95話 戦士とエイバン家


 馬車は屋敷へと入り、停車する。


 先に下りたのはケイオス――俺の伯父だ。


 馬車を下りて屋敷を見上げる。

 三階建ての建物。

 グリジットにある俺の屋敷よりもデカい。


 庭も広く、庭師がハサミを持って歩いていた。


 エイバンが貴族だったなんて知らなかった。


 忘れていた、と言った方がこの場合は正しいのか?


 幼い頃に聞いたハズなんだ。

 けど、俺はそのことをすっかり忘れていた。


「はいりたまえ」


 ケイオスの案内で屋敷の中へ。


 肖像画がかけられたエントランスには、ドレスを着た赤毛の中年女性がいた。

 女性は彼に軽く一礼し、後方にいる俺達に目を向ける。


「そちらの方々は?」

「甥のトールだ。以前に会っただろう」

「そう……あの時の子供」

「話をするので外してくれ」


 妻なのだろう、彼女は俺を鋭く睨んでから足早に奥へと消えた。


 書斎らしき部屋に案内され、ソファに座る。


 ケイオスはなぜかデスク側へと腰を下ろす。

 対面に座るものだと思っていたのだが。


「よく来たなトール。顔が弟そっくりだったので、一瞬見間違えたほどだ」

「らしいな。俺はそこまで似てないと思っているんだが、それでどうしてここまで連れて来たんだ」

「よそよそしいじゃないか。伯父と甥の再会だろう」

「父さんが死んだこと知ってるか?」


 ケイオスは目を大きく開く。


 動揺が顔に出ていた。


「知るわけないよな。あんたに伝えた覚えがないからな」

「死んだのか……」

「俺が十五の時にな」


 彼は目元を押さえて深く息を吐く。


「母親は?」

「二人とも一緒に死んだ」


 それからしばらくうつむいて沈黙した。

 よほどショックだったのだろうか。


 だったらどうして会いに来なかったのだろう。


 彼が何を考えているのかまるで読めない。


「もし困っていることがあるならなんでも言ってもらいたい。可愛い甥の為ならいくらでも手助けしよう」

「いいよ別に」

「そう言うな。我々は家族じゃないか」


 はぁ?

 家族だって?


 突然なに言い出すんだこのおっさん。


 血が繋がっているだけで、お互い何も知らない赤の他人じゃないか。


 いきなり家族なんて言われてもしっくりこない。


「どうだっていいさそんなこと。それよりエイバンの家のことを教えてくれ。あと父さんや母さんのこととか」

「よろしい、いくらでも話してやろう。だが、今日は時間がない。なにぶん忙しい身でね、これから王宮へ向かい陛下とお会いせねばならん」

「それなら明日来るよ」

「ふむ、屋敷に泊まればいいだろう。すでにここは君の家みたいなもの、そこの奴隷と一緒にゆっくりと過ごしたまえ」


 コンコン。


 誰かがドアをノックする。


「父上、例の件でお話しが……誰ですかこの者達は?」

「ちょうどいい、紹介しよう。これは私の息子のビルだ」

「俺はトール、トール・エイバンだ。よろしくビル」

「エイバン? 縁を切った弟の?」


 ビルは赤毛の短髪をした青年だった。


 彼は俺の名を聞くなり睨み付ける。

 縁を切った父親の弟の息子、それが彼にとって何の意味を持つのかは俺には分からない。


「父上、まさかまだ引きずっているのですか! 母上がいるというのに、もういない女のことを!」

「落ち着けビル。彼をここへ連れてきたことに他意はない。単純に、彼がエイバンの血を引く者だからだ。お前の従兄弟だぞ」

「血族だろうと中身が下賤な平民なのは事実。高貴な我らとは似ても似つかない存在だ。ましてやあの女の子供など」


 ビルは勢いよくドアを閉めて出て行ってしまった。


 ケイオスは乾いた笑いを浮かべて『お手上げ』だとポーズする。


 息子に手を焼いているらしい。

 ただ、俺はビルが羨ましく感じた。


 父親と、あんな風に言い合いをしてみたかったな。





「あいつ、ムカつくわね」

「きゅう!」


 与えられた部屋に入った途端、フラウが文句を垂れる。

 同意見なのかパン太もぷんすかしていた。


 とりあえず俺はベッドにうつ伏せになり、カエデにマッサージしてもらう事にする。


「あの女、と言っていましたがご主人様のお母様のことでしょうか」

「たぶんな。詳しい事情を知らないんだよ、俺」

「ご両親はお話しには?」

「聞いてもはぐらかしてさ。なんで伯父さんと仲が悪いのかずっと知らないままなんだ。縁を切られてることすら初耳だったよ」


 カエデが服をめくり、腰の辺りを直接揉む。


 細く柔らかい手が優しく筋肉をほぐしてくれて気持ちが良い。

 後でカエデの体も揉んでやるとしよう。


「あわわわわわ」

「きゅう~」


 なぜか空中でパン太とフラウが回転している。


 新しい遊びだろうか。


 回転しながら移動を始めたので、やはり新しい遊びのようだ。


 ……面白そうだな。俺もやってみたい。


 フラウは窓際に行くと、ぴたりと動きを止めた。


「あそこにいるのビルって奴じゃない。あ、ぐるぐるする」


 目が回ったのか、フラウとパン太はふらふら床に落ちた。


 なにしてんだ。


 起き上がって窓の外を覗けば、確かにビルがいた。

 しかもエントランスで会った母親らしき女性と話をしている。


「内緒話でしょうか」

「うーん、見るからに怪しいわね」


 母親は耳打ちし、ビルがニヤリとする。


 彼は頷いてその場を離れた。


 嫌な感じだ。

 この屋敷にいる間は充分に警戒しておくべきか。


 話を聞いたら早々に出るべきだな。


「次は俺が揉んでやるよ」

「!!」


 カエデはベッドに飛び乗り、尻尾をパタパタさせ嬉しそうにこっちを見る。


 だが、背中にフラウが下りた。


「せっかくだし、揉んであげるわよ」

「あの、いえ、フラウさんではなく、ご主人様に」

「なんなの、フラウじゃ嫌なわけ?」

「そうではなくてですね、ひぐぅ!?」


 フラウがカエデの腰の辺りを強烈に揉んだ。


 あ、そう言えばフラウって強めにマッサージするよな。

 俺にはちょうどいいけど、カエデだと耐えられないかもしれない。


「おい、入るぞ」


 ノックもせずビルが部屋へと入ってきた。


 しかも口調も態度も先ほどとは打って変わり上から目線だ。


「トールとか言ったな、貴様にやってもらいたいことがある」

「報酬は?」

「あるわけないだろそんなもの。この際はっきり言っておく、貴様はオレよりも目下だ。エイバン家の末席に座りたいなら黙って言うことを聞け」


 はぁ? なに言っているんだこの坊ちゃん。

 俺が一族の末席に座りたいだって?


 思わず噴き出しそうになってなんとか我慢した。


「報酬がなければ話は聞けないな。第一、俺は末席とやらも興味はないし、この家にもそこまで惹かれていない。用事が済めばすぐに出て行くつもりだ」

「ずいぶんと嘘が上手いじゃないか。いいだろう、望み通り報酬を払ってやる。その代わりオレの命令を聞け」


 あくまでも上から目線か。


 腹が立つが言ってもしかたのないことだろう。

 相手は貴族の子息、俺とは違ってちやほやされて育ったに違いない。


 むしろ、今まで出会った貴族が優しすぎたんだ。


 俺が昔から知っている貴族は、たいていビルみたいな奴だ。


「外で待っている、すぐに準備しろ」


 彼はさっさと部屋を出て行ってしまう。


 肝心の頼み事の内容を聞いていないのだが。

 呆れるほどに勝手すぎる。


 あれが俺の従兄弟か……嫌だな。





「遅い! いつまで待たせるつもりだ!」


 玄関を出るなりビルが怒鳴り散らす。


 まだ五分くらいしか経過していないと思うのだが。

 いくらなんでも気が短かすぎる。


 玄関前には一台の馬車が用意されており、屋敷の外へ行くことが容易に予想できた。


「現在、我が国は組織化された盗賊共に手を焼いている。そして、先日ようやく軍が敵の本拠地を発見した。この討伐作戦に我々も参加する」


 組織化された盗賊ねぇ。

 ここに来る前に遭遇はしたが、あれはただの雑魚だったし違うだろう。


「報酬の件だが、いくら出す」

「500万だ」

「オーケー、引き受けた」


 この依頼、断ってもいいのだが少し気になることがあった。

 あの母親がビルに何を耳打ちしたのか。どうしてわざわざ俺に依頼したのか。


 見れば分かるがビルは俺に対し負の感情を抱いている。


 恐らくこの依頼、裏があるに違いない。


 何が狙いなのか知るには、渦中へ飛び込むのが一番手っ取り早い。


「ただし、一つ条件がある。この依頼、どちらがより多くの敵を倒したかで報酬を出すか決める。金が欲しければオレに勝つことだな。まぁ、無駄だと思うが」

「相手の生死は?」

「問わない、戦闘不能にすれば良しとする」


 仕事に賭け事は持ち込まない主義だが、この場合はやむを得ないか。


 さて、盗賊相手だがどの程度手加減するべきかな。


 悩ましい。




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