85話 戦士、帰郷する


 厳かで静けさに満ちた謁見の間。

 玉座ではアルマン王が俺達を見下ろす。


「よくぞ魔王を打ち破った。これで次の百年まで平和な世が続くことだろう。我が国の全ての民、そして各国を代表して礼を言う」

「俺は俺のしたいことをしただけだ」


 国王は俺の言葉に微笑みを浮かべて頷く。


「裏切り者のセインを連れ帰ってくれたことにも礼を言おう。あの者はこともあろうに、バルセイユの都を襲撃、国王とその他大勢を殺害し略奪を行った。バルセイユからは生きたままの引き渡しを要求されていたのだ」

「祖国が!?」

「魔王討伐に集中してもらう為に、あえてこのことは伏せていた。セインも元は勇者、捕縛は難しいと余は判断していたのだがな。さすがは漫遊旅団と言うべきか」


 彼は俺に軽く頭を下げた。


 重要な報告を隠していたことへの謝罪だろう。

 確かに驚きはしたが、そこまでショックは受けてはいない。


 祖国とは言え俺が住んでいたのは田舎の小さな村だ。


 都が襲撃されたところで遠いどこかの国の話に聞こえる。


 亡くなったバルセイユ王にも会ったことはないしな。


「セインはどうなる?」

「裁判にかけられ罰を受けることとなるだろう。死刑は確定だろうが、恐らく簡単には殺さぬだろうな。現在のバルセイユの民は多くの不満を抱えている。その解消の為に使われるはずだ」


 哀れだなセイン。

 道を踏み外さなければ、ここにいるのはお前だったかもしれないのに。


「さて、見事に魔王を討ち果たしたわけだが、貴公は何を望む。できる限りの褒美を授けてやろう」

「それじゃあこれを返すよ」


 俺は腕輪を外す。


 国王は『やはりか』とばかりに僅かに口角を上げた。


「俺には、違うな。俺達には勇者の称号は重すぎる。あと英雄も。褒美なんていらないからこれを返上させてもらいたい」

「役目から解放されたいと申すか?」

「そうだ。魔王が討たれたことで、じきに魔族は落ち着きを取り戻す。そこには勇者なんて存在は必要ない」

「しかし、すでに各国には漫遊旅団が我が国の英雄であり、勇者であると認知されている。今さら返上したところで一度付いた認識は変えられぬぞ」

「だろうな。だから俺達は解散する」


 部屋の中がざわついた。


 しかし、国王は表情を変えず片眉だけを上げて見せた。


 たぶん俺の考えは想定済みだったのだろう。

 その証拠に、腕輪を収める為の箱がすでに用意されていた。


 俺は騎士の持つ箱に腕輪を収める。


 この瞬間から、俺達は英雄でもなく勇者でもなくなった。


「貴公の気持ちは受け取った。だが、だからといって完全に自由になれるとは思わぬことだ。其方らが漫遊であったことを覚えている者は、余を含め大勢いるのだからな」

「分かっているさ。だからなにかあれば協力するよ。できる限りだが」


 彼は満足そうに頷いた。


 どうやら理解は得られたらしい。

 これで俺は英雄でもなく、勇者でもなく、漫遊旅団でもなくなった。


 ただのトールだ。戦士のトール。


 国王陛下に深く一礼して、俺は謁見の間を後にした。



 ◇



 故郷の村へと戻る途中、俺達はバルセイユの都へと立ち寄る。


 大通りには大勢の人の壁ができていた。

 罵声と石が飛び、通りの真ん中を馬車が通過する。


 荷台には檻に入れられたセインの姿があった。


「やめ、あげっ! ぼくはゆうしゃ、あぎゃ! 止めろと言っている! 殺すぞお前ら!!」


 レベルが高いせいかセインに、民衆の投げる石は効いていないようだった。

 それでも精神的ダメージはあるみたいだが。


 彼はすでに服がボロボロになるまですり切れていた。


 どうやら馬で街の中を引き回された後らしい。


 軽く聞いた予定では、この後セインは千叩きの刑、水責め、針責め、火責め、などを行った後に公開で首を落とされ、街の中心部でさらされるそうだ。


 あいつの最期を見る気はない。


 セインという男は俺の中ですでに死んだのだ。


 そう思うと、胸に空虚感が訪れる。


 胸にぽっかりと穴が空いたようだった。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

「心配してくれてありがとう、カエデ」


 隣にいるカエデの頭を撫でる。

 彼女は目を閉じて気持ち良さそうにしていた。


 尻尾がぱたぱたして狐耳が垂れ上がる。


「けど、あいつ割とタフよね。この状況でよくへこまないわね」

「きゅう」


 パン太に乗ったフラウが、少し上からセインを観察している。


 セインは、心のどこかで助かるとまだ思っているのかもしれない。

 勇者を殺すなんてありえない、と。


 そうでなければ、あんな風に民の感情を煽るようなことはしないはずだ。


「そいつの舌を切り落とせ!」

「そーだそーだ!」

「舌だけじゃなくて、ぶら下げている物も切り落とすべきよ!」

「そーだそーだ!!」


 民衆からそんな声が聞こえた。


「な、なにを言っているんだ! そんなことをする必要ないだろ! いたた、いたたた! 石を投げられて痛いなぁ!!」


 焦り始めるセイン。

 彼は急に石を投げられたところを痛がり始めた。


 馬に乗った貴族が民に語りかける。


「みなの怒りは理解できる。では今夜にも彼のフランクフルトソーセージを切り落とそう。おっと、サイズを間違えた。小さめのウィンナーソーセージだったな、失敬」


 貴族のジョークに、民衆は腹を抱えてゲラゲラ笑う。


 セインは顔を真っ赤にして震えていた。


 俺達はこの場を後にした。





「ここがご主人様の故郷ですか」

「どこにでもありそうな小さな村ね。でもフラウは好きよ」

「きゅ」


 故郷の村へと戻ってきた。


 フラウの言う通り、どこにでもある小さくてこれといって特徴もない平凡な村。

 ただ、穏やかで優しい村だ。


 砂利道には柵が立ち、脇には小さな花が咲いている。


 村の中心を流れる小川には川魚が泳ぎ、点々とある家々の煙突からは煙が昇っていた。


 すでに夕暮れ時、木の枝を持った子供達が川に架かる橋を越え、それぞれの家へと戻っていく。


 変わらない。

 村を出た頃となにも。


「ご主人様の家はどこですか?」

「あそこだ」


 村の中で一際大きい家がある。

 あれが俺が生まれ育った場所だ。


 村を案内しつつ家へと向かう。


「トール?」


 クワを担いだネイとばったり出会った。


 最後に見た姿とは大きく変わり、今はオーバーオールに顔や手を泥だらけにしている。

 ちゃんと両親の畑仕事を手伝っているみたいだ。


 ネイは道具を投げ捨て、俺の胸の中に飛び込んだ。


「無事だったんだな! 勇者になったって聞いて驚いたんだぞ!」

「心配かけた」

「ほんとだぞ! 食事も腹八分目で、夜も一週間に一回くらい眠れない日があったんだからな!」

「なにも問題はなかったようだな」


 彼女を抱きしめて心配かけたことを詫びる。


 俺も安心したよ。

 ちゃんと村に戻っているのを確認できて。


 ネイは見上げて「終わったのか?」と尋ねる。


「全部終わったよ。リサもセインも」

「リサは……」

「魔王だった。俺は勇者としてやるべきことをやった」

「そっか」

「あまり驚いてないな」

「そりゃね」


 ネイは俺から離れてクワを拾う。


「トールのこと好きじゃないのバレバレだったし」

「おい、初耳だぞ」

「言うわけないじゃん。トールはリサにぞっこんだったし。それに確証もないのに、関係が悪くなるようなこと言うのもいやだったんだ」


 ネイの言い分はもっともだ。


 あの頃の俺はリサに染まりきっていた。

 きっと忠告を受けても聞きはしなかっただろう。


 己の馬鹿さ加減には本当に嫌気がさす。


「それとセインはそう遠くない内に死刑になるそうだ」

「いい気味だ」


 彼女はそれだけ言って歩き始める。


 帰宅中だったと思うのだが、なぜか来た道を戻っていた。


「なにしてるんだよ。家に行くんだろ」

「お、おお」


 彼女は俺の家の扉を開けて、勝手にずかずかと上がる。


 そう言えば昔もこんな風に自由にウチへ来ていたな。

 ネイもソアラもほとんど俺の家の子供みたいな扱いだったし。


 掃除をしてくれているのか、廊下は綺麗だ。


「トールがいつ戻ってきてもいいように、アタシが時々掃除をしていたんだ」

「ここがご主人様の生家ですか、素敵です」

「へー、思ってたよりも広いじゃない。匂いも良いし雰囲気はフラウ好み。パン太もそう思うでしょ」

「きゅう!」


 カエデは階段の手すりの傷などを撫でて微笑む。

 フラウとパン太はさっさと二階へと飛んでいった。


「しばらく村にいるんだよな?」

「そのつもりだ。やっと帰ってきたからな」

「そっか」


 ネイは、優しく微笑んでから家を出た。


「ご主人様、夕食をお作りしたいのでお台所をお借りしてもよろしいでしょうか」

「好きに使ってくれ」


 ぱたぱた。

 台所へと走って行く。


 嬉しそうなカエデに、思わず顔が緩んでしまった。

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