76話 魔族の都と戦士
俺達が現在いる国はアスモデウという。
暗黒領域に複数ある国家の一つだ。
歴史は古く、あの魔王クオルの生まれ育った国としてよく知られている……らしい。
魔王と言っても決して全ての魔族の王ではない。
特別視されるのは、魔王のジョブに魔族の力を底上げし、経験値を増やす効果がある為だ。当然気に入らなければ敵対し、亡き者にしようとする勢力も現れる。
「――魔王のジョブを発現する人は決まって強欲なんだ。だから結果的にヒューマン側へ侵攻することになる。ヒューマン側も歴史があるから、魔王を始末しないと安心できない。この繰り返しがずっと続いているんだ」
ピオーネの話を聞いて納得する。
当たり前のように魔王と勇者の伝説を聞いてきたが、考えてみれば俺はどうして戦っているのかを知らなかった。
きっとこんなことにならなければ、一生知らなかったに違いない。
背中をフラウが飛び跳ねる。
そうそう、そこをもっと踏んでくれ。
「それに魔王城のあるエンキドは、魔族の中でもより極端な実力主義者が集まる国でもある。魔族領域でもかなり特殊な場所なんだよ」
ほうほう、つまりリサに従ってる魔族はほんの一部だということか。
「ここ、すごくこってるわよ」
「おおお、いたきもちいい」
「なかなかほぐれないわね。えいっ」
「ぐほっ!?」
背中のフラウが腰の辺りを殴る。
痛みに俺の体は大きく反った。
たのむ、手加減してくれ。
「パン太、すっかりピオーネさんに懐きましたね」
「きゅう~」
「可愛いよね。この足の辺りを撫でるとすごく喜ぶんだ」
「「「足??」」」
俺もフラウも、焚き火で夕食を作っているカエデも目を点にする。
あれ、パン太って足なんかあったか?
まったく記憶にないんだが。
「どこが足なんですか」
「ここ、突起みたいなのがあるでしょ」
「本当です! 小さい足があります!」
「マジかよ」「うそでしょ」
起き上がって触ってみる。
指先に小さな動く突起があった。
それが四つ。
毛に埋もれていて気が付かなかったが、パン太には足があった。
足の根元を触るとパン太の目がとろーんとする。
やっぱ、眷獣って不思議な生き物だよな。
何ができて何ができないのか未だに多くが不明だ。
「しゃあ」
「きゅう!」
見回りをしていたロー助が戻ってくる。
反応したパン太は、カエデの後ろに隠れて『先輩を敬え』的な態度を露わにした。
ロー助はそれに慣れたようで、パン太を無視して俺に体を擦り付ける。
「きゅう! きゅきゅ!」
そのせいでパン太の機嫌はさらに悪くなった。
◇
馬で道をひたすらに進む。
並走するのはピオーネを乗せたもう一頭の馬だ。
「もうすぐ都だよ!」
「本当にこの先にあるのか?」
森に入ってかなりの時間が過ぎている。
道は進めば進むほどに森の奥へと続き、次第にゴツゴツとした大きな岩を見かけるようになった。
遠くには切り立った山が見え、複数のワイバーンが飛んでいる。
どどどど。
遠くから大量の水が流れ落ちる音が聞こえた。
どうやら先に滝があるようだ。
「止まって!」
ピオーネが馬の足を止めるので、俺も同様に足を止めさせる。
前方には谷があった。
下をのぞき込むとかなり深いことが分かる。
底には大量の水が流れ、すぐ近くには大きな滝が見える。
「到着だよ。ここがアスモデウの中心地だ」
「ここが? 街なんかないぞ?」
「すぐに分かるよ」
ピオーネが案内した場所には、下へと続く階段があった。
俺達は馬から下り、足を踏み外さないように慎重に階段を行く。
「はぁぁ、もう一ヶ月くらい、ご主人様と馬に乗っていたい人生でした」
「落ち込むな。今度馬の乗り方を教えてやるからさ」
「ごしゅじんさま~!」
手綱を引くカエデが目を輝かせる。
狐耳がぴんと立ち、尻尾はぱたぱた振られていた。
楽しみにしてもらえるなら俺も嬉しい。
実は移動中に、カエデと二頭の馬で走れたらと思っていたんだ。
「それ、フラウにも教えてくれるんでしょうね」
「きゅう」
パン太に乗ったフラウが、眉間に皺を寄せている。
おっと、片方の奴隷ばかり可愛がっては不公平だよな。
フラウも俺の可愛い奴隷なんだ。
「もちろんだ。でも、空が飛べるのに馬が必要なのか?」
「いざという時、乗れたら便利じゃない。まさか主様とカエデを一人で飛んで運べって言うつもり」
「あー、なるほど」
そこまでの想定はしてなかったな。
俺とカエデが倒れてフラウ一人になった時、馬を操れたら確かに便利ではある。
しかし、その場合はパン太に乗せて貰う方がいいのでは……?
いや、騎乗の技術はあって困ることはない。
せっかくフラウがやる気なのだから、同様にきちんと教えるとしよう。
「ボクも教わりたいなぁ」
「ピオーネは俺より上手く乗れてるじゃないか」
「えーっと、たぶんそろそろ乗れなくなると思うんだ」
「……言っている意味が分からん」
「実は魔族は、20歳を過ぎると馬に乗れなくなるんだ」
な、んだと。
そうだったのか。知らなかった。
「絶対嘘でしょ」
「嘘ですね」
「いいじゃないか! ボクだってトールに教わりたいんだ!」
フラウとカエデのジト目に、ピオーネは泣きそうな顔だ。
そうか、今のは冗談だったのか。
危うく信じるところだった。
魔族のことをよく知らないから、本気で乗れなくなるのかと思ったじゃないか。
「それにしてもここは景色が良いな」
「でしょ? ボクもここから見る眺めは大好きなんだ」
ここから見る大きな滝は実に雄大である。
晴れているおかげで虹が架かり、長い階段も苦にならなかった。
くねった階段を下りきれば、その先には横に走る長い通路が待っている。
谷の壁面をくりぬいて作られた道は、太い柱が並び、その間からは川を挟んだ向こう側の様子を観察することができた。
「壁の中に街があるのか」
「ははっ、すごいでしょ。遺跡を利用して作られてるんだ」
ピオーネの話によると、この街はそれ自体が、未だ未解明部を残す遺跡だそうだ。
今もなお探索は続けられており、多くの冒険者がこの街に訪れるのだとか。
「おおおっ」
通路を抜けた先には、店の並ぶ通りが存在していた。
しかも大勢の魔族が行き交い、一部の者達は柵のある川側に向いて、ジョッキで酒らしきものを飲んでいる。
初めて見る光景に興奮してしまう。
これこそが旅の醍醐味。
想像を超える景色との出会いは、いつだって心をときめかせてくれる。
「とりあえず宿をとろうか。お勧めがあるから付いてきて」
「何から何まで世話になるな」
「いいよ、今は漫遊旅団のメンバーみたいなものだし」
ピオーネはにこりと微笑む。
案内されたのはとある宿だった。
『女性優遇宿バニースイート』
どうやらここはピオーネの知り合いの店らしい。
サービスがよくここに来た際は、必ず利用しているそうだ。
女性が優遇される高級宿、のようだ。
俺としては気持ちよく寝られればどこだっていい。
ふかふかの布団さえあれば充分だ。
宿のドアを開ける。
すると、宿泊していた客の集団がどっと出てくる。
「やっぱりここ、最高ね」
「お風呂もあってマッサージも受けられるなんて贅沢」
「またみんなで来ようね」
「さんせーい」
七人ほどの女性客が嬉しそうにはしゃいでいた。
そう、全て女性だ。
「ここは女性の多い店だけど、ちゃんと男性も泊まれるから。大丈夫」
「だが、さすがにここは……」
「まぁまぁ、泊まってみればここの良さがわかるよ」
「お、おい」
ぐいぐい背中を押されて宿の中へ。
そして、受付にいる女性従業員の前で足を止める。
ビースト族兎部族の可愛らしい女性だった。
「ようこそバニースイートへ。現在の利用者数は女性30、男性0です」
「あ、はい、よろしくお願いします」
チェックインした。
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