする?」と声をかける。
雇い主は彼だ。
好き勝手に判断はできない。
「突入するに決まっている。今なら敵の頭をあげることができるんだ。そうなれば叙勲は確実。父上もオレを認めるに違いない」
「あのさ、そんなに冷たい扱いを受けているのか?」
「……はぁ? 馬鹿なことを言うな」
「じゃあなんでそこまでして認められたいんだ」
ビルが俺を殴ろうとしたので、片手で拳を受け止める。
「貴様には分からないだろうな、このオレの気持ちなんて! 父上は絶えず比べているんだ! いるはずのない理想の我が子とオレを! 母上はどさくさに紛れて貴様を殺せとおっしゃっていたが、オレは正々堂々と貴様に勝つつもりだ!」
お、おお……とんでもない事実を知らされてしまった。
あのおばさん、息子に殺しを命令していたのか。
逆に言えばそれほどまでに母さんは憎まれているということだ。
まったく、父さんも母さんも困った問題を残して死んでくれたものだ。
しかし、ビルの気持ちは受け止めた。
彼は真正面から俺を叩き潰したいんだ。
だったら手を抜くわけにはいかないよな。
ルオリク・エイバンとミスティ・エイバンの息子として、ビル・エイバンと正々堂々真正面から勝負する。
本音を言うと、適当に勝つつもりだったが気が変わったよ。
「ビル、危ない状況になったらすぐに言え。助けに行く」
「誰に言っている。助けられるとすれば、それは貴様の方だ」
「カエデ、フラウ」
「はい」「了解よ」
二人に目配せする。
俺がやると伝えたのだ。
カエデとフラウには逃げ出す奴らの始末をお願いしたい。
それぞれ武器を抜き放ち、一気に敵の根城へと踏み込む。
「敵が来やがった! 野郎共やっちまえ!」
「ぎゃははは、馬鹿な奴らだぜ! 少人数で突っ込んでくるなんてよぉ!」
「見せしめに串刺しにしてやろうぜ!」
「たまんねぇな、美味そうな女がいるじゃねぇか!」
ぞろぞろ、むさ苦しい男共が、壁となって行く手を塞ぐ。
ざっと見て三百前後。
報告にあった通りの数だ。
「エイバン家嫡子であるオレが一晩かけてでも始末して――」
か、ちんっ。
ぶしゅぅううう、どさどさ。
刹那に駆け抜けた俺は、大剣を背中の鞘に収める。
盗賊共は血しぶきをあげたあと、倒れた。
がしゃん。
ビルは固まったまま剣を地面に落とした。
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