94話 戦士、父の故郷に到着する


「ずいぶんと大きな街ね! あれがラストリアの王都ね!」

「きゅう、きゅきゅ!」

「はぁぁ? 甘い物が食べたいって? 仕方ないわね、フラウのお小遣いから出してあげるわよ」


 パン太に乗ったフラウがふわふわ先を進む。


 ここから見えるのは海辺に広がるラストリアの王都。

 噂に聞く通り、ずいぶんと栄えているようだ。


 潮風というのだろうか、風に乗って変わった香りが鼻に届く。


「ご主人様、あれが海でしょうか」

「たぶんな。しかし本当に広くてデカいんだな」


 高い位置にいるおかげで街を一望でき、その向こうに広がる海を見ることができた。


 ばかでかい水たまりなんて聞いたことがあったが、本当にその通りだ。

 しかも青くてキラキラ輝いている。


 父さんが『海はロマンだ』とか言っていたが、その意味を今なら理解できそうだ。


 海とはそれ自体がロマンなんだ。


「実はさ、ラストリアには父さんの実家があるんだ」

「ではご主人様のお父様は、あの海を見て育ったのですね」

「そうなる。つっても、現在の当主――兄とは仲が悪かったみたいで、すっかり疎遠になっているんだよな」


 一度だけ家族で会いに来たらしいが、その時の記憶はほとんどない。


 なんとなくぼんやりと覚えているのは、父さんと誰かが言い争っている光景。

 俺は怯えて母さんの後ろに隠れていたような気がする。


 たぶん相手は伯父さん、なのだろうな。


 おぼろげで顔は思い出せないが。


「ねぇ、主様。フラウ達はこれからなんて名乗ればいいの?」

「そう言えば、もう漫遊旅団ではないのですよね」


 指摘されてハッとした。


 パーティー名をどうするべきか。


 漫遊旅団のままは不味いよな。

 アルマン王には、解散すると言ったし。


 どたどた、がさがさっ。


 複数の足音が響き、森の奥から八人の男が現れる。


「命を取られたくなくば、身ぐるみ置いていけ! それと女もな!」


 どうやら盗賊らしい。


 薄汚れた男達は、剣やナイフを抜いて立ち塞がる。


 そうだ、こいつらに聞こう。名案だ。


「時間切れだ! 死ね!」


 屈強な男が俺の首めがけて剣を横薙ぎに振る。


「ひゃっはー! 血しぶきが綺麗だぜ――ひょっ!?」

「ほうひは?(どうした?)」


 あえて避けず、防ぎもせず、歯で剣を受け止めていた。


 ビキベキッ。


 剣は半ばからへし折れ、質の悪い鉄をかみ砕いた俺はぷっと吐き出す。


「ひぇぇぇ! ばけもの!!」

「カエデ」

「はい。アイスロック」


 カエデの魔法によって、盗賊達は首から下が氷漬けにされる。


 彼らの顔は恐怖に染まって青ざめていた。


「お前らの名前は?」

「ドナウです。命だけは」

「違う違う。パーティーの名前だよ」

小犬団リトルドッグです」


 微妙だな。

 だが今はなんでもいい。


「今から俺達が小犬団だ」

「あげますからどうか助けてください」

「そうかそうか、ありがとな」

「あの、氷を、あの!」


 これで俺達が小犬団だ。

 新しい名前ができてよかったよかった。


 さぁ、王都に向かうぞ。


 遠くから盗賊達の泣き声が聞こえた気がした。



 ◇



 街に入った俺達は、人の目も気にせずキョロキョロする。


 気温が高い為か薄着の人が多い。


 女性なんかは下着かと勘違いするような布面積の少なさ。

 エルフもきわどい衣装を着ていたが、ここも目のやりどころに困りそうだ。


「ご主人様、あそこなんてどうでしょうか」

「いいな。あの店で食事にしよう」


 入ったのはテラス席のある食事処。


 適当に注文してまずは運ばれた飲み物で喉を潤す。


「ぶはぁ、昼間に飲む酒は美味いな」

「少し前にも同じこと言ってなかった?」

「気のせいだろ。泡が出る水は飲んだ覚えはあるが」


 エールって名前の水だった気がするな。


「お疲れではありませんか?」

「あれくらい問題ないよ。それでも半分以上吸い取られたがな」


 実はカエデが通ってきたと言う魔法陣に、魔力を流し込んだのだ。


 こちらの魔法陣が起動していれば、もう一方の魔法陣でこちらにいつでも戻ってこられる……はずだ。


 もちろんカエデの故郷にあると言う魔法陣が健在であれば、の話ではあるが。


「わぁぁぁ! なかなかいいじゃないここの料理!」

「きゅう!」


 テーブルに料理が運ばれる。

 ずらりと並ぶのは魚介類をふんだんに使ったご馳走だ。


 スパゲッティの上に乗った、ハサミのあるエビが美味そうだ。


 フォークでぐるぐる巻きにしてスパゲッティを頬張る。

 トマトの甘味と酸味が脳みそを殴る。


 激うま。こんなに興奮する料理は初めてかもしれない。


「ねぇ、そのお父さんの実家ってどこにあるか知ってるの?」

「いいや、忘れた。来たと言っても、なんせ六歳くらいの話だからな。そもそも向こうも俺を覚えているかどうかすら怪しい」

「せっかくですし、会いに行かれてはどうでしょうか」

「うーん、伯父さんには父さん達が死んだこと言ってないしな……やっぱそろそろちゃんと伝えないと不味いよな」


 こっちからも向こうからも一切交流がないので、俺は両親が死んだことを伯父さんには伝えていなかった。


 というか、今の今まで忘れていたくらいだ。


 しかし、俺ももう二十五歳。

 そろそろきちんと一族と向き合うべき時ではないだろうか。


 それにこれは両親のことを知る良い機会にもなるはずだ。


 俺は父さんや母さんのことを何も知らない。

 二人はまったくと言っていいほど過去を語らなかったのだ。


 己が何者なのかを知る、この旅はそう言う旅でもあるはず。


 二人の過去を知ることで、俺は俺を知る事ができるかもしれない。


「綺麗な馬車ね。貴族かしら」


 真横を装飾が施された馬車が通る。


 車を引くのは白い馬。

 貴族の所有する馬車だろう。


 俺とは無縁の代物だ。


 だが、馬車はすぐに停車した。


 下りてきたのは金髪をオールバックにした中年の男性。

 五十代だろうか。

 顔には深い皺と立派な髭がある。


「そこの君」


 なぜか俺に声をかける。


「名は、名は何という」

「トール。トール・エイバンだ」

「やはり!」


 男はいきなり俺を抱擁する。


 突然のことで頭の中は疑問符で埋め尽くされた。


 なんなんだこのおっさん。

 いきなり馴れ馴れしいのだが。


「何十年も前だ、私の顔など覚えていまい」

「あんた、誰なんだ」

「ケイオス・エイバン」


 彼は、君の伯父だと名乗った。

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