78話 戦士、決闘に血をたぎらせる


 俺達は応接間のような部屋へ通され、ソファに腰を下ろす。

 窓からは川の流れがよく見えた。


「その格好、魔王の討伐を受けた英雄のようだな」

「一応、勇者と言う事になっている。ジョブはないがな」

「ジョブなしの勇者か。ヒューマンもなかなか面白いことする」


 湯飲みと呼ばれる器でお茶をすするムゲンは、俺の話を愉快に思ったのか笑っていた。


 この人物、全く隙がない。

 もし戦ったとしたら九割方俺が負ける気がする。


 培われた戦闘技術は時として、レベル差を埋めるに留まらず、凌駕することがあるそうだ。


 必ずしもレベルやスキルが絶対ではない。


 あくまで基礎能力であり、それを使いこなし活用するのは持ち主次第なのだ。


 俺は未だ力に振り回されている状態。

 一方は永い時間を掛けて鍛え上げた歴戦の強者だ。

 勝ち目がなくて当たり前だ。


 ただ、それでも戦ってみたいと思うのは、戦士としての意地だろうか。


「で、我が国にある転移の魔法陣を使いたいと言う話だったか、あの目障りな魔王を倒してくれるというのなら願ってもない話だ。しかし、無条件というのは同意しかねる」

「おじいちゃん!?」


 ピオーネが声をあげるが、俺は彼女を手で制した。


 こちらも無条件に魔法陣を利用させてもらえるとは考えていない。

 なぜならこれは、魔王に対し明確な敵意を向けることになるからだ。


 失敗すれば、この国と魔王との戦争が勃発する。


「あのリサとか言う魔王は、我ら魔族を道具としか見ていない。つい先日も使者が来てな、ヒューマン共の侵攻を防ぐ盾となれなどとのたまう始末だ。こちらにも選ぶ権利くらいあるのを知らぬのかと呆れたものだ」


 よほど不満が溜まっていたのか、彼はさらに話を続ける。


「我らは魔王就任の祝儀として、多くの物資と金を送ったのだ。それをあの女は『少ない』と使者をその場で斬り捨てた。おまけに無条件で傘下に入らなければ攻撃する、などと脅してくるのだ。じつに無礼極まりない、あのような魔王に力を貸す我らではない!」


 湯飲みをテーブルに叩きつけた。


 話をしている内に怒りが再燃したのだろう。

 なんというかお気の毒としか言いようがない。


 だがしかし、魔王を裏切る理由はよく分かった。


「さらにだ! あの女、よりにもよって我らが宿敵である勇者を引き込みおった! 歴代魔王は堂々と戦い、我らにその雄姿をお見せになったというのに! なんだその軟弱は! 魔王なら正面から戦え! ふぐぅううう、血圧が上がる!!」

「おじいちゃん、落ち着いて。冷静になろうよ」

「すまんのピオーネ。興奮しすぎてしまった」


 頭を撫でられるムゲン。

 とたんにだらしない顔になる。


 ハッとした彼は、座り直して襟を正した。


「とにかく条件がある。こちらも危ない橋を渡ることとなる、絶対に失敗は許されんのだ」

「条件とは?」

「わしと戦い勝利せよ」


 やっぱそうなるよな。

 実力も分からない奴に頼まないよな。


 ヤバいな、勝てないかもしれない。


 なのに俺は自然と笑みを浮かべていた。


「くくく、わしを相手に笑うか。面白い男だ」

「これでも戦士の端くれなんだよ。すげぇ奴と戦ってみたいって思うのは普通のことだろ」

「さてはお主、馬鹿だな。だが、わしはそう言う奴は好きだ」


 じいさんもな。

 馬鹿だから分かる。あんたも相当の馬鹿だろう。


「明日、宮殿前にて戦いを行う。場所はピオーネに聞くとよい」

「ちなみにどこまで使っていい?」

「スクロールなどのアイテムは禁止。そこにいる者達の協力もなしだ。一対一の勝負。それと、聖武具も使用を禁ずる。武器はこちらが用意したものを使え」

「分かった」


 武器に関しては若干不安だが、そろそろ聖剣なしで武器を扱えるようにならないといけないよな。

 力のコントロールを覚える良い機会にさせてもらおう。


「ところでピオーネとはどのような関係だ」

「ん? 普通に友人だが?」

「ならばよい。それ以上仲良くなるなよ。ピオーネは誰にもやらん」

「おじいちゃん!?」


 どんだけ孫が大好きなんだ。

 まぁ、確かにピオーネは可愛いが、そう言う目では見ていないし、見られてもいないだろう。


 安心していいさ、じいさん。


「ピオーネさん、ご主人様は鈍感ですからね」

「うえ!?」

「とにかく頑張りなさいよ。応援はしないけど」

「うぇぇ!?」


 なぜかピオーネが驚愕の表情で俺を見る。


 どうして泣きそうなんだ??



 ◇



 ムゲンとの話が終わり、俺達は宿ではなく外で夕食をとることにした。


 川側に席が設けられた食事処。

 辺りはすっかり薄暗くなり、向かいの壁は建物の明かりでオレンジ色に輝いている。


 壁と壁との間には、紐で吊された明かりが垂れ下がり、涼しい風が谷を吹き抜けて行く。


 遠い場所の幻想的な光景は、別世界に来たのだとすら思わせる。


「これがここの名物だよ」

「デカい海老だな」


 置かれた皿には、手の長い大きめの海老が載せられていた。

 茹で上がったばかりなのか、赤い甲殻から白い湯気が昇る。


 頭と胴の部分を割れば、白い身が露出し、頭部にはミソがたっぷり詰まっていた。


「大味かと思いましたが、繊細で美味しいですね」

「そうなんだ、ここのエビは他国でもすごく有名でね。これを求めて多くの人がこの街にやってくるんだ」

「あむっ、でもよく見るとここっていろんな種族がいるのね」

「うん、まぁね」


 向こう側の道を見れば、ビースト族やリザードマンを時折見ることができる。


 どうやら暗黒領域で暮らすのは魔族だけじゃないらしい。

 こうしてみると魔族側もヒューマン側とさほど変わりないのかもしれない。


「ごめんねトール。まさかおじいちゃんと戦うことになるなんて」

「いいさ別に。ムゲンに勝てなきゃリサには勝てないだろうし」

「もしおじいちゃんに殺されそう、って感じたら早めに負けを認めるんだよ? おじいちゃんって、すぐに本気になって相手を殺そうとするからさ」

「お、おお……気をつける」


 話を聞くに手加減は望めそうにない。

 本気でやらないと死ぬかもな。


 けど、この機会は本当にありがたい。


 本気でぶつかれる相手に巡り会うのは今では苦労するのだ。


 ムゲン相手にどこまでやれるか、存分に試してやろうじゃないか。


「ご主人様、楽しそうですね」

「ああ、あのじいさんにどこまで通用するのかワクワクしている」


 隣にいるカエデは嬉しそうに眺めながら、尻尾をすりすりしてきた。

 頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。


 明日は二人の主として、恥ずかしくない戦いをしないとな。





「……よし」


 宿に戻った俺はドアを開けて、廊下に誰もいないことを確認する。


 俺はこれから風呂に向かうつもりだ。

 男性客が入れるのは深夜近く。


 宿には風呂が一つしかないらしいので、時間帯で男湯と女湯が決まっているらしい。


 すすす、通路を素早く進み曲がり角で身を隠す。


「今日さ、男が一人泊まってるらしいわよ」

「どうせ女見たさの馬鹿な奴でしょ。たまにいんのよ、変な夢抱いて泊まりに来る奴」

「現実を知って幻滅するだけなのにね」


 下着姿の女性が話をしながら通り過ぎて行く。

 しかも上半身はタオルを首に掛けてるだけ。


 なんてだらしない格好だ。


 だが、幻滅はしないぞ。

 むしろ感謝したい。

 一時の夢をありがとうございます。


 再び通路を走り、なんとか風呂場へと入ることができた。


「ふぅ」


 わざわざ隠れなくてもいいのだが、なんとなく堂々とすれ違うのはためらわれた。


 あんな、あられもない姿を前にして、どこに目を向ければいいのか分からない。

 それにもし胸なんて見ていることがバレたら、叫ばれるかもしれない。


 穏便に夜を過ごす為には、視界に入るべきじゃない。


 服を脱いで籠の中へ。


 タオルを肩に掛けると、さっそく浴室へと向かう。


 グレイフィールドで習った作法はしっかり覚えている。

 まずは体を洗ってそれから湯船に浸かるんだ。


 湯気が満ちた浴室を進み、適当な椅子に座る。


 お、なんだここには石鹸が備え付けられてるのか。


 しゃかしゃか石鹸で頭を洗い、それから体も丁寧に洗う。

 ざばぁ、お湯を頭からかぶれば完了。


 いざ、湯船へレッツゴーだ。


「ふぅうう、極楽だな」

「誰かいるの?」


 じゃばっ、水音がして人影が近づいてくる。


 おい、おいおいおい、ここには俺だけのハズだろ。

 どうして他の奴がいるんだよ。


 現れたのは全裸のピオーネだった。


「ひぃ、トール!?」

「待ってくれ、落ち着いてくれ!」


 ピオーネを抱き寄せて口を押さえる。


 叫ばれたら問答無用で俺が罪人になる。

 そうなれば色々と不味い。


「ピオーネさん、もう出ないとご主人様が……」

「「あ」」

「ほへほえ~」


 浴室をのぞき込んだカエデと目が合い、ほぼ同時にピオーネが湯の中に沈んだ。




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