86話 戦士の元へ集う者達


 村に帰還して数日が経過した。

 俺はぼーっと窓から外を眺めている。


 何かをする気が起きない。


 胸にぽっかりと空いた穴。


 かつての空虚感が再び訪れていた。


 何か大切な物が失われた気がしていた。

 いや、実際に失われたのだ。


 元恋人と元親友を。


「ご主人様、調子はどうですか」

「ああ」

「昼食を持ってきましたので、どうぞ」

「ありがとう」


 ベッドの端に座りカエデからスープを受け取る。


 一口啜って気が付いた。

 あんなに美味かったカエデの料理がやけに薄く感じる。


 食欲もあまり湧かない。


 スプーンを持つ手が止まる。


「美味しくなかったですか?」

「そうじゃない。あまり食欲がないんだ」

「昨日もそう言ってあまり食べられませんでしたよね」

「悪い。少し休ませてくれ」


 器をテーブルに置いて寝床に入る。


 体がひどく重い気がした。

 手足に鉛を付けられているようだ。


 それでいて、俺の中の何かが抜けていく感じだ。


「ご主人様」


 カエデは俺の額に手を置き、癒しの波動を使ってくれる。


 少し空虚感が薄まった気がした。

 彼女の手は温かい。


「おじゃましまーす」

「ネイさん」


 ネイが部屋へとやってきた。


 仕事の合間にこうして時々顔を出しに来る。


「まだ元気が出ないのか」

「色々ありすぎて疲れたんだよ」

「まぁ、色々、あったよな」


 彼女はベッドの近くにある椅子に座る。


「けど、だからっていつまでもそんなんじゃ、カエデやフラウの気が休まらないだろ。二人のご主人様ならもっとしっかりしないとさ」

「もう奴隷じゃないんだが」

「同じだろ。カエデもフラウもアタシもトールの奴隷みたいなものだし」

「そうなのか」

「そうなんだよ」


 しばらくして二人は部屋から出て行く。


 廊下から声が聞こえた。


「どうしたらいいでしょうか。ずっとあのような感じで」

「もう癒やすだけじゃだめなのかも。ここはびしっと喝をいれてやるとかさ」

「喝ですか、私は苦手です」

「それならできそうな奴を集めたらいいじゃん。飴と鞭と癒しの三連コンボで元気にするんだよ。旅をしてきたんだから、心当たりあるだろ」

「心当たり……」


 一人残された俺は、目を閉じる。


 なにもかもに疲れた。

 やっと穴を埋められたと思ったのに、また胸に大きな穴が空いてしまった。


 リサ、セイン……どうして。





 ――セピア色の景色。


 喧しくセミが鳴く。


 子供の俺は村の砂利道を走っていた。

 後ろにはネイとソアラ。


『また明日、スライム狩りしようぜ!』

『アタシあのぶよぶよしたのきらい』

『ぷふー! あれぇ、ネイってスライムだめなんだぁ。こわがり』

『そんなことないもん!』

『喧嘩すんなよ。じゃ、そろそろ帰るから』

『『うん、またあしたー!』』


 俺はネイとソアラと別れ、自宅へと急ぐ。


 玄関のドアを開けると、ダイニングにはすでに父さんと母さんがいた。


 テーブルに載せられた料理の数々。

 すごく美味しそうで生唾を飲み込む。


『お帰りなさい。今日も泥だらけね』


 黒髪の女性が微笑む。

 忘れかけていた母の顔がそこにはあった。


 そうだ、こんな顔だった。


 父の顔もはっきりと思い出した。


 母がしゃがみ込んで俺に語りかける。


『トール、よく頑張ったわね』


 頭を撫でてくれた。

 懐かしい手に心が安らいだ。


『今は辛いかもしれない。でも、貴方ならまた立ち上がれるわ。だって私達の子供だもの。どんな形だっていい、生きなさい。そして、支えてくれる人達を大切に』

『母さん?』

『旅はまだ終わっていないわ。むしろここからが本当の旅立ち。トール、己のルーツを探しなさい。貴方はもっと大きな物を背負うべき人間よ。だから私は貴方に一族の至宝を与えた』


 父も母も微笑んでいた。


 涙がこぼれる。


 ようやく気が付いた。

 これは両親からの最後のメッセージなのだと。


 待って、父さん母さん!

 もっと、もっと話をさせてくれ!


 景色が離れて行く。


 俺は必死で手を伸ばし、二人は揃って手を振っていた。


 待ってくれ。まだ聞きたいことが山ほど――。





「トール! 起きろっ!」

「ぶげっ!??」


 ぐいっと胸ぐらを掴まれて顔面をぶん殴られた。


 いきなりのことで視界がチカチカする。


 なんだ、何が起きた。

 俺は寝ていたはず。


 ようやく視界がはっきりとする、窓から差し込む朝日に目を細めた。


 目の前にはネイがいる。


「不抜けたトールに気合いを入れてやる!」

「あげっ!?」


 またぶん殴られる。

 むちゃくちゃだ。だが、意識がクリアになる気がした。


「次、ソアラ」

「いいわよ。おもいっきりやってあげる」

「え、ソアラがどうしてここに!?」

「歯をくいしばれぇぇ!」


 ソアラは杖で頭をぶったたいた。


 べきっ、杖が半ばからへし折れる。

 歯を食いしばる意味あるのか。


「次はあなた達よ」

「では遠慮なく」


 うぇ!? マリアンヌ!? ルーナ!??

 なんでいるんだ!?


 ネイとソアラが部屋から出て行くと同時に、マリアンヌとルーナが入ってくる。


 二人は微笑んでから、瞬時に抜剣、俺の服をバラバラにした。


 あっという間にパンツ一枚だ。

 俺は床に正座して、二人を見上げる。


「わたくしが慕う殿方はいつでも強くあっていただきたいですわ」

「そうそう、これは愛の鞭だよ。トール君にはしょぼくれる暇なんてないんだから」

「まだ立ち直れないなら叩いて差し上げますけど」

「むしろそっちの方が嬉しいかなー? んー?」

「いいえ」


 二人が部屋を出ると、再び別の二人が入ってくる。


 アリューシャとフラウだ。


「一大事だと呼ばれて来てみれば、無様な姿だなトール殿。このようなていたらくでは、とても私と……なんてできないぞ!」

「ごにょごにょ言ってて分かんないわよ」

「恥ずかしいんだ! エルフはフェアリーと違い、恥を知る種族だからな!」

「ちょっとそれどう言う意味よ。またパンツ脱がすわよ」

「ひぇ、それだけは」


 ヒューマンサイズのフラウがアリューシャににじり寄る。


 何しに来たんだお前達。

 案の定、近くを漂っていたパン太がフラウの髪を引っ張る。


「そうそう、主様に気合いを入れに来たんだった」

「あぶなかった。脱がされるところだった」

「どうせ今日も黒の紐パンでしょ」

「わぁああああああっ!」


 アリューシャは耳を押さえて両膝を屈する。

 フラウは気にした様子はなく、俺をこてんと横にして膝枕した。


「えへぇ、一度コレしてみたかったんだ」

「そういえばやりたいって言ってたな」

「うん。やっとフラウにもできた。言っておくけど、これくらいで満足しないでよね。もっともっと主様には、やってあげたいことがあるんだから」


 顔を背けて恥ずかしそうに言う。

 可愛い奴隷はやはり可愛い。


 フラウは両手で顔を隠したまま固まっているアリューシャを、引きずって出て行った。


 フラウはともかくアリューシャは何しに来たのだろうか。


 次に部屋に入ってきたのは、炎斧団フレイムアックスのリンと、どこかで見たことがある青年だった。


「気合いを入れて欲しいって呼ばれたにゃ。さっそく元気が出るおまじないをしてやるにゃ」

「ちょっと、リンさん!」

「あとでピオーネもすればいいにゃ」

「ボクも!?」


 リンは俺の顔をグッと引き寄せ胸に埋めた。


 なんて柔らかいんだ。

 ここにきてぐんぐん精神力が回復している。


 力が、戻ってくる。


「猫部族の力、みたかにゃ。もし、わたしに良い相手が見つからなかった時は、ちゃんと養うにゃ。トールは保険としてはかなり優秀にゃ」

「夢も希望もないな」

「現実ってそんなもんにゃ。でも、お互い悪い話でもないにゃ」


 そう、なのか?

 いやまぁ、猫部族は好きだしリンも割と好みだが。


 リンが下がり、青年が俺の前にしゃがむ。


 ……あれ、こいつもしかして魔族のピオーネか?


 どうして角がないんだ??


「待ってるって言ったけど、来ちゃった」

「その姿……」

「これだよ。カエデさんにこれがあれば正体がばれないからって」


 ピオーネは指にはめた偽装の指輪を見せる。


 てことは、リン達は正体を知らないってことか。

 そうじゃなければもっと大騒ぎしている。


 ピオーネは胸元のボタンを二つほど開ける。


 白い谷間を覗くことができた。


「ボクも!」

「おおっ!!」


 胸に顔が沈む。


 花のような甘い香りが鼻腔を刺激して、すべすべした肌が気持ち良い。


 さらに気力が急上昇する。

 思わず鼻息が荒くなってしまった。


「ボク、待ってるからね。会いに来てよ」

「約束したな」

「うん。君が来るのをボクもおじいちゃんも楽しみにしてるからね」


 リンとピオーネが退室する。


 最後に部屋に入ってきたのはカエデだった。


 彼女は静かに横になり、俺の足に頭を預けた。


「元気になられて良かったです。みなさんをお呼びした甲斐がありました」

「わざわざ連れてきてくれたのか」

「はい。ご主人様の為に、フラウさんと各地を飛び回りました」

「こんな短期間で……ありがとう」


 さらさらの柔らかい白髪を撫でる。


 目は閉じられ、白いまつげは気持ちよさそうに揺れていた。

 ゆらゆらと尻尾も揺れる。


 狐耳は垂れ下がり、もっと撫でて欲しいと主張しているように思える。


 彼女のおかげで俺は立ち上がるまでの気力を取り戻した。


 もちろん、まだ胸に空いた穴はある。


 だが思い出したんだ。

 穴が空いたように思えても、本当は多くの物が詰まっていると。


 失ったものはある、けれど手に入れた物はそれ以上だ。


 カエデ、フラウ、パン太、ロー助、サメ子、そして旅で出会った多くの友人達。


「きっとご主人様にはもう一つ、貯蓄系スキルがあったのかもしれませんね」

「どう言う意味だ?」

「幸せの貯蓄です」

「倍になって返ってきたってことか?」

「まさか、これからですよ」


 カエデはくすくす笑う。


 これから何を手に入れるというのだろう。

 もう充分に幸せなのだが、これ以上があると言うのか。


 ぱき。


 聞き覚えのある音が俺の中で響いた。




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