84話 魔王城への突入4
豪火がリサの杖より生じる。
ドラゴンのブレスとみまがうような放射が、俺達の横を通過した。
皮膚を炙る熱。
喰らえば大ダメージは確実。
散開した俺達は、部屋の中を攻撃を避けながら駆ける。
「アイスミスト!」
カエデの魔法が、部屋の中の温度を急激に低下させた。
だが、すぐにリサが魔法を使い、気温を上昇させる。
「フェアリー、ハンマァアアア!!」
「ちっ」
フラウのハンマーが振り下ろされ、反射的にリサは回避した。
その瞬間を狙って俺は、無音斬撃を放つ。
ぎりり、擦れ合う金属音。
大剣は杖によって阻まれていた。
「リサ、お前の目的はなんだ」
「言ってなかったかしら。私は世界を支配し、私による私だけの私が最高に楽しめる場所を作るのよ。友人を殺し合わせ、目の前で恋人を犯して殺し、親子で肉を喰らいあわせるの。そんな世界、素敵と思わない」
「理解できない」
「でしょうね、だからあんたはつまらないのよ」
リサに蹴り飛ばされる。
床に着地すると同時に火球が放たれた。
俺は大剣で両断し、再びリサに斬りかかる。
「うっとおしい! 早く死ね!」
「!?」
リサからすさまじい熱と衝撃が発せられ、謁見の間を吹き飛ばした。
不味い。
これは危険だ。
フラウとカエデを守る為に、俺は大剣で攻撃を防ぎ続ける。
じりじり皮膚が焼かれ、ずりずりと足が下がる。
同時にカエデが癒やしの波動を使用し、皮膚は損傷と修復を繰り返す。
光が収まり、リサは姿を変えていた。
頭部に二本の角、顔や足には紫色の模様が現れていた。
そして、握るのは禍々しい双剣。
「セインは所詮、魔剣に使われていただけの男ね。最上位ともなれば形状は自由自在、真に力を引き出せば五割の上昇も可能なのよ。つまり、今の私はレベル1200」
「うっ……」
ダメージに片膝を突く。
カエデのスキルがなければ死んでいた。
魔剣でレベル上昇があることは分かっていたが、1200は予想を遙かに上回る数字だ。
上手くいって相打ち。
九割がた俺達が負けるだろう。
「カエデ、フラウ、お前達はもういい。逃げろ」
「何を言い出すのですか!? ご主人様!」
「そうよ、こんなところで馬鹿なこと言わないでよ!」
「二人には充分、付き合ってもらった。もう満足だ。だから、せめてこれからは自分の好きな人生を歩んでくれ」
俺は奴隷商に教えられていた呪文を唱える。
それだけで主従契約は解除された。
これでもう二人は自由だ。無理に俺に付き合う必要もない。
「二人とも、今までありがとう。楽しかったよ」
俺の自慢の奴隷。
可愛いくて最高の仲間。
お前達が生き残ってくれるなら、たとえ相打ちだろうと喜んで受け入れる。
ぱぁん。
俺は頬を叩かれた。
「いやです! 私は、私はご主人様と、どこまでも一緒だと約束しました! あの日、お菓子を食べさせてくれたご主人様は、私にそう言ったんです!」
カエデが泣いていた。
優しくて、いつも笑顔を絶やさないあのカエデが。
心の底から俺に対して怒っていたのだ。
「私は戦います! 奴隷だからじゃない、これは私の意思です! トール様にどこまでも付いていきたい! もしその結果、死んだとしても悔いはありません! だから、そんなことを言わないでください!!」
「カエデ……」
叩かれた頬は熱を持っていた。
ダメージにもならないダメージ、だが不思議ととても痛かった。
「ほら、主様が変なこと言うからカエデが泣いたじゃない。どうせ主様のことだから、相打ち覚悟で倒してやろうなんて考えてたんでしょ」
「うっ、どうしてそれを」
「そりゃあ偉大なるトール様にお仕えするフラウだもの。気が付くわよ。だいたいこんなところでおめおめ逃げたら里のみんなに『このツルペタロリめ! 恥を知れ!』なんて石を投げられるわ」
ツルペタロリってなんだろうか。
相変わらずフェアリーの感覚はよく分からん。
だが、二人が俺と運命を共にする気マンマンなのは理解した。
ああ、なんだろう。すげぇうれしい。
沸々と力が湧いてくるようだ。
やっぱ、死にたくない。まだやりたいこと沢山あるんだよ。
ははは、相打ちなんて俺らしくなかったな。
「別れはもうすんだかしら?」
「待ってくれて感謝するよ、リサ」
「いいのよ。この後に見られる、トールの絶望がより引き立つから。まずはそこのフェアリーの手足を落としてあげるわ」
目にも留まらぬ速度でリサはフラウに肉薄する。
だが、俺は素早く間に割って入り、剣を大剣で弾いた。
間髪入れずカエデが魔法を放つ。
リサはひらりと躱し、着地と同時にカエデに目標を変え、瞬時に駆け抜ける。
「させるか!」
「お呼びじゃないのよ!」
カエデを守るようにして俺は大剣を振るう。
リサは双剣で受け止め、至近距離でにらみ合った。
「おかしい。レベルを上げたはずなのに、どうして力が拮抗しているのかしら」
「それはな――俺が勇者のジョブを持っているからだ」
「ありえない! 勇者はセインのはず!」
青ざめた顔でリサは戸惑う。
だろうな、俺がジョブコピーを持っているなんてリサは知らないのだ。
勇者のジョブは毎秒魔王のレベルを一ずつ下げる。
もちろん一時的な効果。
だが、それがどれほど恐ろしいのかは説明するまでもない。
すでにジョブを発動してから五分近くが経過している。
実は俺がカエデ達と会話をしている間に、すでにレベルダウンは始まっていたのだ。
正直、下げながら戦うのは厳しいと思っていたが、リサが時間を与えてくれたおかげで、状況は大きく好転していた。
現時点のリサのレベルは900。
対する俺のレベルは868。
魔王が最も恐れる勇者のジョブ、その力は伝説の通り絶大だ。
「私のレベルが! まさか本当に!?」
「これでほぼ対等だな。油断してくれて感謝するよ」
「トォオオルゥウウ!!」
すさまじい剣撃の嵐が襲ってくる。
俺はじいさんから学んだ剣技で全てをいなし、リサの頭に頭突きをかました。
「あぐっ!?」
「氷結葬火」
カエデの放った青い炎が、リサの体を氷漬けにする。
真上ではすでに、フラウが高々とハンマーを振り上げていた。
「フェアリィイイイ、ハンマァァアアアアア!!」
リサの脳天にハンマーが落とされる。
足下の床は円形に陥没し、建物全体を揺らす。
リサは床に片膝を突いた。
つぅ、彼女の額から血が流れる。
「たかがお人好しの馬鹿な戦士、だと侮ったことが間違いだったわ。認める。トール、貴方は私にふさわしい男だわ」
「セインを捨てて俺とよりを戻したいと?」
「そうよ、ずっと思ってたの。あのグズで間抜けな男より、貴方の方が勇者にふさわしいって。もし怒っているなら、謝罪になんでもするわ。そうだわ、結婚よ、私達約束してたでしょ」
リサの額から汗がしたたり落ちる。
こうしている間にもレベルは落ち続け、カエデとフラウが逃げ道を塞ぐ。
俺達に囲まれた彼女は焦っているようだった。
「じゃあ婚約に渡した指輪を見せてくれ」
「そ、そうね、すぐに出すわ!」
リサは指にはめた指輪を見せる。
「それはセインから
「え、あの、その」
「俺に投げつけたのも忘れたんだな」
「――!!」
お前の指輪は俺が草原に捨てたんだ。
だから持っているはずないんだよ。
さらに一分が経過。
リサのレベルは840となった。
もう、俺と彼女のレベルは逆転している。
「許して、お願い!」
「俺の両親も助けを懇願したんじゃないのか」
「それは、」
「あの日、きちんと言葉を交わさずに離れたよな。俺も突然のことで大切なことを伝えるのを忘れてた」
ずっ。
大剣がリサの胴体を貫く。
「ごぶっ!?」
俺は彼女の耳元であの日、伝えるべき言葉を呟いた。
さようなら、リサ。
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