70話 勇者となった戦士


 外に出た俺は愕然とする。


 この街が、グレイフィールドの首都である、この街が火の海になっていたのだ。


 逃げ惑う大勢の人々。

 悲鳴がさらに俺を混乱させる。


 ばさっ。


 上空から黒い塊が勢いよく降下し、突風を巻き起こして地面に足を付けた。


 それは黒いワイバーン。

 ドラゴンの亜種。


「ははははっ! トール! こんなところにいたのか!」


 ワイバーンにまたがるのはセインだった。


 黒い服を纏い、腰にも禍々しい黒い剣を帯びている。

 奴の左腕には銀色の腕輪がはめられていた。


 セインはワイバーンから下りずに、にやにや笑みを浮かべた。


「これはお前の仕業なのか!」

「そうだとも。僕が兵を率いてやったことだ」


 真上を数頭のワイバーンが通過する。

 それらを追うようにして複数のワイバーンが通り過ぎた。


「我が国のワイバーン部隊だ。敵の掃討に当たってくれている」

「そう言えばこの国にもいたね。少数精鋭の騎士団が」

「元勇者の貴公が何故このようなことを!」


 国王は怒りから、血が滴るほど拳を握りしめていた。


 だが、セインはどうでもいいとばかりに、薄ら笑みを浮かべていた。


「元なんてやめてくれないかな。僕は今も勇者だ。もちろん魔族側の勇者だけどね。あはははっ」

「きさまぁ!」


 踏み出す国王を俺は手で制する。


「あんたは宮殿に戻れ。ここは俺が引き受ける」

「トール殿……すまん。頼んだ」


 怒りを飲み込み彼は走り去った。


 本当は自身がセインと戦いたかっただろう。

 だが、己よりも国王としての務めを優先させたのだ。


 彼は立派な王だ。尊敬する。


 だからこそ、俺は期待に応えなければいけない。


 一刻も早くこの状況を収束させるのだ。


「トール、武器も持たず僕に勝てるとでも思っているのか」

「お前程度タオル一枚で充分だ」

「はははっ、強がるなよ。本当は怖いんだろ」

「ぜんぜん」


 そう言いつつ、少し不安はある。


 セインが何も準備せずに攻め込んでくるなんて、考えられなかったからだ。


 せめて剣さえあれば。


 いや、ない物を言っても仕方がない。

 ここはタオルでなんとかするしかない。


「いけ、バーズウェル」

「ギャァオウ!」


 セインはひらりとワイバーンから飛び降り、黒い亜竜が俺に大口を開ける。


 ワイバーンはドラゴンの亜種の中でも飛び抜けて強い。

 正統種のレッドドラゴンには数段劣るが、それでも怪物と呼ばれるくらいには危険な存在だ。


 ――だが、俺にとってこいつは敵ではない。


 すぱんっ。


「どけ」

「バーズウェル!?」


 濡れタオルでワイバーンを、蝿のようにはたき飛ばす。


 黒い亜種は空の彼方へ消えた。


 セインは俺を憤怒の表情で睨み付ける。


「よくも僕のワイバーンを」

「けしかけたお前が悪い」

「黙れ。いいさ、すぐに魔剣の錆にしてやるよ」


 奴の抜いた剣は、寒気のするような気配を放った。


 刀身まで黒く、まるで人の負の感情を凝縮して剣にしたような、そんな武器に思えた。


 今まで相手してきた魔剣とは格が違う、瞬時に悟る。


「びびったかい? これこそが聖剣に代わる僕の新しい武器だ。本当はただの挨拶のつもりだったのだけれど、気が変わったよ」

「挨拶だと?」

「魔王を従える真の勇者としてのお披露目さ。宣戦布告とも言うけどね。お前を含め、僕を虚仮にした全てのヒューマンに、存分に恐怖を味わわせてやるよ」


 セインはゆらりと剣を構える。


 俺も濡れタオルを垂らして戦闘に備えた。


「はぁっ!」

「ふっ!」


 同時に踏み出し相対する。


 俺は素早くセインの剣に濡れタオルを巻き付け、斬撃を逸らした。


「なっ――ぶぐぅっ!??」


 そこから間髪入れず、左拳で鳩尾にめり込ませ振り抜く。


 セインは豪速でまっすぐ飛んで行き、街の外壁を突き破って消えた。


 あれくらいでは死なないだろう。

 セインとの決着はお預けだ。


「ご主人様!」

「なんなのよ、これ!」

「ルーナ達の街が!!」


 カエデ達が服を着て、外へと出てくる。


 ちょうどよかった。

 カエデがいれば火事をどうにかできる。


「俺が魔力を供給し続ける。お前は街の火を魔法でなんとか消してくれ」

「分かりました。ではすぐに」

「フラウ、ルーナは住人の救助を優先してくれ」

「任せて!」「了解」


 鉄扇を開いたカエデは氷魔法を行使。


 彼女を中心に冷気が広がり街を覆う。

 同時に空には雲が立ちこめ、強い風が発生する。


「ブリザードサークル!」


 複数人で行使する広域魔法を、たった一人で発動させた。


 風は熱を奪い、ごく短時間で鎮火させてゆく。

 それでも全ては消しきれない。


 住人を凍死させないコントロールは、相当な負担がのしかかるはず。


 カエデの額から汗が流れ落ちる。


 魔力消費もすさまじい。

 俺とカエデの魔力のパイプをつなげた状態で、ぐんぐん魔力を奪われていく。


 すでに魔法発動から一時間が経過している。


 そろそろ限界が近いか。


 不意にカエデが力を無くした。

 俺は咄嗟に彼女を両手で抱き留めた。


「すいません。一瞬だけ意識が飛んでしまいました」

「もういい充分だ。ありがとう」

「人の為世の為は、ご主人様の為ですから……」


 彼女を強く抱きしめた。


 俺には勿体ないほどの仲間だ。

 今はゆっくり休め。






 ――街の火はなんとか消えた。


 魔族のワイバーン部隊もセインが消えた後に撤退、死傷者も想定よりも少なく、奇跡的に街が受けた被害は最小限だった。


 グレイフィールド王は復興を進めながら、同時に魔族へのさらなる防衛強化へと乗り出した。


「諸君らのおかげで我が国は窮地を凌ぐことができた。深く礼を言う」


 謁見の間、国王自ら俺達に感謝の意を表わした。


 俺もカエデも照れくささに苦笑する。

 フラウはパン太に乗って当然と言わんばかりのドヤ顔だ。


 王の近くで控えるルーナはドレスを着ていて、俺達に笑顔を向けていた。


「では、称号の授与を始める。使者はここへ」


 扉が開けられアルマンからの使者が現れた。


 その人物に俺達は目が点になる。


「マリアンヌ!?」

「ふふっ」


 使者は騎士のいでたちをした、ロアーヌ伯爵の娘マリアンヌ。


 スマートな足運びとゆさりと揺れる胸、凜々しい顔つきは、以前の印象を変えるくらい様になっていた。


 彼女は俺達の横を通り過ぎ、国王の前へと歩み出る。

 それから赤い箱を国王へと差し出した。


「わざわざ遠い場所までご苦労だった」

「とんでもございません。このような素晴らしき日に立ち会えたこと、心より嬉しく思っておりますわ」


 国王は玉座から立ち、赤い箱から蒼い石を取り出した。


 それを俺の腕輪へとはめ込む。


 腕輪には竜の眼のような美しい宝石が輝いていた。

 これこそが勇者の称号。証だ。


 変な感じだな、俺が勇者なんて。


 あの日、パーティーを追い出された俺は、今日が来ることを欠片すらも想像していなかった。


 人生何が起こるか分からない。

 まさにその通りだと思うよ。





「トール様! お久しぶりですわ!」


 式が終わるとマリアンヌが抱きついてきた。


 久しぶりのお嬢様の弾力と良い香りにくらくらする。

 反応してはいけないと分かっていても反応するのが男だ。


「カエデさんもお元気みたいでなにより!」

「マリアンヌさんは、また少し変られましたね」

「わたくしもあれから大変でしたの。レベルが上がったおかげで、近辺の魔物退治などにかり出されるようになりまして。それに加えて花嫁修業ですから、毎日が忙しくて忙しくて」

「でも、一段とお綺麗になりましたよ」

「ふふっ、カエデさんからそう言っていただけると、自信が湧きますわ」


 俺との挨拶はほどほどに、マリアンヌはカエデと話し込む。


 二人はそのまま宮殿にある庭園へと歩いて行った。


 この様子だとしばらくこの辺りで時間を潰さないといけないな。

 女性のおしゃべりはとにかく長い。

 昔からそういうのは嫌ってほど体験してきた。


「え、なに? 自分も大きくなる方法がないかって?」

「きゅう」

「あるわけないでしょ。あんたは白パンのままでいいの」

「きゅう! きゅう!」

「不公平じゃないわよ。フラウはそれだけ沢山戦ってきたんだから」


 頭の上ではフラウとパン太がもめている。


 仲が良いのはいいことだが、こう毎日頭上で騒がれては疲れる。

 今日は慣れない式があってただでさえ精神疲労が大きい。


 宿に帰って一眠りしたい。


 ばふっ。


 あくびをしたところで、顔面にパン太がぶつかってくる。


「よくもフラウの髪を囓ったわね!」

「きゅ、きゅ、きゅ」

「笑うなぁああ、白パン!!」


 パン太が素早く避けたところで、俺の額にフラウのパンチが当たる。


「……あ」

「フラウさん、ちょっと話をしようか」


 フラウは青ざめた顔で震え始めた。

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