93話 戦士達は再出発する
翌日の早朝。
荷物を背負ったメンバーが家の前に集まる。
仲間との生活もこれで終わりだ。
俺達は彼女達を送ったのち、そのまま旅立つ予定だ。
故郷に戻ってから、考え続けていた。
このまま村に残るか再び外に出るか。
外に出たとして何をするのか。
――マリアンヌ達のおかげもあって、多少だが立ち直ることはできた。
だがしかし、それでも胸に空いた穴は塞がりはしなかった。
もしかするとまだ俺の中で、気持ちの整理ができていないのかもしれない。
裏切られ、真実を知り、自らの手でけじめを付けた。その一連の出来事は、俺の中できちんと片付けるには大きすぎたんだ。
だからもう一度……旅に出ることに決めた。
自分を見つめ直す、傷心旅行へ。
見送るのはネイとソアラ。
「ちゃんと帰って来いよ。じゃないと泣くからな」
「そんなに長く旅をするつもりはないさ」
「トール、あまりよそ見をしてはいけませんよ。貴方にはすでに背負うべき多くの責任があるのですから」
「お、おお……責任?」
責任ってなんの責任だろう。
時々ソアラって分かりづらい意味深なことを言うんだよな。
カエデ達はネイとソアラと別れの言葉を交わし、また会おうと約束をしていた。
この一週間で彼女達は、互いに親睦を深めることができたようだ。
「フラウ、頼む」
「任せてよ!」
フラウが俺達の真上でくるりと円を描き、粉を振りかける。
ふわっ、体が浮き上がった。
これで俺達は長距離を一気に飛ぶ。
今日中にはピオーネの屋敷まで行けるはずだ。
ま、着くのは夜中だろうが。
俺を先頭に、メンバーは天高く舞い上がった。
◇
それぞれを無事に送り届け、俺達は旅を再開した。
向かう先はラストリア国。
ノーザスタルなどの小国を傘下にもつ大きな国だ。
海に面した国家でもあり、周辺国で唯一船を作る技術を有している。
さらに観光名所も多く、ここでしか味わえない海鮮料理なるグルメが堪能できるそうだ。
ちなみにすでにカエデとフラウの主従契約を済ませてある。
寄った街にたまたま奴隷商があったのだ。
「再びご主人様の奴隷にしていただけるなんて。大切な物を取り戻した気分です」
「大げさだな。だいたい契約を結ぶと、俺に逆らえなくなるんだぞ。本当に良かったのか」
「それがいいんです。全てをご主人様に支配される、それこそが望みですから」
「時々カエデって、とんでもないことを平気で言うよな」
「そうでしょうか?」
カエデは、きょとんとした顔で俺を見る。
全てを支配されたいって普通の思考じゃないと思うが。
けど、カエデらしくもある。
今に始まったことじゃなかったな。
ちなみに現在、俺達は森の中を進んでいる。
道なりに進めばラストリアに入ることができるそうだ。
「この旅ってどこに行けば終わりなの? 目標とかないの?」
「きゅう」
パン太に乗ったフラウがそんなことを言う。
言われてみれば何も考えてなかったな。
ただ、旅をするとしか決めていなかった。
目標……うーん。
ぐいっとカエデに服を引っ張られる。
「あの、寄ってもらいたいところがあるのですが、構いませんでしょうか」
「寄る? ここへ来たのは初めてだろ?」
「正確には二回目です。実は、奴隷になる前はこの辺りにいました」
「……??」
妙な言い方だ。
ラストリアに住んでいたのなら回数では言い表さないよな。
それとも一度ここで暮らしていたが出て行った、と?
「あそこへ行きましょう」
カエデが指さしたのは、遠くに見える断崖絶壁。
山と言うには小さく、岩と言うには大きすぎる、自然が創り出した塔のような巨岩である。
あそこに何があるというのだろうか。
「なにしてるのー! もう行くわよー!」
「カエデが寄りたいところがあるらしいんだ」
「え~、街でデザート食べたかったのに~」
「きゅう~」
フラウとパン太はしょんぼりする。
「遠くで見るより高いな」
「はい」
見上げる巨岩はそびえ立っている。
頂上には魔物の住処があるらしく、上空を鳥の魔物が飛んでいた。
一体こんなところに何があると言うんだ。
「ありました! 私の鉄扇!」
カエデが草むらから汚れた鉄扇を掴みあげる。
彼女は大切そうにその鉄扇を抱きしめた。
どうやらこれを見つける為にここへ来たようである。
「ご主人様は、私がどうして奴隷になったのか気にされていましたね」
「あ、ああ、教えてくれるのか?」
「フラウさん、頂上まで私達を飛ばしてください」
「いいわよ。任せなさい」
妖精の粉を振りかけられ、俺達の体はふわりと浮かび上がる。
カエデを先頭に、ぐんぐん上昇した。
「どこまで行くつもりなんだ」
「頂上です。そこに、私が通った道があるはずです」
頂上に到着、そこは直径にして三十メートルほどの足場があった。
草や木々が生い茂り、こんなところにも植物は生えるものなのか、と密かに感心してしまう。
「こっちです」
草を掻き分け先を進む。
ほどなくして人工物のような物が目に入る。
それは円形の石の舞台。
中央には光を失った魔法陣があった。
「まさか転移魔法陣?」
「はい、ここを通って私はこちらへと来ました」
カエデはしゃがんで魔法陣に触れる。
「だめですね。やはり魔力が切れています。恐らく私が通ったことで、全ての魔力を使い果たしてしまったのでしょう」
「魔脈の上にはないのか」
「この魔法陣は魔力を貯蓄して使用するタイプ、今まで見た魔法陣とは少し違います」
へぇ、そんな物まであるのか。
さすがは古代種、いろんなものを残しているんだな。
「でも、魔力を補充してやれば使えるんだろ。だったら俺が満タンまで注ぎ込んでやれば……」
しかし、彼女は首を横に振る。
「転移魔法陣は片方だけ起動しても意味はありません。向こうとこちら側の魔法陣が起動して、初めて移動を可能にするのです。向こう側の魔法陣も魔力が切れかけていました、私が通るのがやっとだったはずです」
「ちなみにどこへ、通じていたんだ?」
俺の質問に、カエデはすぐには返答せず逡巡する。
「私の故郷、です」
絞り出すように言った言葉はごくごく普通のものだった。
だが、彼女の穏やかではない雰囲気に、多くの意味が含まれていることに気が付く。
カエデは普通のビースト族じゃない、それは今まで見てきて分かっている。
だとすると彼女の故郷も普通ではない場所にあるのは想像に難くない。
「私の故郷は……別の大陸にあるのです。私はそこで暮らしていました」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、別の大陸ってなんだ」
「やはりご存じありませんでしたか」
頭がクラクラしてきた。
別の大陸ってなんなんだ。
ここ以外に大陸があるのか。
でも、他に陸地があるなんて聞いたことがない。
「よく分からないんだけど、どうしてカエデはその魔法陣を通ってこっちに来たの? どうして奴隷になったの? 不明な点が多すぎるんだけど」
「それは――故郷が危機的状況に陥り、私だけこの魔法陣で逃されたからです。ですが、レベルの低かった私は、この岩山を下りることに失敗し半ばで落下、気を失った私を奴隷商が拾いました」
その際に持っていた鉄扇を落とし、カエデはずっと気に病んでいたらしい。
「すまない、もっと早くに事情を聞いていれば」
「いいんです。私のことよりもご主人様のことを優先すべきだと決めていましたから。それにこれが戻ってきて、私は満足しています」
彼女はぽつりと「母の形見なんです」と。
それを聞いて俺はカエデを引き寄せて抱きしめた。
「その、遅くなったけど、カエデの故郷に行こう。魔法陣がなくても行けるんだよな」
「海を渡れば、ですが構わないのですか? 最悪ここへは戻ってこられないかもしれませんよ」
「馬鹿じゃないの。主様もフラウもあんたには、ずっとずっと感謝してるんだから。この期に及んで迷惑かけられないとか、冗談じゃないわ、迷惑かけなさいよ家族みたいなものでしょ」
「フラウさん」
カエデは嬉しさからなのか涙を流した。
そうだとも、フラウの言う通りだ。
俺達はカエデに感謝している。
俺なんか、彼女がいなければここにはいなかったかもしれない。
だから、もう我慢しなくていいんだ。
俺がお前の全てを助けてやる。
望むのなら、どこまでも連れて行ってやるよ。
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