第三章
71話 戦士、暗黒領域へと旅立つ
迎えた旅立ちの日。
ここから俺達の新たな旅が始まる。
見送りには国王、ルーナ、それにマリアンヌが来てくれた。
「どうかお気を付けて、いってらっしゃいませ」
「なにかあればメッセージのスクロールで知らせてくれ」
「またねー、トール君! ばしっと片付けて戻ってきてよ!」
三人の言葉に頷く。
結局グレイフィールドを存分に満喫することはできなかった。
だが、ここで得られた物は大きい。
もし無事に戻ってこられたら、必ずみんなで風呂に入るつもりだ。
「トール殿」
「まだなにかあるのか」
歩き出す前に国王に引き留められる。
彼は声のトーンを落として耳元で語りかけた。
「暗黒領域に入った際は、フォーメリア国を訪ねるといい。そこの魔族なら金次第で魔王城へ案内してくれるはずだ」
「どうしてそんな情報を?」
「ここだけの話、我が国は魔族と秘密裏に取引をしている。今は魔王の出現で交流は途切れているが、きっと余の名前を出せば協力してくれるはずだ」
彼は俺にそっと封筒を差し出す。
協力を求む手紙が収められているのだろう。
表向き魔族と対立しているグレイフィールドとしては、あまり大きな声で交流があるとは言えないらしい。
敵に内通しているととられかねないからだろう。
俺は国王に一礼して街を出た。
◇
首都を旅立ち、魔族の砦を越える。
ほどなくして俺達は魔族の支配する暗黒領域へと足を踏み入れた。
「普通というか、のどかですね」
「暗黒って言うからとんでもない場所かと思ってたわ」
「きゅう」
砦から続く道は草原を横切るようにあり、時折蝶々を見ることができる。
目が痛いほどの青空にぬるい風が吹いて気持ちが良い。
暗黒領域――名前は不気味だが、実際はただ単にヒューマンが支配をしていない土地の総称である。
そこでは魔族がそれぞれの国を創り、ヒューマンと変わらない生活を営んでいる。
「なんだか不思議な感じですね」
「そうか? 自分ではそこそこイケてると思ってたんだが」
「いえ、そのようなお姿のご主人様も素敵だと思った次第で」
「見えないだけで実際に角があるわよね」
「お話しするかフラウさん?」
「ひぇ」
今の俺達は、偽装の指輪で魔族の姿となっている。
俺は普段の姿に額から角が生えている。
カエデは狐の耳と尻尾を消し、同様に角があった。
フラウに関しては偽装は行っていない。
いつでもリュックに隠れられるので不要だと判断したのだ。
最悪、六将軍のミリムが付けていた偽装の指輪があるので、いざという時はそれを付けてもらうつもりだ。
「魔族の兵は見当たりませんね」
「一気に後退したんだろうな」
確かに魔族は強い。
けど、その代わり総数が少ないのだ。
おまけに彼らはいくつもの派閥があって一枚岩ではない。
自己中心的で荒々しくまとまりが悪いのが魔族という種族。
だからって大群で押し寄せれば無用に刺激する。
少数で魔王討伐に行くのは、魔族側につけいる隙があり成功率が高いからである。
「カエデ、マップのスクロールを出してくれ」
「はい」
スクロールを受け取り発動させる。
紙の上に半透明な窓が開き、詳細な地図が表示された。
俺は指で進行方向を確認する。
フォーメリア国は……こっちの方角になるのか。
「こっちに行くぞ」
「フォーメリアには行かないのですか?」
「そっちは草原が続いている。もし見つかったら逃げ場がない。国王には悪いが、ここは回り道をしながら、見つからないように動く方が得策だ」
それにフォーメリアが俺達に必ず協力するとは限らない。
もし正体を明かした上で裏切られたら、旅はより厳しさを増すだろう。
できるなら国王の手紙は最後まで使わずにとっておきたい。
――そんなわけで、予定進路とは逆の方向へと歩き出した。
俺達は森を抜け、小さな山を越え、大きく回り込むように進んだ。
時折、魔族とすれ違うこともあったが、向こうは俺達に違和感を覚えておらず、特にトラブルもなく旅は順調だった。
そして、目的の街へと到着する。
地図によるとその街の名は『コーゲハイン』。
詳細は不明だが、そこそこ大きい街のようだ。
高い外壁に囲まれた街へと入る。
「ヒューマン側と違ってずいぶんと雑多ですね」
「なんだか混沌としているな」
魔族の街は物が多い印象だ。
見かける店には山積みになった魔物の素材が置かれ、よく分からない干物とかが無数にぶら下げられている。屋台の前では昼間から酒を飲む男共がたむろし、その脇には狩っただろう魔物が粗雑に置かれていた。
さらに街のど真ん中を、虎系やトカゲ系の魔物が人を乗せて闊歩する。
生活レベルはヒューマン側とそう変らない印象だが、雰囲気にはかなりの隔たりがあった。
「しまった」
「どうしましたか?」
「こっちの金がない」
最近は金の心配をしなくていいので、すっかり気が緩んでいた。
よくよく考えてみれば魔族側の金を持っていない。
これじゃあ何も買えないではないか。
食事の為に財布を取り出してようやく気が付いたよ。
どうする?
適当なアイテムでも売って金にするか?
くいくい。
フラウに服を引っ張られる。
「ねぇ、あれなんなの」
「あれ?」
フラウが指さしたのは大きな金属の檻だった。
それを中心に人だかりができている。
看板には『30分耐えられた者には100万進呈』と書かれていた。
ほう、100万ももらえるのか。
どれどれ。
人を掻き分け檻の中を覗く。
「ひぃいいいいっ!」
「フシャー」
「出してくれ! リタイヤする!」
魔族の男が悲鳴をあげて檻から飛び出した。
中には五メートルほどのソードキャットがいた。
ソードキャット――尻尾に剣のような硬質化した皮膚を有し、近づく者を斬り殺す。性格はどちらかと言えば臆病な分類に入り、攻撃されない限りは威嚇に留まることが多い。
ソードキャットは確か、暗黒領域にのみ生息する強い魔物だったはず。
へぇ、こんなところで見られるなんて幸運だな。
毛並みも薄茶色でなかなか可愛い見た目だ。
「誰か挑戦しないのか。参加料は後払いでもいいぞ」
「!!」
後払いと聞いて手を上げてしまう。
参加料は1万だが、100万が手に入れば問題ない。
今は少しでも金が欲しい。
資金なしではまともな旅なんてできない。
「ご主人様が行かずとも私が……ごくり」
「あんた猫を触りたいだけよね」
「そ、そんなことはありません! ここは奴隷としてですね!」
「でもあの猫、大きくて可愛いわよね」
「やっぱりフラウさんもそう思いますか!」
はっ、とカエデは誘導に引っかかったことに気が付いた。
どうでもいいがもう入るぞ。
誰が挑戦しても100万は変わらないんだ。
俺は檻の中へと入る。
「ふしゃー!」
「落ち着け、何もしない」
両手を挙げて見せ無抵抗の意思表示をする。
だが、ソードキャットは檻の隅に身を寄せ威嚇を続けた。
魔物に人並みの知性を求めるのは無理があったか。
できればプライドを傷つけずにクリアしたかったのだが。
「ギブアップしてもいいんだぞ」
「まだ一分も経ってないだろ」
「無駄無駄。ウチの猫に五分以上耐えられた奴はいないんだよ」
……五分ね。
もしかすると特に警戒心の強い性格なのかもしれないな。
しゅっ。
近づいた瞬間、ソードキャットから尾を突かれる。
「なんだとっ!?」
外がざわついた。
店主も驚きに檻にしがみつく。
俺は尻尾の剣を、二本の指で挟んで止めていた。
レベル300台にもなれば、このくらいの芸当もできるようになる。
猫は尻尾を引っ張るが、俺の指からはピクリとも動かない。
すかさずテイムマスターを発動。
俺の発する空気が魔物の心を落ち着かせる。
さらに近づいて首の辺りを撫でてやった。
ごろごろ。すりすり。
ソードキャットはごろんと転がってお腹を見せる。
さらに撫でてやると喉が鳴った。
「ご主人様、私も触らせてください!」
「あ、こら」
「じゃあフラウもー」
「勝手にすり抜けるな!」
鍵を開けてカエデが檻に入ってくる。
フラウは小さいのでそのまま中へ。
三人で猫を撫でてやる。
なんだこいつ、可愛いな。
もふもふしてるぞ。
「100万やるから帰ってくれ!」
え、もう終わりなのか。
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