73話 ジト目で見られる戦士


 ピオーネは女だった。

 裸で俺に抱きつく彼女を見れば一目瞭然。


 どびゅ。再び消化液が吐き出される。


「不味い!」

「きゃ!?」


 ピオーネを抱え離れた茂みに入る。

 すぐにカエデが合流し、彼女に布をかぶせた。


「やっぱり女の人だったのですね」

「だましてごめんね」

「話はあとだ」


 俺は茂みから出てスライムに狙いを定める。

 降り注ぐ消化液を避けつつ、大剣を抜いて軽く跳躍。


 ずばんっ。


 下から切り上げて真っ二つにした。





「それで?」

「えっと、悪気があったわけじゃないんだ」


 じょぼじょぼ、水源から水が流れ出る。


 その近くで俺達はピオーネに説明を求めていた。


「我が家では男の子ができなくて、父は仕方なくボクを男として育てたんだ。ボクも家を衰退させたくないし、頑張って男のフリを続けてきたんだけど……」

「そういうことか」

「え!? 納得したの!?」

「するしかないだろ」


 ピオーネがそう言うのならそうなのだ。

 別に彼が彼女だったことで被る被害もない。


 でも、かなり驚いたのは確かだが。


 ショックだったのは、カエデもフラウも気が付いていた点である。


 二人によればどう見ても女の子にしか見えないらしい。

 たぶん街の魔族も察して黙っているのでは、と言っていた。


 それに気が付かなかった俺って……。


 がばっ、とピオーネが俺の足にしがみついた。


「お願い! このことは誰にも言わないで! なんでもするから!」

「なんでも?」


 ぴくりと反応する。


 なんと男心をくすぐる言葉だろうか。

 どのような要求をしてやろうかと、どきどきしてしまう。


「私も、ご主人様が命じてくだされば、なんでもいたしますよ?」


 カエデが恥ずかしそうに俺の服の裾を、そっと引っ張る。


 自分で言って恥ずかしかったのか、顔を赤く染めてもじもじしていた。


「フラウだってなんでもするわよ。なんてたって主様の忠実な奴隷だもん。でも、できれば何かする度に頭を撫でて、褒めてくれるといいなぁ」

「きゅう」


 パン太に乗ったフラウは、恥ずかしがる様子もなくそう言い切る。


 フラウの場合はさっきのことを褒めろと言いたいのだろう。

 頭を撫でてやると「こんなのすごい嬉しいんだから! 好き!」と手に頭をぐりぐり押しつけてくる。


「じゃあせっかくだし、そのなんでもを叶えてもらおうか」

「ひぇぇ」


 顔を赤くしたピオーネが涙目で俺を見上げる。



 ◇



 口いっぱいに肉を頬張る。

 それからちぎったパンをスープに付けてぱくり。

 流し込むように冷たい水で喉を鳴らした。


「食事付きで泊めてくれなんて、覚悟を決めたボクが馬鹿だったよ……」

「ん? 何をされるつもりだったんだ?」

「うわぁぁぁ! 恥ずかしいからやめてよぉ!」


 ピオーネが顔を真っ赤にする。


 だがしかし、なんでもと言うのは確かにドキリとした。


 彼女がどこまで受け入れるつもりで言ったのかは定かではないが、たいていこういうのは相手もほどほどにおさえるだろう、なんて想定して言うものだ。


 本当になんでもしてくれるわけじゃない。


 第一、俺にとってピオーネの正体をばらすメリットがない。

 それでも食事付きの宿泊をお願いしたのは、彼女を安心させるためである。


 ……まぁ、飯代と宿代が浮くなんて打算も含まれているが。


「すまないな報酬ももらって飯に宿泊まで」

「いいよ黙っててくれるなら。それに300万は安いと思ってたんだ」

「あー、そうだな」


 こちらでの相場が分からないのでなんとも返事をしにくい。

 向こうでは億になるくらいの超高額依頼だったような気もするが、それも噂で聞いた程度だ。事実かは不明。


「もしよかったら何泊でもしていってよ」


 ピオーネは両手で頬杖を突いてニコニコする。


「気持ちは嬉しいが明日には発つつもりだ」

「そう……」


 途端に彼女は落ち込む。


 あからさまに雰囲気が暗くなるので、悪いことをしているような気になった。

 俺達もできればのんびりしたいが、そうも言っていられない事情を抱えている。


「はぁ、友達になれると思ったのに――あれ?」


 溜め息を吐きつつ、ステータスを開いたピオーネが目を見開く。


「レベルが43になってる!? どうして!??」


 しまった、経験値が彼女にも流れたんだ。

 どうやって誤魔化そうか。


「きっと森の神がプレゼントしてくれたんだろ」

「違うよ! どう考えても原因はトール達だよね!?」


 うっ、やっぱり騙されてくれないか。

 むしろアリューシャやルーナが単純すぎたんだ。


「ボクが、レベル43……はぁぁ」


 彼女はうっとりとした顔でステータスを眺め続ける。


 ちょっと気味が悪いな。





「世話になったな」

「こちらこそ」


 翌日、屋敷の前で別れの挨拶をする。


 ピオーネは男装で柔らかい笑みを浮かべていた。


 恐らく彼女とはもう会うことはないだろう。

 彼女と俺は魔族とヒューマン、一応ではあるが敵同士だ。


「どうかお元気で」

「ありがとうカエデさん」

「あんた、立派な領主になりなさいよ。応援してるから」

「うん、フラウちゃんもありがとう」


 三人は別れを交わす。


 さて、そろそろ出発するか。


「ちょ、ちょっと待ってて!」

「なんだ」


 引き留められて足を止める。


 ピオーネは屋敷に戻り、数分後に荷物と剣を携えて出てきた。

 それから裏に走って二頭の馬を連れてくる。


「さ、いこっか」

「おい」


 どうして同行する流れになる。

 別れの挨拶はなんだったんだよ。


「心配しないで。仕事は代わりの者に任せてるし、そんなに長く屋敷を空けるつもりもないから。あとほら、都までの道案内も必要だよね」

「狙いはなんだ」

「ナンノコトカナー」


 あからさまに視線を逸らす。

 ちゃんとこっちを見ろ。


「さてはあんた、フラウ達と一緒に行動すれば、もっとレベルアップできるとか考えてるでしょ」

「そ、そそ、そんなことないから」

「昨夜はどこへ向かっているなど、ご主人様とどのような関係など、色々としつこく聞かれていましたね」

「やめてぇぇえ! 白状するからそれ以上は!」


 耳を塞いで首を横に振る。


 がくりとうなだれたピオーネは説明を始める。


「ボクは父のような立派な領主になりたいんだ。でもそれには力が必要だ。君達も魔族なら分かるだろ、力のない者はいずれ見放される。だから、この機会は最後のチャンスだと思うんだ」

「だが、レベルが上がっても技術は向上しないぞ」

「分かってるさ。だから剣の稽古だけはずっとしてきたんだ。あとは実践とレベルアップのみ。お願いだよトール」


 俺の右手を両手で包み、潤んだ目で見上げる。


 だめだ、俺ってこんな目に弱いんだよ。

 頼むから捨てられた子犬のような目で見ないでくれ。


 カエデとフラウに目を向ける。


「ご主人様がお連れしたいというのなら喜んで賛成いたします」

「いいんじゃない。ずっとってわけじゃないし」


 二人とも反対はしない。


 これから行く都は馬なら一日で着く距離らしい。

 時間を掛けても二日程度。


 数日程度なら、偽装を見抜かれる可能性も低い。


 それに地図のスクロールも無駄遣いはしたくない。

 案内役を引き受けてくれるのは好都合だ。


「都までだからな」

「うん! ありがとう、トール!」


 ピオーネと俺でそれぞれ馬に乗る。


 それからカエデに後ろに乗るように声をかけた。


「ご主人様の後ろに……ごくり」

「いいなぁ、フラウも大きくなろうかなぁ」

「い、いけませんフラウさん。三人だと、馬さんに負担がかかってしまいます」

「カエデがピオーネの方に乗って、フラウが主様の後ろに乗れば……」

「ご主人様、早く行きましょう!」


 後ろに飛び乗ったカエデは、俺の腰にぎゅっと腕を回す。


「ふふっ、ご主人様の背中って大きいんですね」


 カエデの声が嬉しそうだ。

 たまにはこういうのもいいかもな。


 横を見ると、ピオーネがジト目で俺を見ていた。

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