83話 魔王城への突入3


 カエデがふわりと扇を振るう。

 それだけで冷気が足下から這い寄り無数の氷像を作った。


 さらに二つ目の扇が振るわれ、強烈な風が巻き起こる。


 氷像は粉砕、氷の破片となり魔族は美しく散る。


「さぁ、おいでませ。ご主人様の第一奴隷である、このカエデがお相手をいたします」


 魔族達は、優雅に立ち振る舞うカエデに僅かだがひるんだ。


 だが、己を鼓舞するように武器を掲げ、敵は猛然と押し寄せてくる。

 その様子を見たカエデは、美しくも冷たい微笑を浮かべた。


 再び彼女は舞い踊る。


「特別にとっておきをお見せいたしましょう。氷結葬火」


 扇を振るうと、青い炎が発生する。

 それは波となって魔族を飲み込んだ。


 炎が消えた後には、凍えるような冷気と乱立する氷像だけがあった。


「なにいまの! 青い炎がでたらみんな凍ったわよ!?」

「一族に伝わる秘伝の一つです。レベルアップした今なら扱えるようですね」

「今までは使えなかったってこと?」

「ええ、残念ながら。なにせ未熟者でしたので」


 冷たい炎なんて初めて見た。

 なんとなく普通の魔法とは違う気がする。


 こんな時だが興味がそそられてしまう。


「きゅう!」

「しゃぁ」


 パン太とロー助が氷像を砕いて道を作ってくれる。

 俺達は階段までまっすぐ走った。


 地上に出ると、扉を開け放ち城内を進む。


「やけに静かね、下っ端は逃げたのかしら」

「先ほどの者達がそうだったのでは?」

「じゃあ、雑魚はほとんど倒したってことね」

「雑魚はな」


 エントランスでは、階段を塞ぐように一人の女性がいた。


 禍々しい手甲を両手にはめ、その顔には不敵な笑みを浮かべている。


「六将軍が一人、デネブだ。待っていた漫遊旅団」

「最後の配下か」


 俺は剣を抜く。


 が、デネブは構えることなく道を空けた。


「……なんのつもりだ」

「ワタシはお前達の争いに興味はない。重ねて言えば、あの魔王に命を捧げるほどの忠誠もない。将軍になったのは単純に賃金が良いからだ」

「戦うつもりはないと?」

「勝てない相手に戦いを挑むほど馬鹿じゃない。進みたければ好きにしろ」


 手をひらひらさせてこの場を去った。


 今までの将軍達は自ら戦いを求めていたが、デネブとやらはそういうタイプじゃないらしい。


 ピオーネも変わっていたが、魔族にも色々いるんだな。

 誰かと出会う度に違った価値観を教えられるよ。


「ご主人様」

「ああ、いまいく」


 リサと戦う為、階段を上った。





 ぎぃいいい。


 重厚な扉を開き、ようやく謁見の間へと至る。


 玉座に座るのはリサ。

 その背後にはセインがいた。


 俺はパン太とロー助を刻印に収納する。


 間違いなく激しい戦いになるだろう。

 悪いが眷獣を気に掛けている余裕はない。


「よく来たなトール、ここがお前の墓場だ」

「セイン。調子に乗らないでね、貴方は始末もできずおめおめと逃げてきたんだから」

「逃げたんじゃない、こちらへ誘導したんだ。リサがいれば僕も安心して戦えるからね。あんな兵士達じゃ、背中は任せられない」

「さすがは役立たずの勇者ね。言い訳だけは一人前だわ」

「くっ……」


 リサが立ち上がる。

 それに合わせてセインも並んだ。


「私が援護するわ、貴方はトールを」

「もちろんだ」


 セインは魔剣を抜いて力を解放する。


 剣から伸びた根は鎧の隙間から内部に入り込み、彼の全身へと侵食して行く。


 セインの眼が紅く染まり、体は二回りほど大きくなった。

 額から太い一本角が生え犬歯は鋭く伸びる。


 まるで魔族だ。


「トール、ずっとお前が目障りだったよ。初めて会ったあの日から」

「俺はお前に憧れていた。お前みたいになれたらと何度も思っていた」

「それがムカつくんだよ! 僕に憧れる? 笑わせるな! お前は出会った時から僕にない物を全て持っていた! 温かい家族、優しくて可愛い幼なじみ、住人からの厚い信頼、今は名誉も力すらも! なんなんだよお前!!」


 互いに踏み込み剣撃を打ち込む。


 火花が散り、衝撃波が部屋のあらゆるものを吹き飛ばした。


 至近距離で俺とセインはにらみ合う。

 剣は不快な音を響かせ鬩ぎ合った。


 周囲では、紅い炎と青い炎がぶつかる。


「クリムゾンフレア」

「氷結葬火」


 至るところで爆発が起き、熱風と冷気が吹き荒れる。


 爆発を掻い潜ったフラウが、リサの真上からハンマーを振り下ろした。


「ブレイクハンマー!」

「私にこんなもの効くわけないでしょ」


 リサは片手でハンマーを受け止めてみせる。


 だが、フラウはニヤリとした。


「フラワーブリザード」


 ぴしり、リサの首から下が凍り付く。

 すかさず空中で体を回転させたフラウが、もう一撃放つ。


 ど、すん。


 リサは弾き飛ばされ、壁へと直撃した。


「こっちは二人いるのよ。レベル800でも同時に相手にするのは至難の業でしょ」

「一対一なら負けるかもしれませんが、二対一なら勝機はあります」

「……そう、じゃあどこまでやれるか確かめてあげるわ」


 ほぼ無傷の魔王リサが立ち上がる。


 一方、こっちはセインと何度も剣を交差させていた。


「僕はさ、お前の両親が死んだと聞いた時、すごく気分が良かったんだ! お前がパーティーで段々と居場所を失っていく姿は、もう最高に幸せな気分だった!」

「どうしてそうなったんだ。俺が、悪かったのか?」

「そうだよ! 全部お前が悪いんだ! お前が僕の前に現れたから、全てが狂ってしまった! お前さえいなければ!」


 セインの力が急激に増大した。


 剣で剣を受け止めた俺は、強い衝撃に片膝を屈しそうになった。


 恐らく漆黒の鎧の力。

 鎧はミシミシ音を立ててセインの体を締め付ける。


「僕の歩む栄光の道にお前は必要ないんだよ! トール!!」


 セインの強烈な一撃が振り下ろされる。


 ざしゅ。


 次の瞬間、宙に腕と剣が舞った。

 鮮血が床を濡らす。


 俺は、大剣に付いた血を振り払った。


「ぎゃぁぁああああああっ! 腕が!」


 セインは右腕を押さえて床を転がる。

 しかし、そこにはもう腕はない。


「セイン」

「ひぃ」


 彼は床を這いずり魔剣を拾う。


 震える左腕で切っ先を俺に向けた。

 その顔は恐怖に染まっていた。


「な、なぁ、トール、今までのことは謝るから許してくれよ。僕ら親友だろ?」

「…………」

「全部出来心だったんだ。若気の至りってやつさ。村のおじさん達もよく言ってたじゃないか、失敗は誰にでもあるって」

「…………」

「改心するよ。だから仲直りしよう。きっとまた、リサやソアラやネイと楽しく冒険できるさ。今度こそ世界一のパーティーにしよう」


 俺が一歩進むごとに、セインも必死で後ろへ下がる。


 本気で言っているのか。

 全てを修復不可能にまで粉々にしたのはお前だろ。


 それにリサは魔王だ。


 仲良く冒険なんてできるはずもない。


「頼む、見逃してくれ。死にたくない」

「殺しはしないさ」

「トール! ああ、やっぱりトールは最高だよ!」


 俺は大剣を床に突き刺す。


 セインは助かったと勘違いして喜ぶ。


 こんな場所で殺しはしない。

 お前は連れ帰り、ちゃんとした裁きを受けてもらう。


 きっと、その方がセインにとって残酷だからだ。


「死にたくなければレベルを上げろ」

「え? え?」


 セインの魔剣を蹴り飛ばし、俺は大きく右の拳を振り上げる。


 これはネイやソアラの痛みだ。


「ひぎゅ!?」


 ずんっ。びしびし。


 セインの頬に拳がめり込み、床に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。

 もしかしたら顎の骨が砕けたかもしれないな。


 元親友は白目を剥いて気絶していた。


《ジョブコピーしますか? YES/NO》


 YESを選択して勇者のジョブをコピーする。


「あぐっ!」

「っつ!」


 爆音が響き渡り、フラウとカエデが吹き飛ばされた。


 二人は床を転がるもすぐに立ち上がる。


「もう倒されたの。やっぱり役立たずね」


 リサに目立ったダメージは見受けられない。

 二人の猛攻を受けて平然としているなんて、さすがはレベル800の魔王か。


 俺は歩み出て、対リサ用の戦闘スタイルを発動する。


「リサ、もう終わりにしよう」

「ぶふっ、なに言ってるの? まだ彼氏面? あんたとはそもそも始まってもいなかったんですけど?」

「そうじゃない。この戦いを終わらせると言っているんだ」

「あ、そう。どうでもいいけど」


 彼女は俺に杖を向けて魔法を放つ。


 だが、瞬時に大剣で炎を斬ってみせた。


「ばかな、魔法を、斬ったというの!?」


 リサは動揺したのか後ずさりする。


 始めよう、最後の戦いを。




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