92話 戦士からの贈り物


「ごしゅじんさま~!」


 道の先でカエデが手を振る。

 どうやらマリアンヌ達とも合流して、残るは俺とソアラだけだったようだ。


 俺を目の前にしたカエデは、尻尾をぱたぱたさせ嬉しそうだった。


 ほんの短い時間だったが、離れて寂しかったのだろうか。


「買い物はどうだった?」

「想像以上の品揃えの良さに驚きました。ご主人様の物もたくさん買いましたから、あとでお見せいたしますね」


 カエデの背負うリュックは大きく膨らんでいる。

 マジックストレージを渡しておいたんだが、使わなかったようだ。


 それか、買い物に夢中になりすぎて、すっかり忘れてるのか。


 たぶん忘れてる方だろうな。


「マリアンヌの方は欲しいものは買えたか」

「はい。お父様とウララへのお土産も買えましたし、いくつか珍しい品も見つけましたので満足ですわ。ね、ルーナさん」

「そだねー。お風呂用のブラシに、お風呂用のサングラスに、お風呂用の――おっとと、これはトール君には見せられないや。あぁもう、動いちゃダメだって」


 ルーナの持っているバッグがもぞもぞ動く。


 ……なんだろう。中身が気になる。


「これからどうするにゃ? ネイ達と合流するにゃ?」

「もしかしたら売れ行きが良くないかもしれない。こっちの用事は済んだんだ、手伝いに行ってやろう」

「賛成です。ネイさんにはお世話になっていますからね」


 てことで、市場へと移動する。




「すごい人の数です」

「まさかあいつら、トラブルでも起こしたか」


 ネイがいるだろう場所から声が聞こえる。


「押さない押さない! 野菜は逃げないから! まいど!」

「ほう、貴様はこのキュウリを1000で買いたいというのか。今回だけ特別だぞ」

「あんた達、ちゃんと並びなさいよ! じゃないと、売ってあげないんだから!」

「どうぞトマトとナスビです。え? ボクと握手ですか? いいですよ、可愛いお嬢さんと触れあえるのはボクも嬉しいですから」


 ごった返す市場の中で一際目立つ集団がいる。


 そこには男女問わず人が集中し、歓声をあげていた。


 すさまじい熱気に近づける気がしない。

 

「はい、売り切れ! 散った散った!」


 どうやら全て売ってしまったらしい。

 人々は残念そうに帰って行く。


「よ、大繁盛だったみたいだな」

「大変だったよ。こんなに人が来るなんて、アタシも読み切れてなかった」


 へとへとなのか、ネイは疲れた顔で足を開いて座り込む。


 一方、アリューシャ、フラウは夢見心地の表情だ。


「エルフはヒューマンに大人気なのだな。驚いた」

「いつもカエデが近くにいるから注目されないけど、フラウは超絶美少女フェアリーなのよ。ようやく本当の自分を思い出した気分だわ」


 ピオーネはなぜか困ったような顔をしている。


「そりゃあ男装してるから勘違いされるのもわかるけど、女の子ばかり寄ってくるとなんだか複雑だ……ボクには女の子らしい魅力がないのかな」


 ピオーネ、元気を出せ。

 お前は頑張った。

 そして、ちゃんと可愛い女の子だ。


 そう、気持ちを込めてピオーネの肩に手を乗せる。


「トール……うわぁぁ!」

「大丈夫、もう終わったんだ」


 彼――じゃなくて、彼女の背中を軽くさすった。


「いやぁ、三人には助けられたよ。がっぽり儲かったし、これでしばらく家族にいい飯を食わせられそうだ」

「まだ育ち盛りの妹や弟がいたんだよな」

「月の食費が半端なくてさぁ。なんとかアタシの仕送りでやってたんだけど、こうなっただろ、だからここでの稼ぎ良くないと後に響くんだよ」

「そっか、じゃあこれをお前にやるよ」


 マジックストレージから革袋を取り出す。


 どさり、重い音が響き、ネイは目を点にする。


「なにこれ」

「いらないアイテムだ」

「うそだ! だってこれ、レアものばっかだぞ!」

「本当にいらない物なんだよ」


 それらは狂戦士の谷のダンジョンで手に入れたアイテムだ。

 実はすっかり売り忘れていて放置していた。


 ずっと持っていても宝の持ち腐れ、世話になったネイにやるのが一番だろう。


 みんなもそう思っているのか、納得したように頷いている。


「ありがとう、トール」

「泣くなよ。どうせまた野菜をもらうんだ、先払いみたいなもんだろ」

「泣いてない! やめろ、みるなよ!」


 ネイはぐしぐし目を擦って、恥ずかしそうにした。


「じゃあ、昼飯でも食いに行くか」

「アタシがいい店知ってるから案内してやる」


 荷物をまとめたネイは、荷車を引いて歩き出した。


 ネイの紹介する店はハズレがない。


 今から楽しみだ。



 ◇



 のんびり話をしながら帰る、夕暮れ時。


 ネイの引く荷台には、アリューシャとルーナとフラウが眠っていた。


「今日は楽しかったです。こうしてみなさんと過ごす時間はあっという間で、また会えなくなると思うと寂しい気持ちになります」

「カエデさんだけでなく、わたくし達も同じ気持ちですわ」

「むさい男供がいないパーティーっていいにゃ。あー、帰りたくないにゃ。またあの汗臭い中で依頼こなさなきゃならないと思うと。うにゃ~」

「おちついてリンさん。炎斧団フレイムアックスもいいパーティーなんでしょ?」


 頭をかきむしるリンをピオーネはなだめる。


 寂しそうなカエデは、尻尾がしゅんと垂れ下がっていた。


 ぐりぐり。ソアラが杖で俺の脇腹を突く。


 なんだよ?

 え? ああ、アレな。


「みんな、ちょっと話を聞いてくれ」


 俺は前に出てメンバーの歩みを止める。


 懐から包みを取り出し、一人ずつ手に乗せた。


「ご主人様、これは?」

「開けてみてくれ」


 がさごそ。


 包みを破って出てきたのは、木製の小箱。


 開いた彼女達は目を丸くした。


「あの、日頃のお礼だ……受け取って欲しい」

「ご主人様」


 夕日に照らされて、彼女達の手元にある指輪の宝石が輝く。


 カエデは指輪をはめると、泣きそうな顔で笑顔となった。


「トール様、これはそういうことなのですよね?」

「ん? ああ、もちろんだ」


 彼女達はわぁぁ、と嬉しそうに声をあげる。


 そう、感謝の気持ちだ。

 ソアラも指輪にするべきと言っていたからな。


 女性に贈るべきものとしては、最低ラインは満たしているはずだ。


 しかし、知らなかったな。


 指輪が、友人に贈る品に最適だったとは。

 てっきり恋人同士でしか贈り合わないものだと思い込んでいた。


 いや、今まで何度もアドバイスしてくれたソアラの言うことだ、間違いないはず。


「そうだ、それとカエデとフラウにはこれを」


 別の包みを二人に渡す。


「これは……首輪ですか?」

「もう一度、俺の奴隷になってくれないか。嫌なら断ってくれてもいい」

「嬉しいです。またご主人様の奴隷になれるなんて」


 カエデはぽろりと涙をこぼす。


 首輪を首にはめると、自身の胸元に手を添えた。


「主従契約、してくださいね」

「ああ」

「ずっと一緒ですよ」

「ああ」


 ぬっ、横からフラウが顔を出してびっくりした。


「ちょっと、フラウも首輪をはめたのにどうしてみてくれないの」

「すまん。よく似合ってるぞ」

「でしょ! やっぱり偉大なる御方の奴隷にはフラウが適任よ! 撫でて! 頭をなでなでして、奴隷に戻って嬉しいって言って!」

「わかった。わかったから、頭を押しつけてくるな」


 頭を撫でれば「たまんないわね! 大好き!」なんてフラウは満面の笑みだ。


 がたっ。いきなり荷台にいたアリューシャが立ち上がる。


「トール殿! どうしてわたしには首輪がないんだ!」

「いきなりどうした」

「ヒューマンはエルフを奴隷にしたがる! ならば、トール殿もアリューシャを所有物にしたがるのは道理ではないか!」

「つまり奴隷にしろと?」

「は、恥ずかしいことを、わたしに言わせるな」


 いきなり勢いをなくして恥ずかしそうにする。


「ボクは奴隷になれないかなぁ、一応貴族だし」

「わたくしもですわ」

「そだねー。なってあげたいけど、王族だしお父様が泣きそうだから、できても主従契約が限界かなぁ」


 貴族組も奴隷になりたそうではあるが、身分的なところでできないようだった。


 というかどうして奴隷になりたがるんだ。

 不思議でたまらないのだが。


「面倒にゃ。どうせまた集まるんだし、ここにいる全員、帰る前に主従契約を結んでおけばいいにゃ」

「そうですわね。そう遠くない内に、また集まりますわ」


 なんだなんだ、また集まるってどう言う意味だ。

 俺の知らないところで集会か何かあるのか。


 カエデが俺の腕を掴んで引っ張る。


「ご主人様は私のご主人様ですから」

「カエデさん、抜けがけは卑怯ですわよ。みなさん、捕まえて」


 ひぇ、追いかけてくる!?


 手を引くカエデは見惚れるような笑顔だった。




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