90話 戦士とエルフの精霊探し
ごつごつとした地面を踏む。
同行するのはフラウ、アリューシャ、ピオーネの三人だ。
それとロー助。
カエデ達は、それぞれやりたいことがあるらしくお留守番。
パン太もカエデと一緒に過ごすらしく、同行を拒否した。
ちなみにサメ子は、リビングの桶でちゃぷちゃぷ泳いでる。
「ずいぶんと静かだ。里よりも空気が澄んでいる気がする」
「そうか? 俺にはまったく分からん」
「トール殿は鈍いな。これほど素晴らしい場所だというのに」
どうせ俺は鈍感ですよ。
今さら馬鹿にされたって気にしない。
「不思議な空気だね。なんだか見られてる気がする」
「そうね。無数の視線を感じるわ」
ピオーネとフラウの言葉を受けて、竜眼で周囲を窺ってみる。
予想通りそこら中に精霊がいた。
森の中を無数の半透明の魚が泳ぎ、木の枝にはトカゲが前足でぶら下がっている。
鳥が草陰から覗き、鼠が岩の上から見ていた。
彼らは俺の視線に気が付き、動揺している雰囲気だった。
「ねぇトール、退治する魔物ってなに?」
「えーっと、たぶんあれだな」
道の先にそれらしい生き物がいた。
いきなり出会えるなんて幸運だ。
探す手間が省けて助かる。
スタンプビッグボア――突進力が自慢のイノシシ系の魔物だ。その大きさと脚力で鉄の板も突き破ってしまうらしい。ただし、実際に鉄の壁を突き破った話は聞かないので、そこまで強くはないのだろう。
目的の魔物は、体長六メートル。
俺が知るものとはサイズが違う。
あれはせいぜい大きくて三メートルほどだ。
ずいぶんと育ちすぎた個体らしい。
「ぶぎぃいぃい!」
イノシシは俺達を見つけて鳴き声をあげる。
すぐさま突進が始まった。
「どうするの主様、フラウが相手してもいいけど」
「いいさ、俺がやるよ」
そこそこ力の扱いには慣れてきた。
ここでどの程度手加減できるのか試しておきたい。
目前までイノシシが迫る、俺はすっと人差し指を立てて腕を掲げる。
「ブギィイイイイイイッ――ブギュゥ!?」
ずんっ。
腕を振り下ろし、人差し指でイノシシを軽く叩いた。
地面に激しく叩きつけられた敵は血を吐き、ぐるんと白目を剥く。
強めに叩いたのだが、威力としてはちょうど良かったようだ。
けど、まだまだ加減が難しい。
「あはは、相変わらずトールは規格外だね」
「今思えば石を投げた里の子供達は、ずいぶんと命知らずだったな。無知とはなんと恐ろしいことか」
「ほんとよ。主様を怒らせたら焼け野原だったんだから」
「お前ら、俺をなんだと思ってる」
化け物扱いは勘弁してくれ。
気持ち的にはまだ人間のつもりなんだ。
とりあえずナイフを取り出し血抜きをする。
イノシシ系の魔物は食料向きなので、持ち帰って村人に分けるつもりだ。
解体は村で行うことにして、イノシシをマジックストレージに放り込んだ。
「用事は済んだし、精霊探しとやらを行うか」
「アリューシャさん、相性の良い精霊ってどうやって探すんですか?」
「見ていろ」
アリューシャは手を広げ精神を集中させる。
五分ほどそのままの状態なので、声をかけた。
「なにしてるんだ?」
「待っている。相性の良い精霊は向こうから寄ってくるのだ」
「あ、そうなんだ。悪い」
「?」
俺が竜眼で見ていることもあって、精霊が寄りつこうとしないのだ。
そんなわけでフラウとピオーネを連れて草むらへと移動する。
ここなら精霊もアリューシャに近づいてくれるだろう。
「精霊様、わたしにお力をお貸しください。精霊様、わたしにお力をお貸しください」
彼女はひたすらに語りかける。
すると数匹の精霊が近づいてアリューシャを口でつついた。
水の精霊らしき魚は、興味が失せたのか去って行く。
風の精霊である鳥は、彼女の足下でしばらく様子を見ていたが、相性が良くなかったらしく飛び去った。
火の精霊らしきトカゲは、彼女の足を這い上がったが、これも相性が良くなかったらしく地面に下りて逃げて行く。
残ったのは土の精霊である鼠。
「感じます。そこにいるのですね。どうかわたしにお力をお貸しください。代わりに貴方様には生命力を捧げましょう」
鼠はこくりと頷き、アリューシャの肩へと駆け上る。
これで契約とやらは完了したようだ。
「精霊と契約できたぞ! 新しい精霊の属性は!?」
「たぶん土だな」
「おおおっ! 土! 我らエルフが最も好む精霊だ!」
アリューシャは満足したらしい。
これでここでの用事は全て終わったな。
そう思って振り返れば、離れた場所にいるピオーネとフラウに、精霊がたかっていた。
「すごく見られてる気がするんだけど」
「フラウも同じよ。どこから見られてるのか分からないけど、すごく近くにいる気がするわ。どこ、出てきなさいよ」
ピオーネには、火と土の精霊が。
フラウには、風と水の精霊が。
相性が良いのか、精霊達は頭をこすりつけたり体にくっついたりと、アピールを繰り返している。
「なぁ、アリューシャ。精霊ってエルフでなくても契約できるのか」
「選ばれればできるはずだ。しかし、精霊との相性の良さはエルフがずば抜けているからな。他種族を選ぶ精霊が果たしているかどうか」
「…………」
自慢気に語る彼女を直視できなかった。
ここは彼女のプライドを守る為に黙っておこう。
二人に精霊は一切近づかなかった、それでいいんだ。
ふと、森の奥にいる大きな物に目が留まる。
それは巨大な半透明の鼠だった。
恐らくアレこそがこの村を守る精霊。
鼠は二本足で立ち、じっと俺を見ていた。
なんだか懐かしい感じがする。
あれにずっと見守られてきたような、そんな気がするのだ。
鼠はのそりと動き出し、森の奥へと去って行く。
「トール殿、いま大きな存在を感じた! もしやこの地を守護する精霊様では!」
「たぶんそうだ。でっかい鼠がいたよ」
「きっと上位の土の精霊様だな! ああ、わたしにも竜眼があれば! この目をえぐり出してトール殿の目と交換したい!!」
「やめてくれ、怖いから」
アリューシャはひどく興奮していた。
なんでも上位の精霊はあまり人前には出てこないらしい。
土地の守護者になるような精霊は特に。
あの鼠は『おかえり』と言いたかったように思えた。
森からの帰り道。
俺達は野草などを大量に採取していた。
背負った籠の中には野草やキノコで山盛りだ。
「ここって良い場所よね。水は美味しいし食材も豊富だし、危険な生き物もあまり見かけないし、どうして村を出てまで冒険者になろうと思ったのか、不思議でしかたないわね」
「うんうん、ボクもそれが気になってたんだ。どうしてなのトール」
「村を出た理由か。う~ん」
二人の質問に腕を組んで考える。
「単純に刺激を欲したからだろうな。ここは平和すぎてつまらないからな」
「それだけなのか?」
「それだけだ。くだらないだろ」
三人は吹き出して笑う。
十代の考えることなんてそんなものだ。
モテたいとか、有名になりたいとか、金持ちになりたいとか。
自分探しとか。
俺は、平凡な理由で冒険者になったんだ。
「主様らしいわね」
「ボクもそう思うよ」
「その頃からロマンとやらを求めていたのだな」
「お前ら馬鹿にしてるだろ」
いいさいいさ。
帰ってカエデに癒やしてもらうから。
「ごしゅじんさま~」
道の先からカエデが手を振る。
彼女は俺に飛びついて腕の中ですはすはした。
「えへへ、ごしゅじんさまの匂い」
「汗臭いだろ」
「その方がたまらないです」
惚けた顔で胸に顔を埋めて匂いを嗅いでいた。
尻尾は激しく揺れ、狐耳はしなっと垂れている。
フラウが近づいてすんすん鼻を鳴らした。
「主様、汗臭いわ」
「だよな」
ピオーネとアリューシャが匂いを嗅ぐ。
「ボクは、汗臭い方が好みかな……」
「普通じゃないのか? 里の男共は、みんなこんな感じだが」
「「「「え」」」」
「なんだ、その汚いものを見るような目は! ちゃんと一週間に一回は水浴びしているぞ! 今は毎日しているくらいだ!」
アリューシャは涙目で、私は綺麗だと訴えていた。
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