79話 戦士、魔族の英雄と刃を交える


 ベッドで布団に包まるピオーネ。


「もう、お嫁に行けない……」

「悪かったよ。まさかまだ入っていたなんて思ってなかったんだ」

「ううううっ、三回も裸を見られた」

「すいませんでしたっ」


 再び深く謝罪をする。


 不可抗力とは言え、状況的には俺が悪い。

 入る前にきちんと確認すればよかったんだ。


 それにスライムの件に水浴びの件と、他でも裸を見てしまっている。


 ピオーネはさぞ傷ついていることだろう。


「……いいよ、許してあげる」

「!?」

「その代わり、魔王を倒してもボクに会いに来てね」

「もちろんだ! 会いに来る!」


 布団がもこもこ動いた。


 すっ、布団の隙間から紙が出てくる。


『魔族の神に誓い、トールはピオーネに必ず会いに来ます』


 なんだこれ、サインしろってことか?

 だが、口約束だけでは信じてもらえないかもしれないよな。


 ここはピオーネの気持ちを考えて、サインをする。


 差し出すと、手が出てきて紙を引っ張り込んだ。


「ちゃんと会いに来てね」

「約束は違えないさ」

「ボク、ずっと待ってるから」


 俺は軽く返事をして部屋を出た。


 部屋の外ではカエデとフラウ、それにパン太が待っていた。


「どうでしたか?」

「機嫌は直ったみたいだ」

「どうせそこまで怒ってなかったでしょうしね」

「?」


 そう、なのか?

 ずいぶんと謝った気がするが。


 けど、なんだかんだうやむやにしてきたことを、きちんと謝れたのはよかった。


 ピオーネにはずいぶんと世話になっているからな。


 魔族の友人というのも悪くないと思うのだ。

 リサやセインのことが片づいたら、改めてお礼をするつもりである。


「ご主人様、部屋の鍵はきちんと閉めておいてくださいね」

「ああ、宿とは言え何があるかわからないからな」

「それと知らない人が来ても、決してドアを開けてはいけませんよ」

「カエデ? 俺は成人しているのだが?」


 子供かなにかと勘違いしてないか。

 いや、確かに中身はまだ子供のようなものではあるが。


 大人っていつから大人になるんだろうな。



 ◇



 翌日、ピオーネに連れられ、地上にある宮殿へと案内された。


 はっきり言おう。

 魔族の王宮はヒューマンのよりもデカい。


 何重にも外壁に囲まれ、いくつもの門を越えなくてはいけない。


 その度に衛兵に睨まれピオーネが挨拶をした。


 国王がいる本宮殿に着くまでに、かれこれ三十分以上経過していた。


「遅い! いつまで待たせるつもりだ!」

「悪いな、ずいぶんと手間取ってしまって」


 武具を身につけたムゲンは会って早々に怒鳴る。


 予定時間を数分過ぎていた。

 怒るのも無理はない。


「ごめんおじいちゃん、ボクが道に迷ったのが悪いんだ」

「いいんだよぉ、ピオーネは何も悪くない。全てそこの男の責任だ」

「理不尽だろ」


 祖父というのはこう言うものなのだろうか?

 俺にはじいちゃんもばあちゃんもいなかったのでよく分からん。


 宮殿の方を見れば、入り口は開かれており、そこには国王らしき男性が椅子に座ってこちらを見ていた。


「本日は国王も同席される。無様なところを見せるなよ」

「分かってるさ」


 ムゲンから鋼の大剣を受け取った。


 すでに装備は全て外してある。

 今の俺は聖武具の力を借りられない状態だ。


「両者構えて」


 ピオーネが声をかける。


 それに合わせて互いに構えた。


 この戦いに審判はいない。

 負けを認めるか戦闘不能になるか、そのどちらしか終わらせる方法がない。


 無様な姿を見せない為にも、ジョブとスキルを発動しておく。


「始め!」


 先に動いたのは俺だ。


 瞬時に距離を詰め、ムゲンへ切り下ろす。

 剣を剣で防いだ彼は後ろへ下がるでもなく、横に逃げるでもなく、いきなり頭突きをかましてきた。


「ふんっ」

「っつ!?」


 マジかよこのじいさん!

 むちゃくちゃだ!


 次の瞬間には、ムゲンは俺の足を足で払っていた。


 不味いっ! 


 体勢が崩れながら、なんとか地面に片手を突いて後方へと飛ぶことができた。

 だが、すでに目の前にはムゲンがいる。


 再び剣と剣がぶつかり金属音が響いた。


「その若さでわしと同等のレベルか。久々に勇者と戦った日々を思い出したぞ」

「伝説の戦士と戦えて俺も嬉しいよ」


 やべぇ、剣が折れそうな雰囲気だ。

 やっぱり300クラス同士の戦いには耐えられないか。


 ……いや、じいさんの剣は普通だ。きしむような嫌な音もしていない。


 むしろ聖剣のような力強ささえ感じる。


 そうか、このじいさん魔剣士だったな。

 魔法で強化しているんだな。


 俺も魔剣士のジョブで土魔法を使い、剣を強化してみる。


 めきめきめき。


 みるみる剣に土が寄り集まりデカくなって行く。


「……なにをしているのだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! くそ、なんだこれ!」


 土が剣の上から剣を形成しようとしているのだが、サイズがどうもおかしい。

 みるみる十メートルを超えてそれでもなお成長していた。


 中断! 中断だ!


 ばらばら、土が剣から剥がれ落ちた。


 だめだ、じいさんのように上手く剣を補強できない。

 考えてみればまともに魔力も扱えていないのに、魔剣士なんて扱いきれるわけがなかったのだ。


「よし、仕切り直しだ! いくぞ!」

「くくく、やはり面白い奴だな」


 再び剣と剣を交える。


 なんとか折らないように手加減をしながら、じいさんをどうやって戦闘不能にするか思案する。


 手っ取り早いのは相手の剣を折ることだが、強度では向こうが上だ。

 竜騎士のジョブで弱い点を突くこともできるが、今の技量ではこちらの剣も折れてしまうだろう。

 それでも引き分けに持ち込める。


 問題はあのじいさんが簡単に折らせてくれないことだ。


 かといってじいさんの体を斬ろうとしても、折れる可能性が上がるだけ。


 レベル300台の人間の体は非常に硬い。

 当たり所が悪ければ鋼でも折れてしまうだろう。


 どちらにしろ、やはり技量が足りない。


「拙いな。わしの剣が魔剣なら、貴様はすでに三度死んでいるぞ」

「だろうな。俺も四回は死んでる気がしてた」

「なかなかすじがいい。本当は六回だったのだが、四回は見抜くことができたか」

「うげ」


 化け物かよこのじいさん。

 まだ五分も経っていないのだが。


 できれば自分の実力で勝ちたかったが、こうなったら模倣師を使うしかない。


 じいさんの動きをジョブで模倣する。


「むむっ、格段に動きがよくなった!? これは、わしの動きか!」

「真似させてもらう事にした。じいさんからは多くのことが学べそうだからな」

「くはっ、くははははっ! よかろう、真似てみせるがいい!」


 足の運び、呼吸、視線、タイミング、あらゆるじいさんの動作を真似る。


 ただ、より勝負はつかなくなった。

 技量がほぼ同等になってしまったのだ。


 だが、それでもよかった。


 じいさんの動きを真似ながら、俺はひたすらに動きの意味を理解しようと頭を回転させ続ける。


 刃を交えるほどに体は動きを覚えようとした。


 もうすぐ、もうすぐ本当の俺が追いつけそうな気がする。

 戦いの中で急成長している実感があった。


 そして、理想の俺と現在の俺が重なる。


「でりゃあっ!」

「ふがっ!?」


 じいさんに頭突きをかましてやった。


 どうだ、みたか。

 あんたにやられた一発は返したぞ。


「よかろう、わしの負けだ」

「!?」

「すでに実力は拮抗していた。このまま続けてもいずれは剣を折られていただろう」

「じいさん……」


 ムゲンは剣を収め宮殿へと向かう。


「陛下、あの者は紛れもなく魔王を討つ者でございます。魔法陣使用の件、なにとぞご許可をいただきたく存じます」

「其方がそう言うのならば信用しよう。ヒューマンの英雄に力を借りるのは癪ではあるが、あの魔王リサは魔族をも滅ぼす厄だ。今回は目を閉じることにする」

「ご英断に感謝いたしまする」


 どうやら俺がヒューマンだということは報告されていたらしい。

 それでも信じてくれたのはムゲンへの信頼だろう。


 俺達は国王へ一礼した。




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