72話 スライムに戦いを挑む戦士


 手に入れた金で昼食を食べたあと。

 俺達は街の中を散策する。


「ごしゅじんさまー」

「こっちこっち」


 街の中心にはかつての魔王と勇者の像が置かれていた。


 魔王クオルと勇者デオリカである。


 この二人はここ五百年で、もっとも激しい戦いを繰り広げたことで有名だ。

 戦いは三日三晩続き、辛うじてデオリカが勝利した。


 魔族側にもヒューマン側にも多大な被害をもたらしたこの戦いは、どちらにおいても伝説として語られることとなったのだ。


 その二人の石像の足下で、カエデは手を振っている。


 フラウはデオリカの頭の上に座り、その周囲をパン太がくるくる回っていた。


 おい、不敬だろ。

 今すぐ頭から下りなさい。


「すごく強そうな魔王ですね」

「あの性悪女とは大違いね。威厳があるわ」

「多少贔屓はしてると思うけどな」


 魔王クオルは渋めの男前だ。

 対するデオリカは精悍な顔立ちで若い。


 相当に腕の良い職人が作ったのだろう。躍動感が半端ない。


 ふと、真横に親子がいることに気が付く。


「おかあさん、どうしてクオルさまは負けちゃったの?」

「勇者の女を人質にして、あと一歩ってところまで追い詰めたの、でも土壇場で勇者が新しいスキルに目覚めたのよ。それで負けちゃったの」

「勇者ってずるいね」

「ほんとね。こんな大人になっちゃダメよ」


 女の子は「うん」と明るく返事をする。


 なかなか恐ろしい教育を施しているようだ。

 どう考えても魔王の方が卑怯だと思うのだが。


「ご主人様!」


 カエデの声に反応して振り返る。


 そこには馬に乗った、短髪の美青年がいた。

 しかも貴族然とした高貴な雰囲気を纏っている。


「君、強そうだね。冒険者かな」

「ああ、漫遊旅団ってパーティーを――」


 そこでハッとする。


 ついクセでパーティー名を出してしまった。

 なんて馬鹿なんだ。

 いくら偽装しててもパーティー名でバレたら意味ないだろ。


 だが、青年は特に怪しむ様子もなく、微笑んで馬から下りた。


「漫遊旅団か、どうやら凄腕の冒険者みたいだね。先ほどのソードキャットへの挑戦、見させてもらったよ。もしよければ我が屋敷で話を聞いてもらえないかな」

「話?」

「率直に言えば依頼だよ。少々困ったことになっていてね」


 怪しまれては……いない。


 恐らく相手は魔族側の貴族。

 下手な発言はできない。


 ちらりとカエデに目配せする。


 彼女は『ご主人様のご判断に任せます』と頷く。

 フラウも同様だった。


「ちなみに報酬は?」

「成功したら300万出すよ」

「オーケー、話を聞くよ」

「じゃあ、付いてきてくれるかな」


 馬を引く青年は、遠くに見える屋敷へと案内した。



 ◇



 魔族の屋敷はヒューマンと大して変わらないようだった。


 ずず、出されたお茶を啜る。


 うん、美味い。


「さっそくだけど、君達は水源についてもう耳にしたかな」

「いや、詳しく聞かせてくれ」

「この街は山から下りてくる川を生活水として使用していて、ここ最近その川の水源がとある魔物によって塞がれてしまったんだ。おかげで川は干上がり始め、危機的状況になりつつある」


 水源を塞ぐ魔物、だとするとかなりデカくて重量があるんだろうな。


 水は生きるのに必要不可欠な物だ。

 村で育った俺には身にしみてよく分かる。


 だからなおさらに困っているのを放っておけない。


「それでその魔物とは?」

「ポイズンスライム。それもキングサイズの」

「うげっ」


 思わず声が漏れ出てしまった。


 キングサイズのスライムは、冒険者が手を出してはいけないリストに記載されている存在だ。


 通常スライムは雑魚だが、ある一定の大きさを超えるととたんに厄介になる。

 その最たるサイズがキングなのだ。


 物理攻撃は当然のごとく効かず、魔法攻撃も圧倒的質量に効果なし、おまけに食欲旺盛で近づく生物を手当たり次第に捕まえては、強力な消化液で溶かしてしまう。


 しかも今回はより厄介な毒持ちのポイズンスライム。


 彼が頭を抱えるのにも納得がゆく。


「引き受けてくれるかい」

「うーん、まぁいいか。受けるよ」


 少し不安はあったが、カエデの魔法なら倒せると踏んだのだ。


 何より、300万が欲しい。


 暗黒領域はかなり広いと聞く。

 旅の資金はできるだけ多く手に入れておくべきだ。


「自己紹介が遅れた。ボクはこの地を治めているピオーネ侯爵だ」

「俺はトール。こっちがカエデで、あっちがフラウ」

「トールだね、よろしく頼むよ」


 互いに握手を交わす。



 ◇



 山に入り目的の場所を目指す。


「まって、三人とも速いよ……」


 後方から遅れてピオーネが傾斜を上ってきていた。


 魔族の貴族と言うから、相当に腕が立つ人物と思っていたのだが、意外にも体力がない。

 単に山に慣れていないだけなのかとも思ったが、様子を見る限り基礎的な体力が低いようだった。


「ピオーネのレベルはいくつなんだ」

「7だよ」


 え、ひくっ。

 魔族ってもっと高いものだと思っていた。


「ははは、低すぎて驚くよね。実際名ばかりの領主なんだ。亡くなった父が優秀だったこともあって、なんとか今も街の皆に従ってもらってるけど……あ、これ内緒だからね」

「そんなこと俺達に言っていいのか」

「こうみえて人を見る目だけはいいんだ。トール達はきっと良い人だよ」


 ピオーネは品の良さそうな微笑みを浮かべる。


 魔族の箱入り息子。

 そんな印象を抱いた。


「乗れ」

「へ」

「そんなんじゃ、いつまでもたっても着かない」


 しゃがんで背中に乗れと言ってやる。

 彼は少しためらってからおずおずと体を預けた。


「ごしゅじんさまー!」

「早く来なさいよ。置いてくわよ」

「今行く」

「ひゃぁ!?」


 先で待つカエデ達を追いかけた。


 一気に加速したので、背中のピオーネが女の子みたいな声を出している。


 心なしか背中に当たる胸がやけに大きく柔らかい気がした。


 なんだ、ちゃんと胸筋は鍛えてるじゃないか。


 けど、もう少し足とか絞り込まないとダメだぞ。

 肉付きがちょっとよすぎる。


「ひぃいいいあああああっ!」


 俺達は岩から岩へ飛び移りながら、中腹の辺りを目指す。


「ご主人様、代わりましょうか?」

「いいよ。このまま一気に行って手早く終わらせたい」

「…………」

「なんだ?」


 カエデが俺に抱きつくピオーネを見て何か言いたげだ。


「あの、あとで私も背負っていただいても良いでしょうか」

「それは構わないが……」

「あ、やっぱり、お姫様だっこで!」

「ちょっとカエデ、ずるいじゃない。主様、フラウも」


 おいおい、どっちでもいいから警戒を怠るなよ。

 ここにも魔物はいるんだ。





「あれだよ」


 茂みから覗いた先には、濃い緑色のスライムがいた。


 ただし、サイズは十メートルを超える。

 あれこそが通称キングスライムだ。


 今もどっかり水源に居座っているらしく、水の流れた跡は見受けられるが、肝心の水はどこにもない。


「勝てそう?」

「カエデ、凍らしてみてくれ」

「はい」


 鉄扇を構え、氷魔法を使用する。


 ぴきぴき。

 地面が白く凍り付き、冷気がスライムを包み込んだ。


 一瞬、凍ったかと思ったが、中心まで完全に凍らせることはできなかったらしく、すぐに表面の薄氷を割って動き出す。


 デカいだけじゃなくレベルも相応に高そうだ。


 しかし、どうしたものか。

 俺の剣で真っ二つにしてもいいが、それだと真下の水源に衝撃を与えそうだ。


 水源を壊してしまっては意味がない。


 いっそのことテイムするか?


「ふふん、こんな時こそフラウの出番ね」

「あそこから動かせるのか」

「妖精の粉よ。粉を振りかけてやれば、浮かんで嫌でも動くでしょ」


 なるほど、それは考えなかった。

 あれは振りかけられると強制的に浮かび上がるのだ。


 空に上がったところを一気に叩けばいい。


「じゃあ粉を振りかけてきてくれ」

「しまった、一番面倒なのを提案してしまった」

「心配するな。俺があいつの注意を引く」


 カエデとピオーネには待機を指示し、俺はスライムの前へと飛び出す。


「かかってこいスライム!」

「!?」


 反応したキングスライムが触手を伸ばす。


 それら全てを斬りつつ、離れすぎない位置を保ち続ける。

 その間にフラウは真上に移動、粉を振りかけることに成功した。


 ふわりと浮き上がるキングスライム。


 ぶびゅ。じゅぅう。


 だが、宙に浮いたスライムが消化液を吐き出し始めた。

 よりにもよって、一番厄介な攻撃を浮いている時にするなんて最悪だ。


「うわぁぁあああっ!」

「ピオーネ!?」


 消化液が彼の潜んでいた茂みに直撃したらしく、慌ててピオーネが飛び出してくる。


 液によって服が溶かされ裸の状態だった。


「トール!」

「だ、だいじょうぶか、ピオーネ……ちゃん?」


 俺に抱きついたピオーネは女の子だった。

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