68話 狂戦士の谷と戦士達2


 床にたたきつけたゴーストは霧散する。

 俺の竜眼で精霊のような触れられない存在でも、肉眼ではっきり捉え、触ることが可能となる。


「カエデちゃん!? トール君、ゴーストを素手で倒したんだけど!?」

「ご主人様ですから」

「説明になってないよ!?」

「カエデは主様を全肯定してるから聞くだけ無駄よ。というかフラウも詳しいこと知らないから説明できないし」

「フラウちゃんまで!?」


 あわあわするルーナが可哀想なので、竜眼の説明をしてやった。


「要するに竜眼を使えば、精霊やゴーストをぶん殴れる」

「トール君の説明ってとんでもなく雑だね」


 ルーナが呆れてジト目で俺を見る。


 だが、納得はしてくれたようで、それ以上聞くことはなかった。


 俺も竜眼を使いこなしているわけではない。

 聞かれてもそうとしか言い様がないのだ。


「どうやらここはゴーストの巣窟らしいな」

「私が片付けます」


 通路の奥からわんさかとゴーストが押し寄せてくる。


 カエデが放った風の刃で、それらは霧のごとく消え失せた。


 一階層でこれだ、下に行けば何が出てくるのやら。

 噂でしか聞かないアンデッドも出てくるかもしれないな。


 いくら俺達でも手こずるかもしれない。




「フラワーブリザード」

「ブレイクゥウウ、ハンマー!」

「トライスラッシュ!」


 凍り付いたゴーストの集合体を、フラウとルーナがバラバラにする。


 うん、無用な心配だったな。

 ウチのメンバーには。


 通路に散乱したゴーストの欠片の山。


 通常、物理攻撃は全く効かないが、凍らせることでその問題は解決していた。

 もしあるとすれば、思ったよりもレベルアップができていない点だろうか。


 俺 305

 カエデ 297

 フラウ 273

 ルーナ 216


 薄々感じてはいたが、レベル300に近づくと必要な経験値が格段に上がるようだ。


 ルーナの上がり具合からその成長速度の違いが見て取れる。


 それでもカエデ達は近いうちに300を越えるだろう。

 そして、俺が一番弱いメンバーとなる。


 聖武具のおかげでお荷物にはならないだろうが、気持ちとしては複雑だ。


 また仲間に置いていかれるのかと思うと焦りが募る。


「ご主人様?」


 カエデに声をかけられハッとする。


 そうだよな、あの時とは何もかもが違う。

 俺にはレベル差を埋めるだけの力が沢山あるじゃないか。


 レベルが上がらないなら工夫すればいい。


 やれることはまだまだある。





 十階層に到達。


 ゴースト系だけでなくスケルトン系も出現し始める。


 複数の目を有する球体――アイズボール

 身の丈三メートルものスケルトン――ブルージャイアント

 黒いローブを纏ったスケルトン――リッチー


 いずれも強力な魔物だ。


 だが、俺は今まで手に入れた力を何度も何度も確認しながら、組み合わせ、試行錯誤を繰り返し続ける。


「うぉおおおおおおっ!」


 ブルージャイアントがさび付いた大剣を振り下ろす。

 それを俺は大剣で受け流し、ジョブの模倣師を発動する。


 模倣するのは、かつて戦った六将軍のダームの動きだ。


 あいつは俺よりもセンスが上だった。

 それを真似する。


 斬撃はより鋭く、今まで以上に効率の良い動きが体に染みこむ。


 発動する竜眼は敵の動きを詳細に捉え、より早く敵の動きを予測することができるようになった。


 一瞬でブルージャイアントを真っ二つにする。

 だが、次の敵が迫っている。


 竜騎士とグランドシーフを同時発動。


 さらにテイムマスターを発動。


 テイムマスター――魔物との戦闘時のみ、全ての能力が一時的に向上するジョブだ。だが実は、もう一つ特性がある。それは己自身もジョブ発動中、テイムすることができる点だ。


 使役メガブースト発動。


 一時的にレベルが二倍となる。


 レベル305→610


 さらに二つの聖武具の力を解放。

 レベルが八割上昇。


 レベル610→850


 爆発的な加速で無数の敵を切り刻む。


 敵の動きが止まって見えた。

 これがリサの見ている景色なのだろうか。


 もしそうならば、万が一にも勝ち目はなかった。


「……ふぅ」


 剣を鞘に収める。


 俺の進んだ後には魔物の死体だけが残っていた。


「ごしゅじんさまー!」

「速すぎて追いつけないじゃないの!」

「二人とも待って、うひゃ!? まってー!」


 カエデとフラウが追いかけてくる。

 ルーナも追いかけていたが、魔物の死体につまずき転んだ。


 少し夢中になりすぎていたようだ。


 だが、おかげでリサ達に対抗する手段は得た。


「どうですかご主人様」

「ひとまず完成だ」


 対リサ用強化。


 まだ改良の余地はあるが、対等に戦うくらいならできるはず。

 まぁ、向こうが油断してくれればの話だが。


 不意に足から力が抜ける。


 カエデは素早く腰に手を回し抱き留めてくれた。


「反動はあるみたいだな」

「急激な負荷をかけますからね。すぐに癒やしますね」

「すまない」


 床に横になってカエデに膝枕される。

 癒やしの波動は心も体も優しく包み込んでくれた。


 様子を見ていたフラウが「むきー!」となぜか騒ぎ始める。


「フラウも主様を膝枕したい! なんでこのサイズなの! フェアリーじゃなくてヒューマンかビーストかエルフに生まれたかった!」

「そう言うな。俺は小さいフラウが好きだぞ?」

「乙女として納得できないの! でっかくなってカエデみたいにしたい!」


 突然フラウの不満が爆発している。

 俺としては小さい方が色々好都合だと思うのだが。


 例えば食事はヒューマンサイズで腹一杯食べられるし、どこでだって昼寝できるし、フェアリーだから自由に飛び回れるし、得なことは結構ある。


 まぁ、人は無い物ねだりをするものだ。


 フラウもすぐにフェアリーの方が良いと気が付くだろう。


「つかれたー。そろそろ帰ってもいいんじゃない?」


 ルーナがごろんと床に大の字になる。


 ここから見ると胸の谷間が丸見えだった。


 お姫さん、はしたないからそういうのはやめなさい。

 十分だけ猶予を与えるから起きるんだ。


 いや、一時間にしておくか。


「ごしゅ――」

「なにもみてないからな」


 ころんとカエデのお腹の方へと顔を向ける。


 カエデは黙って俺の頭を撫でた。


 おお、たまには撫でられるのもいいな。

 なんだか死んだ母さんを思い出すよ。


 なでなで。


 あれ、なんだか手が増えてないか?


「フラウだって撫でられるんだから!」

「トール君もさ、よく見ると可愛いよねぇ」

「お二人とも、カエデのご主人様なのですよ」

「いいじゃない。フラウの主様でもあるんだし」

「お父様もよしよしすると甘えてくるんだよね」

「「「え」」」


 聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。


 まてまて、それくらいは親子のスキンシップの範囲内だろ。

 グレイフィールド王だって娘に甘えたい時もあるはずだ。


 とにかく聞かなかったことにしよう。


「それでこれからどうしますか」

「最下層を目指しても良いが……ルーナが限界のようだから戻るか」

「そうしてくれると嬉しいかな。もうお風呂に入りたくて体がむずむずしてるのよ」

「これみよがしに胸を見せないでよ!」


 ぺちん、フラウがルーナの胸を叩いたようだ。

 顔を背けていたので、残念ながら音しか聞こえなかった。


 俺は体を起こすと帰り支度をする。


 このダンジョンで集めた素材やアイテムは、すでにマジックストレージに納められている。


 目を見張るようなレアアイテムはなかったが、そこそこ質の高いものは手に入った。


 体力中回復の指輪、魅力上昇のイヤリング、腕力上昇の腕輪などなど。

 売ればかなりの値段になりそうなものばかり。


 あいにく実戦で使えるものはなかったが……そこは探索ではよくあることだ。


 今では少しばかりの上昇では意味を成さないからな。


 カエデと共に歩き出したところで、フラウがいないことに気が付く。


「フラウ?」


 振り返ると、彼女は床に下りてぼんやりとしていた。


 どうしたんだ?

 なにを見ている?


「肉体の……再構築?」


 次の瞬間、フラウは光に包まれた。




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