87話 戦士と仲間達
一階に降りると、リビングやダイニングは混雑していた。
ダイニングでは、せわしなくフラウ、ネイ、ピオーネが食器を並べ、リビングではルーナ、リンがソファでだらけている。
台所へ行くと、カエデ、ソアラ、マリアンヌが調理中だった。
「ご主人様は先にお席に座っていてください」
「お、おお……」
そこそこ広い家だと思っていたが、こうなると手狭に感じる。
しかも全員が若い女性となると、なんだか妙な感覚だな。
どこに身を置けば良いのか分からなくて心細い。
ふわりとパン太がやってきて、俺の指をちょんちょんとつつく。
どうやら、なでなでしてもらいたいようだ。
「きゅう~」
わしゃわしゃ撫でてやれば、パン太は気持ちよさそうにする。
ここ数日、まったく構ってやれていない。
きっと寂しかったのだろう。
「きゅ? きゅう!」
「まだやるのか」
手を止めると、もっともっととおねだりして俺の手をつんつん突いた。
相変わらずクッションみたいで柔らかく、触っているこっちが気持ちいいくらいだ。
「ただいま」
外から戻ってきたのはアリューシャ。
彼女はダイニングに入ってきて席に着いた。
「どこに行ってきたんだ?」
「すぐ近くだ。ヒューマンの村がどのようなものか見ておこうと思ってな」
「そう言えばお前、里の外に出たのは初めてか。ここは平凡でありふれた小さな村だから、特別なものなんてなにもなかっただろ」
「そうだな、里とそれほど変わらないように思えた」
アリューシャは「でも」と言葉を続ける。
「ここが特別じゃないなんてのは嘘だ。わたしは感じるぞ、この地には大きく力強い精霊がいる。こんなにも自然豊かで穏やかなのはそれが守護しているからだ」
「精霊? ここにもいるのか?」
「残念ながらわたしには見えない。けれど、我が里と同じように多くの精霊がいることは確かだ」
竜眼を使用する。
すると周囲に無数の半透明な鳥、魚、トカゲ、鼠などがいた。
それらは俺の視線に気が付き、部屋から散るようにして出て行く。
今のがこの村にいる精霊達。
知らなかった、こんなにも沢山の精霊に囲まれていたなんて。
「精霊が守護する地は多くの恵みをもたらしてくれる。高位の精霊ともなれば、そこに住まう人すらも守ってくれるそうだ。トール殿がどれほど素晴らしい土地で生まれ育ったのか、このアリューシャにはわかるぞ」
「へぇ、だから作物の実りが早いのかな」
皿を運んできたネイが話に加わる。
思い出してみれば、確かにこの村は作物の実りが早い。
不作もほとんどなく安定して生産が行えているのだ。
ネイは席に座り頬杖を突いた。
「ここは力のある土の精霊が治めていると思われる。近くに魔脈があればほぼ確実だろう」
「アリューシャってなんでも知ってるんだな。さすがはエルフ、アタシにもそんな頭の良さや美貌があれば良かったんだけどなぁ」
「羨ましいのはこっちだ。トール殿と幼なじみとは、おまけにライバルがこんなにもいたなんて計算外もいいところだ」
「そこは激しく同意かな。カエデやフラウはともかく他にも強敵がいたなんて、前途多難というかアタシっていつ報われるんだろうって感じだ」
ネイとアリューシャは揃って溜め息を吐く。
なんだ、お前ら仲いいのか。
割と性格も似てるし話が合うのかもな。
ちょうどそこへカエデがやってくる。
「みなさま、そろそろお食事にいたしましょうか」
「まってました!」
「フラウさん、みなさんが席に着くまで待ってくださいね」
「わ、わかってるわよ! もうつまみ食いしないから!」
フラウは逃げるようにしてアリューシャの元へと飛んで行く。
そうか、あれはつまみ食いだったのか。
実は先ほどからフラウを見かける度に、口がもぐもぐしていたのを見ていた。
やり過ぎたのか怒られたようだ。
◇
ざっく、ざっく。
ひたすらクワで土を掘り返す。
久々の農作業も悪くない。
「おーい、トール。そっちが終わったら向こうな」
「相変わらず人使い荒いな」
「文句言うなよ。みんな頑張ってるんだぞ」
「そうでした。大人しく働きます」
ネイの指示に従いつつ次の作業に取りかかる。
ここはネイの家の畑。
村で一番の面積を誇っている。
そこでは俺やネイだけでなく、マリアンヌやルーナやピオーネが手伝っていた。
「土に触れるのもたまにはいいですわね。ほどよく体がほぐれますわ」
「そだねー。それに野菜が実ってるところを見るのって、なんだか新鮮で気持ちが良いかも」
「ええ、屋敷に戻ったらお野菜を育ててみるのも、いいかもしれませんわ」
「名案だね。ルーナもお父様に頼んで庭園の一部をもらっちゃおうかな」
「お二人は向いてそうですね。ボクは生き物を育てるの苦手だから無理かなぁ」
作業着姿の三人は和気藹々とクワで
三人とも王族や貴族だが、意外にも様になっているようだった。
俺としても身体を動かしている方が、余計なことを考えなくていいからありがたい。
ようやく気力が戻ってきたんだ。
もう寝込むようなことはしたくない。
「あぶっ」
いきなり視界に真っ白い物がぶつかる。
それから体に蛇のような長い物が巻き付いた。
「きゅう」
「しゃぁ」
「なんだお前らか」
パン太とロー助だ。
外に出して遊ばせていたのだが、飽きて戻ってきたらしい。
ちなみにサメ子は小川に出して遊ばせている。
子供達に木の枝でつつかれていたが、まぁ大丈夫だろう。
唐突に視界に文字が現れる。
《報告:スキル貯蓄が修復完了しました》
ようやく全ての貯蓄系スキルが修復完了したらしい。
次に壊れるのはいつになることやら。
「こっちに来てくれ。収穫するから」
ネイに呼ばれて俺達は実っている畑へと移動する。
そこでは真っ赤なトマトや濃い緑のキュウリが、瑞々しく垂れ下がっていた。
「美味しそうですわね」
「だろ、ウチの野菜は村で一番なんだ。さっさと収穫してお昼にしようぜ」
籠を持ってそれぞれ収穫に励む。
ぷちり、ちぎったトマトば艶やかに光を反射していた。
かぶりつけば水気が程よく甘味が強い。
「あ、こら! つまみぐいするな!」
「やべっ」
ネイに見つかった。
「わっ、みつかっちゃった」
「だからもっと向こうで食べようって言ったんだよー」
隣を見れば、ピオーネとルーナが同様にトマトを囓っていた。
こいつらも食欲に負けたのか。
しょうがないよな。
ここのトマトめちゃくちゃ美味そうなんだよ。
「ちょっと、昼食を持ってきたのに、あんた達なんで先に食べてるのよ。ちょっとフラウにもよこしなさい」
どこからか飛んできたフラウが、ピオーネのトマトを奪う。
「ごしゅじんさま~、お昼をお持ちしました~」
「ありがとう」
遠くからカエデが手を振っている。
彼女の後ろには調理を手伝っていた面々が付いてきていた。
これでようやく休憩ができそうだ。
まぁ、作業はほとんど終わっていたが、ネイのことだから別の仕事を無理にでも探してきてやらせていたに違いない。
ネイはああ見えて、農作業の鬼なのだ。
「カエデさんはお料理がお上手なんですね」
「指導してくださったウララさんのおかげです。それでもまだまだですが」
ソアラがカエデの腕前を褒めている。
今日はサンドイッチだが、やはり見た目は不味そうだ。
反して味は驚くほどに美味。
リンが「見た目と味が釣り合っていないにゃ」などとぼやく。
そう言えばマリアンヌの侍女であるウララを見ないな。
以前はべったりくっついていたのに。
それとなくマリアンヌに話を振る。
「ウララは産休にはいりましたの」
「えぇ!? 結婚してたのか!??」
「はい。言ってませんでしたか?」
聞いてないぞ。初耳だ。
だから称号授与の時も見かけなかったのか。
後でマリアンヌにはお祝いの品でも渡しておこう。
「ところでみんな、いつまでここにいるんだ」
「一週間ほどでしょうか。他の方もきっと同じだと思いますわ」
そっか、あまり長く家を空けられないもんな。
俺なんかの為に、こんな遠い場所まで来てくれた彼女達には、本当に感謝しかない。
どうやってお礼をすればいいのだろう。
今さらながらにロアーヌ伯が悩んでいた気持ちが理解できた。
感謝を形にするは、非常に難しい。
「みんな、俺の為にここまで来てくれてありがとう。この恩はいつか必ず返すから」
俺は改めて彼女達に頭を下げる。
それぞれが顔を見合ったかと思えば、なぜか笑い始めた。
「むしろ恩を返しに来たのはこちらの方ですわ。それにわたくし達、漫遊旅団の仮メンバーですもの。リーダーの一大事に駆けつけるのは当然ですわ」
「いつのまに」
「そうそう、トール君は無意識にルーナ達を団に引っ張り込んでるの。ここにいる人達全員、君に力と勇気をもらったんだよ。今さら部外者なわけないじゃん」
「何ももらってないのが一人いるにゃ」
「リンちゃんも気持ち的にはもらってるでしょ。だからここにいるんじゃない?」
リンは頬をピンクに染めて「保険だにゃ」と恥ずかしそうにする。
ぱき。
不意に聞き覚えのある音が聞こえた。
ぱきぱきぱき。
ガラスの割れるような音が俺の中で響く。
視界に文字が表示された。
《報告:経験値貯蓄のLvが上限に達しましたので百倍となって支払われます》
《報告:スキル効果UPの効果によって支払いが五十倍となりました》
《報告:Lvが3000となりました》
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