91話 聖職者と戦士の買い物


 活気のある大通りにカエデ達が目を輝かせる。


 ここは村から比較的近い場所にある街。


 規模は小さいがそれなりの物は購入することができる。

 あと村にはギルドがないので、依頼をする際はここまで来なければならない。


「じゃ、アタシは野菜を売ってくるから」

「待ち合わせは入り口でいいよな」

「うん、問題なし」


 ネイは野菜を積んだ荷車を引いていく。


 手伝いとしてフラウとアリューシャとピオーネが同行した。


 フェアリーとエルフがいれば、きっと物珍しさから売り上げも伸びることだろう。

 それにピオーネも柔らかい物腰で意外に押しが強い。三人がいればネイも大助かりのはずだ。


 ちなみにだが、昔は俺もよく手伝っていた。


 なぜか売り上げが伸びなくて、結局ネイと野菜を囓りながら村に帰った覚えがある。懐かしい思い出だ。


「一緒に野菜を売ったのが昨日のようですね」

「そうだな。そう言えばお前が一緒の時はよく売れたな」

「当然です。優しくて美人で胸の大きい私が、購入を勧めたのですよ」

「良い性格してるな」


 そんなことを当たり前のように言い放つのはお前くらいだ。


 ほんとすっかり騙されてたよ。

 ネイなんか最初、ソアラに空瓶で頭を殴られたとか言っても信じなかったからな。


 今は本当の自分を見せてくれるので、これはこれでよかったのかもしれない。


 ソアラがぐいっと俺の腕に腕を絡ませる。


「おい」

「いいではありませんか。いつもはカエデさんやフラウさんに譲っているのですから、たまにはご褒美があってもバチは当たらないはずです」

「まぁ、それもそうだな」

「トールは単純で助かりますね」

「聞こえないところで言ってくれ」


 とりあえずいくつかのグループに分かれて行動することにする。


 俺とソアラ。

 カエデとリン。

 マリアンヌとルーナ。


 どうせ最終的に合流するだろうが、まずは各々行きたい場所を最優先にする。


 それとパン太はフラウに付いて行ったので、俺に同行するのはロー助だ。

 定期的に構ってやっているが、意外に寂しがり屋なので、できるだけ接する時間を多く取るようにしている。


「しゃ」

「なんだ、それが気になるのか」

「しゃあ!」


 ロー助が露天の品をじっと見ている。


 実際は目はないのだが、頭の向きなどでそう判断している。

 とにかく珍しくロー助が物に興味を示していた。


 それは、どこにでもあるようなヤスリ。


 もしかしてこれで体をこすってもらいたいのだろうか。


 ロー助の肉体はしなやかだが硬い。

 木に体をこすりつけても削れるのは木の方だ。


 ヤスリを購入して軽く頭部を擦ってみる。


 ロー助は嬉しそうに身をくねらせた。


「トール、ペットばかりに構っていけません。貴方の隣には、私という素晴らしき聖職者にして奴隷がいるのですよ。私に構いなさい」

「お前、奴隷じゃないだろ。あでっ」


 ぎゅむ、足をおもいっきり踏みつけられる。


「まぁいいでしょう。それよりも貴方には言っておかなければならない事があります」

「なんだよ急に」

「見ていて思ったのですが、ちゃんとカエデさんやフラウさんに感謝を示していますか? 適当にお礼を言って済ませているんじゃないですか?」


 ソアラの言葉に、俺は眉をひそめて首を傾げる。


 感謝を示す?

 お礼を言うだけじゃだめなのか??


「はぁ、やっぱりですか。いいですかトール、女性にはこまめなケアを行ってあげなければなりません。ほんの些細な積み重ねが山となりのちのちに大きく影響するのです」

「つまり何が言いたいんだ」

「プレゼントです。この場合イベントでも構いませんが、人数を考えるとさすがに難しいので、ここは物で妥協しましょう」

「人数??」


 カエデとフラウの話をしているんじゃなかったのか。


 だが、単純に感謝を示すだけならカエデやフラウに限らないのか。

 マリアンヌやルーナやネイなんかにプレゼントで今までのお礼をする、うんうん、悪くない話だ。


「けど、女性に贈るプレゼントなんてなぁ」

「トール? リサの時に私があれほど親切に指導したのを忘れたのでしょうか?」


 やべっ、ソアラさんの目が怒りをにじませている。


「あれだろ、まずは女性に聞くべしってやつだ」

「そう、チョイスに自信がない人は、まずは親しい女性に相談をする。これを行うことで大惨事を免れる確率は格段に上がります」

「そうだ、それだ」

「やはり忘れてましたね!」


 ほっぺを強くつねられた。


 痛くないが痛い。

 暴力を振るう聖職者ってなんだよ。


 とりあえず俺達は貴金属店へと立ち寄る。


「いいですかトール、女性は美しい光り物に弱いのです。多くの者は気持ちが大事、と綺麗事を言いますが、安上がりでは気持ちはなかなか伝わりません。故に相応の身銭をきるのです。あ、私はこのネックレスで構いません」

「結局自分が欲しいだけなんじゃ……なんでもないです」


 睨まれたので黙る。

 余計なことは言ってはいけないようだ。


「ここで全員分の贈り物を購入しなさい。ちゃんと似合いそうな物を選ぶのですよ」

「でも、俺ってセンスがないし」

「その為に私がいるのではないですか。とりあえず自分で選んでみてください。そこからじっくり考えましょう」


 先生のお言葉に従い、俺はプレゼント選びを始める。





「これくらいでよしとしましょう」

「うーん、自信がないな。やっぱり貴金属じゃなくて、武具とか上等な肉にすれば良かった気がするが」

「肉をもらって喜ぶ女性はウチのメンバーにいないと思いますけど?」


 そんなことないだろ。

 ネイとか喜びそうじゃないか。


 第一、俺は肉をもらったら最高に嬉しいぞ。


「トールは誕生日のたびに私達に肉を贈ってきましたが、それにはいい加減飽きました。それともあれですか、そろそろ肉の人トールとか呼ばれたいのですか?」

「それは遠慮したいな」


 とりあえず並べられた貴金属を確認する。


 宝石のはめ込まれた指輪。

 そのどれもが輝きに満ちている。


 特殊な加工が施されていて、サイズは自動調整されるそうだ。


「全員同じ石にしたけど、これでよかったのか?」

「バラバラですと不公平に感じてしまいますからね。肝心なのは何をもらったではなく、誰にもらったかですから」

「さっきと言ってること違わないか」

「世の中には限度があるのです。好きな人に肉をもらって喜ぶ女は、聖職者である私くらいなものです。あ、肉はもう結構です」


 よくわからん。

 だが、これで日頃の感謝を示せるなら安い物だ。


「それと」


 ソアラは店主に頼んでとある物を出してもらった。


 それは……最高級の奴隷用の首輪だ。


「カエデさんとフラウさんは、奴隷から解放されたそうですね。ですが、もう一度奴隷商に行って再契約することをお勧めします」

「もう一度二人を奴隷に?」

「二人ともそれを望んでいるはずです」

「…………」


 確かにカエデもフラウも奴隷のままでいい、みたいなことを言ってはいたが。

 果たしてそれは本音だったのだろうか。


 本当は解放されて喜んでいるとかじゃないのか。


 すっ、ソアラが俺の頬に指で触れる。


「あの子達は信じても良いと思いますよ。リサとは違う」

「そうだな。なに迷ってんだ俺、はは」


 ニコッと微笑んだソアラは、振りかぶって俺の頬をビンタした。


 なんで?

 なんで叩かれたんだ??


「ニヤけ顔に腹が立ちました」

「理不尽すぎる」


 俺はカエデとフラウの為に首輪を購入し、店主に包んでもらう。


 二人が喜ぶといいのだが。


「カエデさんが羨ましいです。私は聖職者ですので、本当の意味で奴隷にはなれませんから」

「なんで奴隷になりたいんだよ」

「ふふ、さすが鈍感ですね」

「やめろ、杖で顔をぐりぐりするな」


 ソアラはにっこりとして「貴方はそのままでいいのです」と呟いた。




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