80話 魔王城への突入1


 ムゲンとの試合が終わり、俺達は彼の屋敷へと招かれることとなった。

 今夜は彼の屋敷で過ごすことができるらしい。


「好きなだけ食べなさい」

「なんか悪いな、豪勢な飯なんか用意してもらって」


 テーブルの中央では、一メートル以上もあるカニが鎮座している。


 さらにその周囲に、魚の塩焼きに見たこともない野菜のサラダなどが置かれていて、調味料もなじみのない茶色いどろりとしたものが用意されていた。


「今やお主はわしの弟子みたいなものだからな」

「あぐっ、むぐむぐ……弟子?」

「短い時間とは言え、わしの基本的な技術をほぼ全て吸収したのだ。まぁ、まだまだひよっこだが、将来有望なのは確かだな」


 弟子かぁ。いいなそれ。


 魔族が師匠なんてちょっと変な感じだが、じいさんはそんなの関係ないくらい尊敬できる人物だ。

 正直、模倣師がなければ俺に万が一も勝ち目はなかった。

 しかも向こうは手加減してたからな。


 本気だったら模倣師を使ってもやられてた気がする。


「よかったですねご主人様。ムゲンさんは素敵なお師匠様だと思いますよ」

「ああ、俺も嬉しいよ。ようやく誰かに師事できてさ」


 隣にいるカエデは柔和な笑みで俺の言葉を聞いてくれる。

 いつの間にか席が近づいていて、尻尾ですりすりされていた。


 目の前をパン太が通過して、目的のサラダをもしゃもしゃする。


「ちょっと白パン、それフラウも食べたいんだけど」

「きゅう!」

「なに、邪魔する気?」

「きゅ」

「ふにゃ!? こいつ、体でブロックしてくる!?」


 器の中に頭を突っ込んだパン太に、フラウは跳ね返される。


 しょうがないので俺の方にあるサラダを差し出した。


 今やフラウもヒューマンサイズになれるが、決まって食事の時はフェアリーサイズだ。

 その方が沢山食べられるからだろう。

 カエデも一度で良いので、山ほどのデザートを食べたいとうらやましがっていた。


「はい、トール。お肉をとってあげたよ」

「ありがとう」

「ご主人様、お口の横に付いています」

「あ、ありがと」


 隣のピオーネに料理を差し出され、反対側に座るカエデに口に付いた欠片を、つまんで食べられてしまう。


 さすがにこの状況は恥ずかしいな。

 二人の気遣いはとても嬉しいのだが。


「おほん、そろそろ魔法陣の話をしないといけないな」

「そうだよ、それを忘れてた」


 じいさんの声に全員が集中する。


 これから聞かされる話は大変重要だ。

 この為にここまで来たと言っても過言ではない。


「ここにある魔法陣は本来、魔王城の緊急用として保持されていた。魔王城の地下には広大な遺跡があってな、その最深部と繋がっているのだ」

「脱出経路ってわけか。でも、リサもそのことは知っているだろ?」

「確かにご主人様の言う通りです。そこを放置するなんて、普通に考えればあり得ないと思いますが」

「もちろん簡単には侵入できん。転移した先には、強力な門番が待ち構えているからな」


 ムゲンは席を外し、奥の部屋へと移動した。

 しばらくしてから一枚の紙を持って戻ってくる。


 彼はそれを俺に差し出した。


「それは地下遺跡の大まかな地図だ」

「大切な物なんじゃないのか」

「馬鹿者、それは複製だ。本物を渡すわけなかろう」


 ですよね。

 そうだと思いました。


 地図を開いて確認する。


 地下遺跡は八層あるらしく、地上までの最短ルートのみが記載されていた。

 ぱっと見はすぐに上に行けそうな感じだが、縮小されているのでそうじゃないのだろうな。


「小さく見えるだろうがその遺跡はとんでもなく広い。お主に渡したのは簡易版の複製だ。道に迷う可能性もあるから、充分に注意しておくように」

「それでその門番ってのは?」

「三体いる。で、最初の一匹が魔法陣を越えたすぐ先にいる」


 ふむ、三体もいるのか。

 たぶん、今の俺達なら余裕で勝てるだろうが、警戒しておくに越したことはない。


「それと、これは先ほど入った報告なのだが、勇者の率いる魔王軍が近隣の国を攻め落としたそうだ。そう遠くない内にここにも来るだろう」

「セインが!?」


 名前を聞いただけで体が硬直するのが分かった。


 あまりゆっくりしている暇はないようだ。

 ここを守る為にもリサとの戦いを急がないといけない。


 だが、ムゲンは逆に楽しそうだ。


「今代の勇者がどれほどか戦ってみたいと思っていたのだ。む、なんだその顔は、まさかこの国がたかだか寄せ集めただけの魔王軍に、負けるとでも考えているのか」

「勝算はあるんだな」

「いや、ない。しかし確固たる自信はある。なぜならこの国には、わしやわしの弟子達がごまんとおるのだ。軽くねじ伏せてくれる」


 意地の悪い笑みを浮かべ、まるで戦いが待ち遠しいようだった。


 そういえば魔族って好戦的だったな。

 しかも、このじいさんがいるとなるとセインもずいぶんと苦戦するだろう。


「明日には魔法陣へ案内する。今夜はゆっくり休むといい」


 じいさんの言葉に頷く。



 ◇



 アスモデウの都は壁に形成された街だ。

 その壁の中では迷路のように通路が張り巡らされ、店や住居が無数に点在している。


 さらにその奥には、冒険者しか立ち入らないエリアが存在していた。


 通称、遺跡エリアである。


 内部は非常に広大かつ複雑であり、未探索エリアが今もなお複数存在している。


 その一画に、魔王城への転移魔法陣は存在していた。


「無理だと判断したら戻ってこい。恐らくその心配はないだろうが」

「気をつけてね。無事に魔王の元へたどり着けることを祈ってるから」


 ムゲンとピオーネの言葉に頷く。


 目の前には大きな魔法陣が輝いている。

 リサの足下と繋がっていると思うと、どうしても緊張してしまう。


 果たして勝てるだろうか。


 やはり不安はある。


「そうだ、二人にはこれを渡しておくよ」


 俺は懐からスキル封じのスクロールを取り出す。

 それをピオーネに渡した。


「そんな貴重な物もらえないよ!」

「受け取ってくれ。セインは誘惑の魔眼を所有している。ピオーネは可愛いからな、もしかすると魔眼で取り込もうとするかもしれない」

「可愛いなんて、恥ずかしいよトール」

「……なんで照れてるんだ?」


 ピオーネは顔を押さえて耳を赤く染めていた。


 代わりにムゲンが受け取りニヤリとする。


「碌でもない勇者だとは知っていたが、そこまで救いがたい相手だったか。よかろう。わしらの前に現れた際は、遠慮なくこのスクロールを使わせてもらう」


 これで後顧の憂えなく、戦いに身を投じることができる。


 頼んだぞ、じいさん、ピオーネ。


「ご主人様」

「やるわよ主様」

「きゅう」

「しゃあ」


 カエデにフラウ。

 そして、パン太にロー助が待っていた。

 刻印の中でサメ子が鳴いた気がした。


 いざ、魔王城へ。


 漫遊旅団の出撃だ。


 俺達は魔法陣へと飛び込む――。





「っと」


 無事に向こう側に到着。

 カエデが素早く光を創り出した。


 浮かび上がるのは冷たい空気に満ちた石の大広間だ。


 無数の柱が並び、嫌なほど静か。


「言ってた通り、迷子になりそうな場所ね」


 ヒューマンサイズのフラウが、ハンマーを肩に乗せて周囲を観察する。


「カエデ、索敵を頼む」

「はい……向こうに反応が一つあります」

「敵は?」

「スカルドラゴンとだけ」


 最初の敵はアンデッドか。

 しかもドラゴンときている。


「パン太、戻れ」

「きゅう!」

「おい」


 珍しくパン太がいやいやと拒否を示す。

 それはまるで『自分もメンバーだから戦う』と言っているようだった。


 しかたない、パン太は動きも素早いので、巻き込まれることもないだろう。


 いざとなれば俺も含めてカエデやフラウが守るだろうし。


 それぞれが武器を抜いて走り出す。


 扉の前には白骨化したドラゴンが横たわっていた。

 闇に満ちた眼窩がんかに、赤い光がぼんやりと宿る。


 ぱらぱら。


 小石を落としながら、スカルドラゴンは首を上げた。


 大きさはレッドドラゴンほど。


 恐らく下位の正統種ドラゴンのアンデッドだろう。


「グォオオオオオオッ!」


 どこから発声しているのだろうか。

 実に不思議だ。


「ブレイクハンマー!」

「グォホォ!?」


 フラウが容赦なく頭蓋骨を粉砕した。

 まだ、立ち上がってもいなかったのだが。


 すまん、スカルドラゴン。


 次会った時はちゃんと相手してやる。




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