77話 魔族の英雄と戦士
石材で覆われたシンプルな個室。
窓を開けるとすぐ真下では激流の川があった。
向かいの壁では無数の店と人が見える。
ピオーネが言っていたが、ここの夜景は実に素晴らしいそうだ。
今から非常に楽しみである。
ただ、ワクワクしつつ緊張もしていた。
「男は俺だけ……」
ベッドに腰掛けて先ほどの光景を思い出す。
受付を済ませ部屋に行く途中、裸にタオルを巻いただけの女性と何度もすれ違ったのだ。
しかも向こうは気にした様子もなく、平然と真横を通り過ぎていった。
その時の俺は、さぞ挙動不審だっただろう。
「よし、宿にいる間は一人で出歩かないようにしよう。そうすればトラブルなく無事に過ごせるはずだ。決まりだ」
コンコン。ドアがノックされたので返事をする。
ぴょこ、と顔を出したのはカエデだった。
「ご主人様、ピオーネさんが紹介したい方がいるとおっしゃっていますが、いかがいたしますか」
「会わせてもらうよ」
「では準備ができ次第訪問いたします」
そう言ってから、カエデはなかなかドアを閉めない。
隅々まで部屋を観察しているようだった。
「どうした?」
「いえ、ずいぶん女性部屋と違うなと」
「一緒じゃないのか」
「はい。お花が飾られた華やかなお部屋です」
女性優遇、と謳っているだけのことはあるな。
些細な点でも差を付けているようだ。
だが、俺としてはこれくらいのシンプルな部屋がいい。
無駄にゴテゴテ飾られたのはあまり好みではない。
「このお部屋はご主人様にふさわしくありません。受付に別の部屋がないか聞いて参りますね」
「待て、このままでいいから。この部屋で充分満足してる」
「ご主人様がそう言うのなら……」
カエデは少し不満そうだったが、納得したらしい。
宿なんて気持ちよく寝られればそれで充分だ。
それにこの宿には風呂があるそうなので、俺としては言うことがないくらいすでに贅沢な気分だ。
湯上がりで飲む酒は美味いだろな。
実に楽しみだ。
◇
俺達はピオーネにとある屋敷へと案内された。
ただ、そこは地上にある建物と違い、壁の中に作られたものだった。
しかも谷のかなりのエリアを占有しているらしく、谷の間に架かった橋を経由して行ったり来たりする。
紹介したい人物が暮らすのはそんな場所の下層らしい。
狭い階段を下り、ようやく装飾の施された大きな門の前へと到着する。
「止まれ。何者だ」
「用がなくばすぐに戻れ」
門の前には、衛兵らしき二人の男性が立っていた。
ピオーネが前に出て顔を見せた。
「これはピオーネ様ではありませんか」
「うん。彼らはボクの連れだよ。ところでムゲン様はいらっしゃるかな」
「しばしお待ちを」
衛兵の一人が奥へと入る。
数分ほどして扉が開けられた。
「奥でムゲン様がお待ちです。どうぞお進みください」
「ありがとう」
本宅とでも言えばいいのか、ムゲンの暮らす屋敷は壁の中なのに煌びやかだ。
壁には絵が掛けられ、女性や男性を模した石像が至る所に置いてある。
一番奥の扉では、衛兵が立っていて俺達を見るなり扉を開けてくれる。
「よく来たなピオーネ」
「数ヶ月ぶりでしょうか閣下」
「うむ、もうそのくらいになるか」
謁見の間にてピオーネと俺達は、椅子に座る人物に一礼する。
白髪交じりの体格のいい男性。
服装は平民とさほど変わらないが、紺色のマントを羽織っていることで、彼が貴族であることは一目瞭然だった。
「トール達に紹介するよ。この方はこの国の公爵、ムゲン様だよ。二人の勇者と戦って退けた我が国の英雄なんだ」
「よせよせ恥ずかしいではないか。だが、どうしてもその時の話が聞きたいというなら、しぶしぶ話してやらんでもないぞ」
ムゲンは髭をイジりながらも、自慢話をしたくてうずうずしているようだった。
二人の勇者を退けたってことは、少なくとも二百歳以上ってことだよな。
かつての勇者と死闘を繰り広げた人物と会えるなんて、歴史的ロマンにドキドキしてしまう。
「む、この感じ……看破!」
ムゲンの力によって俺とカエデの偽装が剥がれる。
しまった、ムゲンには看破スキルがあったのか。
露わとなった本当の姿を見て、彼は髭を撫でながらニヤリとした。
「ピオーネよ、まさかヒューマンだと知らず連れてきたのではあるまいな」
「もちろん存じた上で連れて来ました」
「ほう、ならば何故なのか聞かせてもらおう。つまらぬ話だったら孫と言えど、ただでは済まぬと思え」
「承知しておりますお爺様」
お、お爺様!? 孫!?
そんな話聞いてないんですけどピオーネさん!??
「あ、ごめん、紹介が遅れたね。ムゲン様はボクの亡きお父様のお父上なんだ。おじいちゃん、この人達はボクの領地を助けてくれた冒険者で、トール、カエデさん、フラウさんだよ」
「ば、ばかもの、人前でおじいちゃんと言うな。威厳がなくなるだろう」
「でも、おじいちゃんの可愛いところをみんなにも教えたいのに」
「ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬ、ピオーネや! わしのピオーネ!」
威厳などどうでもよくなったのか、ムゲンはピオーネに抱きついて頬ずりする。
孫を可愛がるただの好々爺にしかみえない。
しかし、相手は魔族の公爵、しかも並々ならぬ気配を感じる。
それとなくカエデにレベルを聞く。
「あの方、レベルが320もあります。スキルも強力なものばかり、ですがそれ以上に戦闘技術がずば抜けているように感じます。あとはジョブが魔剣士ですね」
「あのレアジョブの!?」
魔剣士――攻撃に魔法を付与する特殊なジョブだ。
通常ならできない睡眠や麻痺などの魔法を、攻撃にのせることができ、一般的には最強クラスのジョブとして認知されている。
欲しい。魔剣士のジョブがあれば、俺も炎の剣が実現できる。
この手でロマンを叶えることができるのだ。
《ジョブコピーしますか? YES/NO》
お? おおお?
そういえばそんなスキルあったな。
YESを押してみる。
Lv 305
名前 トール・エイバン
年齢 25歳
性別 男
種族 龍人
ジョブ
戦士
竜騎士
テイムマスター
模倣師
グランドシーフ
コピー・魔剣士
スキル
ダメージ軽減【Lv50】
肉体強化【Lv50】
経験値貯蓄【Lv47】
魔力貯蓄【Lv38】
スキル経験値貯蓄【Lv38】
ジョブ貯蓄【Lv2】
スキル貯蓄【修復中】
スキル効果UP【Lv50】
経験値倍加・全体【Lv50】
魔力貸借【Lv50】
スキル経験値倍加・全体【Lv22】
竜眼【Lv22】
使役メガブースト【Lv22】
ジョブコピー【Lv22】
超万能キー【Lv-】
権限
Lv5ダンジョン×1 使用中
本当にコピーしている!
こ、これで俺も炎の剣が使えるのか!
しかし、コピーっていくらでもできるのだろうか。
気になったので、フラウの鍛冶師をコピーしてみる。
すると魔剣士が消えて鍛冶師がステータスに記載された。
コピーできるのは一つだけのようだ。
だが、それでも充分に素晴らしいスキルである。
改めて魔剣士をコピーして俺はほくほく顔となる。
「おほん、恥ずかしい姿を見せてしまったな。それでここへきた話を聞かせてもらおうか」
「トール達は魔王を倒しに来たんだ。だから協力してもらいたくてさ」
「魔王を……それはずいぶんと穏やかな話ではないな」
ムゲンの目が俺に向けられ、全身に殺気がのしかかる。
今まで出会った誰よりも冷たく強烈な気配。
以前の俺ならこの場にいるだけで気絶していただろう。
不意に殺気がなくなる。
「わしの殺気に耐えられるのならある程度はできそうだな。よろしい、話を聞くだけ聞いてやろう。協力するかはその後だ」
「ありがとうおじいちゃん!」
「そうだろそうだろ、いつだっておじいちゃんはピオーネの味方だからのぉ」
ピオーネと俺に対する落差が激しい。
本当に協力してもらえるのだろうか。
今からすでに不安だ。
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