74話 戦士、魔族にごまをする
茂みに隠れて先を覗く。
そこにはゴブリンの集団がいた。
ゴブリン、ゴブリンウォーリア、ゴブリンライダー、ゴブリンシャーマンなどなど。
中にはゴブリンの上位であるホブゴブリンまでみかける。
「い、いくよ」
「ああ」
「いくからね」
「ああ」
「よーし、いくぞ」
「そろそろ頼む」
気合いを入れるが、一向に前に出る気配のないピオーネ。
レベルアップをしたいと言いだしたのはお前だろう。
もうかれこれ三十分近くこの調子なんだが。
だが、おかげでレベル7で生きてきた理由がよーく分かった。
めちゃくちゃびびりなんだ。こいつ。
「ピオーネさん、大丈夫です。向こうはレベル10ですから、絶対に勝てます」
「うん。ありがとうカエデさん」
「安心してないでそろそろ行きなさいよ。日が暮れちゃうじゃない」
「うわっ!?」
フラウに背中を押され、茂みからピオーネは飛び出す。
手荒くするなとフラウに目で伝えるが、パン太に乗ったフラウは『優しくしすぎるのはよくないわ』と目で返事をした。
そう言いたくなるのは分からなくもない。
あの調子では時間がいくらあっても足りないだろうからな。
多少の荒療治も覚悟するべきか。
「あわ、わわわ」
「ギャウ? ギャウギャウ!」
ゴブリン共が彼女に気が付いて騒ぎ始める。
対するピオーネは剣を持ったまま棒立ち状態。
もう敵は動き出してるのだが。
「動け! 殺されるぞ!」
「そ、そうか! 戦わないと!」
うぉおおおお、と走り出した彼女は懸命に剣を振る。
だが、緊張で動きがぎこちなく、簡単に敵に避けられてしまう。
それどころか足を引っかけられ地面に転んだ。
「あわ、わわわわ……」
「ギャウ!」
「ひぁぁあああああっ!!」
ゴブリン達に囲まれ服をちぎられる。
彼女は下着姿でなんとかこちらへと逃げてきた。
俺にしがみついた彼女は涙目だ。
「トール! ボクには無理だよ!」
「とりあえず服を着ようか」
こちらへと向かってきたゴブリン共を、カエデが魔法で片付ける。
布を羽織ったピオーネは、その様子を悔しそうに見ていた。
「はぁぁ、ボクってほんとだめな奴だ」
「落ち込むなよ。ほら」
スープの入った器をピオーネに渡す。
争い事に向かない奴はどこにだっている。
魔族だって色々だ。
不幸なのは、争いを好まない彼女が力を示さないといけない地位にいることだろう。
「剣はやめて魔法とかにしたらいいんじゃない?」
「ボク、魔法使えないんだ」
「弓とかどうなの」
「的に一度も当たったことがなくてさ」
「主様、この話はなかったことにするべきよ」
がーん、ピオーネはショックを受ける。
だが、確かにフラウの言う通りこのままじゃ先へ進めない。
彼女に割ける時間はそう多くはないのだ。
根本から見直すべきか。
「剣の稽古をしていたと言ったな。槍はどうだ」
「うん、それなりに指導は受けてるよ」
「……ちょっと待ってろ」
三人を置いてマイルームへと転移する。
一瞬で景色が変わり、ダンジョンの最下層の隠し部屋へとやってきた。
すぐに壁に立てかけている数本の槍の一本を掴む。
それから先ほどの場所へ転移した。
「これを使え」
「槍!? それより今、どこに行ってたの!? 消えたけど!」
「気にするな」
「気にするよ!」
持ってきた槍は狂戦士の谷で見つけた質の良い物だ。
これでピオーネのレベルアップを図る。
槍なら距離もあり、突くだけで魔物に勝てるだろう。
これでだめなら諦めてもらおう。
「ごめんね。迷惑ばかりかけて」
「いいんですよ。ピオーネさんが一生懸命なのは伝わりますから」
「カエデさん、ううう」
ピオーネは目をうるうるさせてカエデに抱きついた。
カエデは優しく彼女の頭を撫でる。
こうみると血の繋がらない姉妹みたいだな。
「きゅう!」
「パン太も慰めてくれるの?」
パン太はピオーネの顔に体を擦り付ける。
上に乗ったフラウも頭を撫でていた。
次こそは上手くいくといいが……。
◇
槍がゴブリンの心臓を突く。
ホブゴブリンの振るった斧を素早く躱し、石突きを鳩尾にえぐるようにめり込ませた。
「はぁっ!」
数分でゴブリンは全滅。
槍を構えたピオーネは、荒々しく肩で呼吸をしていた。
結果を言えば成功した。
一度目の戦闘では、槍でなんとか敵を突き殺した。
二度目の戦闘で体の固さがとれ、スムーズに戦いを行えるようになる。
三度目が先ほどの戦い。普通に戦闘を行えていた。
「ふへぇぇええ」
ぐにゃり、足から力が抜けたピオーネは座り込む。
俺達は駆け寄って成功を祝った。
「やればできるじゃないか」
「うん、ボクには槍が向いていたみたいだね」
「レベルも上がったんじゃないのか」
「えーと、84になってる」
ピオーネは微笑んで頷く。
どうやらようやく満足できたらしい。
84でも充分高い数字だ。
領主として力を示すには問題ないと思われる。
どちらにしろあとは自分で頑張ってもらわないとな。
「うわぁ、汗でベトベトだ」
「向こうに川がありましたので水浴びでもどうでしょうか」
「うん、そうするよ」
カエデ達は川へと向かう。
「うわぁぁあああああっ!!」
「えぇっ!?」
突然、全裸のピオーネが戻ってくる。
今度はなんだ。
何が起きたんだ。
彼女は俺にしがみついて川の方を指さした。
「カ、カエデさんが、ビーストに!」
「まさか指輪を……」
俺は額を押さえて唸る。
やってしまったか。
数日くらいなら誤魔化せると思ったんだが。
ピオーネに油断しすぎた。
「ごしゅじんさまー!」
「たいへんよー!」
カエデとフラウが戻ってくる。
声を聞いてピオーネは俺の背後に隠れた。
カエデはビースト族の姿で、体にはタオルを巻いている。
「ボクを騙したんだね!」
「そんなつもりは」
「カエデさんはすごく綺麗で優しくて、一緒にいて安らぐなぁとか思ってたのに! 騙すなんてひどいじゃないか! お姉さんができたみたいで嬉しかったのに!」
「えっと、あの、ごめんなさい」
狐耳がぺたんと垂れて、尻尾がしゅんとなる。
「どうして指輪を?」
「ピオーネさんに、綺麗だね見せてと抜き取られてしまって」
カエデも油断してたわけか。
こうなった以上、誤魔化すのは難しい。
きちんと正体を明かして帰ってもらおう。
俺は指輪を外す。
「ひぇ!? トールの角が消えた!?」
「見ての通り、俺はヒューマンだ。騙して悪かったな」
「ひぃいいいいっ!!」
「……怯える前に、体を隠してくれないか」
目を逸らしつつ頬を指で掻く。
色々丸見えで困っているのだが。
◇
とりあえずピオーネには冷静になってもらい、大雑把だが説明を行った。
魔王と戦う為に来ていること。
魔族とは必要以上に戦うつもりはないこと。
偽装をしていたのは無用な争いを避ける目的であること。
全てを理解してくれとは思わない。
だが、こんなことで彼女との縁が切れるのも辛かった。
「――事情は分かったよ。つまりトール達は魔王と裏切り者の勇者を倒せれば、魔族とは争うつもりはないんだね」
彼女の言葉に黙って頷く。
「正直に言うとね、ボクらの国は今の魔王に協力的じゃないんだ。むしろどちらかといえば嫌ってるくらいだし」
「それなら」
俺の発言は出された手で止められた。
「でもヒューマンとはやっぱり相容れないよ。長い争いの歴史があるからね。たとえトール達が良い人でも、ボクは魔族の貴族なんだ」
「そう思ってくれるだけでいいさ。ありがとうピオーネ」
「あのさ! 指輪を付けてると魔族なんだよね! ヒューマンじゃなければ一緒にいてもいいってことだよね!?」
「おい」
さっきのきりっとした顔はどうした。
やっぱり貴族なんだな、とか内心で感心していた気持ちを返してくれ。
けど……ありがとう。ほっとしたよ。
「むしろちょうどよかったかも。ボクの国の王様が、魔王を討てそうな人を探してたんだぁ。トールにお任せすれば安心だね」
「ん? 魔族が魔王を?」
「都には魔王城の地下へ飛ぶ、転移魔法陣があるんだ。ボクから使えるようにお願いしてあげるよ」
ピオーネさん、お茶でもどうですか。
喉が渇いたでしょう。
ささ、どうぞ。
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