67話 狂戦士の谷と戦士達1


 宿の入り口で新しい案内人を待つ。

 国王の話ではそろそろ来るはずなのだが。


「おーい!」


 我が目を疑った。


 なぜかルーナが手を振ってこちらへ走ってきているのだ。


 おかしい、話が違うじゃないか。

 昨日は別の者をよこすと言っていただろ。


 それともあれか、交代の話がルーナに伝わらず来てしまったと?


「おまたせっー! さ、狂戦士の谷へいこっか!」

「それなんだが、国王から別の者になったと聞いてないか?」

「聞いたよ。でも大丈夫、お父様を説得して元通り案内役はルーナになったから」

「本当なのか?」

「ウン、ホントウダヨ」


 目が泳いでいる気がするが……王女が嘘をつくとも思えないし。

 国王はルーナをそれなりに戦えると評価していた。


 いや、万が一と言う事もある、直接確認に行くべきだな。


「国王に会いに行く」

「うわぁぁ! 待って待って! 大丈夫だから、本当に説得したから!」

「信じていいんだな?」

「もちろんよ。お父様からの信頼は厚いのよ」


 そこまで言うなら信用するが。

 少し不安だな。


「あ、そうだこれ!」


 ルーナが手紙を差し出す。


 受け取って中を見ると、国王からの『娘をよろしく頼む』との旨が書かれていた。


「先にこっちを出せ。変に疑っただろう」

「あはは、こっちも色々あるんだよぉ」

「?」


 なんだ色々って。

 隠されると気になるじゃないか。


 しかし、きちんと許可が出ているのなら、ひとまず良しとする。


「それとさ、ルーナ漫遊旅団の一員になったから」

「はぁ!?」

「いやだなぁ、仮だよ! 仮メンバー! でも、トール君が望むなら正式メンバーでもいいよ。その方が箔が付くし」


 なんなんだこのお姫様。

 ノリで生きてる感じだな。


 さすがにお姫様を暗黒領域には連れて行けないので、あとでやんわりとお断りしておこう。



 ◇



 そこは広大な草原に突如として現れる、深く大きな大地の裂け目だ。


 古戦場の多いこの国では、昔から死体を谷に捨てていたらしい。

 そのせいで谷の底にはアンデッドやゴーストが大量にうろつくようになったのだとか。


「暗くて見えませんね」

「ヤバそうな雰囲気をびんびん感じるわ」

「きゅう」


 谷をのぞき込むと、暗くて底は見えない。


 おおおおおおっ、と風か吹き抜ける音なのか、はたまたゴーストの鳴き声なのか分からない音が響く。


「どうやって下りるんだ?」

「あそこにある階段を使って途中まで下りて、途中で鎖があるから、それを使って底まで下りるそうだよ」

「じゃあ一度下りると簡単には逃げられないってことか」


 俺が一番先に下りるべきだな。

 恐らく底ではアンデッドがうようよしているはず、俺がある程度かたづけて、それから仲間の到着を待つ方が確実だろう。


「俺が先行する。フラウ、ルーナ、カエデの順に付いてきてくれ」

「きゅう」

「お前はしばらくお休みだ」


 パン太を刻印に戻し、ロー助を出す。

 ロー助はルーナの護衛役だ。


 国王がどうしてルーナを同行させようとするのかは判然としない。


 ただ、監視役としてなのはなんとなく察することができる。

 もしかすると、信用をアピールしているなんてのもあるかもしれない。


 俺は馬鹿なので細かいことは分からない。


 付いてくると言うのなら守ってやる、それだけだ。


「狭いな……」


 岩肌に作られた幅の狭い階段。

 大人一人下りるのでやっとだ。


 下を覗けばぱらぱら、小石が暗闇に落ちて行く。


 うーん、普通に怖いな。

 さすがにレベル300台でも死ぬかもしれない。


「こんなところ通らなくても、フラウの粉で飛べばいいんじゃない」

「それは止めておいた方がいい。お前はともかく俺達は空中戦に慣れていないんだ。もし、空中で攻撃でもされたら防ぐのは難しい」

「あ、そっか、まだ飛ばない魔物だけって決まってないものね」


 それもあるが、俺が警戒しているのは魔法を使う魔物だ。


 アンデッドには魔法を使う奴らが多い。

 ゴースト系なんかは魔法専門だ。


 そんな奴らの真上を飛べば、狙い撃ちしてくれと言っているようなもの。


 妖精の粉は便利だが、時と場所を考えなければいけない。


「ぎゃあぎゃあ」


 岩壁をデビルクロウが飛び交う。


 奴らは突き出した枯れ枝に留まり、こちらをじっと見ていた。


 新しい餌が来たとでも思っているのだろうか。

 遠巻きで観察されるのは嫌な感じだ。


《報告:ジョブ貯蓄が修復完了しました》


 お、ようやくか。

 残るはスキル貯蓄だけだな。


 階段が唐突に途切れる。その先には金属の鎖が垂れ下がっていた。


「じゃあ先に行くからな。ゆっくり下りてこい」

「お気を付けて、ご主人様」


 軽く返事をして、じゃらららと鎖を滑るように下りる。


 だんだんと周囲の暗さが増し、陰鬱とした空気を感じ始めた。


 よっ、と。


 地面に足を付ける。

 素早く背中から剣を抜き視線を巡らせた。


「おおぉおおおお」

「ああああぁぁああぁ」


 ぞろぞろスケルトンやらゾンビやらが迎えてくれる。


 ざっと見て百。


 雑魚とは言え、初っ端でこれだけの数が出てくるのは、かなりヤバい。

 確かにまともな調査なんてできないだろうな。


「ふっ!」


 一振りでアンデッド共をまとめて両断。

 さらに逃した奴らも炎魔法の熱線で焼き払う。


 数秒でアンデッドの死体の山ができた。


「うわっ、どんだけいるのよここ!」

「トール君すごい。これみんな倒したの」


 遅れてフラウとルーナが到着。


 だが、すぐにスケルトンとゾンビのおかわりがやってくる。

 先ほどとは比にならない数。


 数百ものアンデッドがぞろぞろ押し寄せていた。


「エアリアルバースト!」


 カエデが着地と同時に魔法を放つ。


 すさまじい風が発生し、アンデッドを飲み込んで粉砕した。


「フェアリーハンマァアア!」


 どんっ、フラウが振り下ろしたハンマーから衝撃波が発生。

 地面が丸く陥没し、敵はまとめて粉々となる。


 あれだけいた敵が、綺麗さっぱり消え失せた。


「これが漫遊旅団……想像以上だよ! お父様に『できるなら色仕掛けで落としてこい』なんて言われるのも納得!」

「色仕掛け?」

「あ」


 そうか、そう言うことか。

 妙に距離が近いと思っていたんだよ。


 まったくグレイフィールドの国王は油断できない。


「あはは、秘密ばらしちゃった」

「聞かなかったことにしてやるから、あまり俺達から離れるな」

「そだね。ここはなかったことに」


 ルーナが俺に近づくと、カエデが立ち塞がるように間に入った。


「ルーナさんは私がしっかりお守りしますから」

「ひぇ、カエデちゃん怒ってる!?」

「いえ、ぜんぜん。怒ってないですよ」

「でも目が!」


 カエデはルーナの腕を掴み、ずるずる俺から引き離す。


「カエデちゃん、ごめんなさい!」

「おこってないですよー」


 まぁ、カエデが傍にいるなら問題ないだろう。

 一応、ロー助も護衛についてるし。


 俺達は先へと進んだ。





「だいぶ片づきましたね」

「ああ」


 築かれたアンデッドの山。


 総数は五千前後だろうか。

 途中から数えてなかったので正確な数字は不明。


「多過ぎ。もう疲れたわ」

「フラウちゃん大活躍だったね! ルーナびっくりしたよ!」

「ふへ、そう?」

「うんうん、可愛いのに強いなんて無敵だよ!」

「ふへへ」


 褒められてだらしない顔になるフラウ。


 だが、ルーナもそれなりに戦って活躍している。

 愛用の片手剣でスケルトンとゾンビを一体一体確実に倒しているのだ。


 数でこそ劣るが、きちんとパーティーに貢献している。


「あれ!? レベルが見たことない数字にまで上がってる!?」


 ステータスを確認したルーナが騒ぎ出した。


 しまった、彼女にも経験値が流れ込んでいたのだった。

 説明が面倒だな。どうしたものか。


「みてみて、53だったのに172になってる!」

「森の神のおかげだ」

「も、森の神??」

「そう、森の神」


 いまいち腑に落ちない顔をしていたが、ルーナはそれ以上理由を探ろうとはしなかった。


 森の神すげぇな。

 なんでも解決してくれそうだ。


「ご主人様」


 谷の中央辺りに到着。

 そこでカエデがとあるものを見つけた。


 壁にぽっかりと空いた四角い穴。


 下へと続く階段があった。


「狂戦士の谷には、ダンジョンがあるって昔から噂があったんだよ。でもほら、あれだけのアンデッドでしょ。調査ができなくて真偽がはっきりしなかったんだ」

「長く放置されてきたダンジョンってことか」


 興味がそそられるな。


 さて、このダンジョンはどの程度の難易度か。


 できればレベルアップに適した場所であってもらいたい。


 なんせあれだけ倒しても俺のレベルは303になった程度なのだ。

 さすがは貯蓄系スキル、しっかり俺を苦しめてくれる。


 俺を先頭に階段を下りる。


「おおおおおおっ!」


 階段を下った先にいたのは一匹のゴーストだった。

 辛うじて肉眼でも確認できる。


 瞬時に竜眼を発動。


 ゴーストは取り憑こうと俺に寄ってきた。


 がしっ。


「おおおっ?」

「生まれ変わったら良い人生を送れ」


 鷲掴みにしたゴーストを床にたたきつけた。

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