65話 翌日も風呂に入る戦士


 翌日、俺はカフェでコーヒーをすする。


 案内役としてつけられたのは第一王女のルーナ。

 金髪をサイドテールにした美しい少女である。


 目をひくのは、ぷるんとゆれる白く柔らかそうな谷間。


 胸元が大きく開いた白いシャツは、ぴっちりしていて上半身をくっきり浮かび上がらせている。

 それでいて下半身もフィットするズボンだ。


 非常に、非常に目のやりどころに困る。


「ちゃんと聞いてる? トール君?」

「ああ、うん、聞いてるよ」


 ずいっと顔を寄せるルーナ、だが同時に胸も寄ってくるので、思わず生唾を飲み込んでしまう。


「ごしゅじんさま~!」

「分かってる。もう見ないから」


 視線に気が付いたカエデが、隣で目をうるうるさせる。


 しかし、今のはどうやっても見てしまうだろ。

 ルーナはなかなかの胸の持ち主だ。


 で、ルーナはというとニコニコして俺を見つめている。


「トール君達ってマリアンヌのことを助けてくれたでしょ? だからずっと会いたい会いたいって思ってたの。実は今回の案内役、無理言ってお父様にお願いしたんだ」

「マリアンヌって、アイナークのマリアンヌか」

「うん、文通相手でお友達」


 意外な繋がりに驚く。


 世間は思うより狭いものだな。

 まさかこんなところでマリアンヌの友人に会うとは。


「でさ、トール君達はどこ行きたい? 観光名所? グルメ巡り? それとも遺跡探索?」

「君付けは止めてくれないか」

「いいじゃん。その方が可愛いし」


 君をつけるだけで可愛いのか?

 よくわからんな。


「できれば先に神殿へ行きたいな」

「そうなの? じゃあそうしよっか」


 返事が軽い。

 本当にお姫様なのかつい疑ってしまう。


 ずずっ、コーヒーを啜る。


「ところでフラウちゃんとパン太君はどこ?」

「ここだ」


 椅子に置いていたリュックを開く。


「ぐぅう、ぐぅう」

「きゅうぅう」


 そこにはパン太にしがみついて眠るフラウがいた。


 フラウもパン太も朝は弱いので、頻繁にリュックの中で眠っている。

 ちなみにこれは昼寝的なものではなく、二度寝である。


「やっぱり可愛い! トール君いいなぁ、こんな可愛い子達と一緒にいられて!」

「……えへ」


 こいつ、実は起きてるだろ。


 カフェの店員にクッキーを注文すると、フラウは飛び起きた。



 ◇



 グレイフィールドの聖武具の神殿は、首都から半日の場所にあり、二つの神殿は分裂途中のスライムのごとくくっついていた。


「ご主人様のように聖武具を得られるでしょうか」

「自信を持て。お前は紛れもなく英雄クラスだ」

「くくく、史上初の聖武具を持ったフェアリーになってやるわよ」

「フラウも自信――どころか、どす黒い欲望が出てるな」


 まず最初にフラウが挑戦する。


 扉に手を当てると光の波が走った。


 ごごごご。


 ぼっ、ぼっ、ぼっ。


 明かりが灯り、奥へと俺達を誘う。


 最奥には台座に刺さった聖剣があった。


「抜くわよ! 絶対に抜いて見せる!」

「ちゃんとイメージしろよ」

「任せて主様! フラウが絶対に必要な奴隷だってこと証明してあげるから!」

「お、おお……」


 フラウが勢いよく剣を抜いた。


 次の瞬間、剣は光に包まれフラウが扱いやすいサイズのハンマーへと変化を遂げた。


「革命的瞬間だよ! フェアリーが英雄になっちゃった!」

「ふふん、フラウにかかれば抜きまくりよ」

「おめでとう! やっぱりフラウちゃんは格好良くて可愛い!」

「えへへ」


 褒められて嬉しいのか、フラウはだらしない顔だ。


 様子を見ているパン太が少し不機嫌になる。

 たいして変らないサイズのフラウが、聖剣を抜いたことに嫉妬しているのかもしれない。


「貴方には貴方のできることがありますよ」

「きゅぅう!」


 カエデに抱きしめられて、パン太はぽろりと涙をこぼす。


 眷獣と言えど、パーティーの一員としての誇りがあるのだろう。

 パン太にも戦える力があればよかったのだが。


 神殿を出て、そのまま隣の神殿へと向かう。


 カエデが扉に手を付ければ、当然のようにひとりでに開いた。


「ご主人様、見ていてください」


 彼女は最奥の聖剣の前に立つと、柄を強く握りしめた。


 引き抜いた瞬間、片手剣は光に包まれ二つへと別れる。


「これが……私の聖武具」


 カエデの両手に握られていたのは、折りたたまれた鉄扇だった。


 ばっ、広げて見せれば美しい扇から柔らかい風が起こる。

 カエデは俺に見せるようにその場で舞い踊り、白く艶やかな髪はさらりと流れた。


 舞いが終わると俺達は思わず拍手する。


「すいません。新しい扇に、つい浮かれてしまいました」

「いいものを見させてもらったよ」

「ごしゅじんさまを想って、舞いました……」

「ありがとう」


 頭を撫でればカエデは目を閉じて気持ちよさそうにする。

 ぱたぱた。尻尾が盛んに揺れていた。





「じゃあ、次はどこへ行く? ダンジョン!? 遺跡!?」

「今日はもう遅いし街に戻るつもりだ」

「え~、せっかく装備調えてきたのに!」


 ルーナは途端に不機嫌になる。


 そんなにも冒険を楽しみにしていたのか。少し悪いことをしたな。

 だが、姫君を野営させるわけにもいかない。


 今日のところは大人しく帰ってもらうとしよう。


「じゃあみんなでお風呂行こっか!」

「それはいいですね」

「三人で背中を洗うってのもいいわよね」


 と言うわけで今日は切り上げて街の大衆浴場へと向かう。



 ◇



 かぽん。

 桶が床に置かれる音が響く。


 昨日に続き、今日も湯に浸かっている。


 これ、気持ちよすぎてはまりそうだ。

 体の芯を温める湯は最高。


「カエデちゃん、大きい!」

「やめてください。揉まないで」

「やわらかーい! なにこれ!」

「でも、ルーナもいいもの持ってるじゃない」

「そう? でも、あんまり自信はないかな」


 男湯の男共がぴたりと動きを止める。


 壁越しで聞こえてくる女性達の声に誰もが聞き耳を立てていた。

 もちろん、俺もだ。

 湯に浸かりながら聴覚は研ぎ澄まされている。


「聖武具を二つも手に入れたそうだな」

「うわぉ!?」


 いつの間にか隣にグレイフィールドの国王が。


 絶対こいつ、アサシンかシーフのジョブを持っているだろ。

 あまりにも気配がなさすぎる。


「無事に手に入れたよ」

「ならよかった。これで幾分かは戦力アップもできただろう」

「残念だけど、それでも魔王の足下にも及ばないがな」


 国王は「レベル800、規格外の化け物だな」とぼやく。


 ここ五百年の勇者は全員がレベル200前後だ。

 それで魔王を倒すことができたのだから、歴代魔王のレベルもそこまで高くはなかったはずだ。


 800と言う数字がどれほど馬鹿げているのかよく分かる。


 普通に考えれば勝ち目ゼロだよ。

 死にに行くようなものだ。


 だが、それでもやるつもりだ。


「なぁ、この辺りでレベルアップに最適な場所はないか」

「だったら狂戦士の谷へ行くといい。あそこはアンデッドの巣窟だが、その分レベルの上がりは早い」


 狂戦士の谷……聞いたことがあるな。


 グレイフィールドで誰も立ち入らない危険な場所があると。

 しかも未だ全容が分かっていないとか。


 そこなら効率よくレベルアップができるかもしれない。


 運がよければレアなアイテムも手に入るかもな。


「姫さんはおいていった方が良さそうだな」

「うむ、それなりに戦えるようには鍛えているが、もしものこともある。ルーナではなく別の者を案内に行かせよう」


 だよな。お姫様にもしものことがあれば大変だもんな。

 それを聞いて俺もほっとしたよ。


 よーし、明日からレベルアップに励むぞ。




「ご主人様」

「待たせたな」


 浴場を出ると、カエデ達が待ってくれていた。


 しっとりと濡れた白髪と狐耳は、普段以上に艶があり、白い首筋はピンク色に染まって色気があった。


 彼女はすっと左腕に腕を絡ませ、恥ずかしそうにうつむく。

 湯上がりのせいか余計に顔が赤く見えた。


「ふぅ、一休み」

「きゅう」


 フラウとパン太が俺のそれぞれの肩に乗る。


 夕暮れの通りは人が多く、いくつものランプが輝いていた。


 空いていた右腕に誰かが腕を絡ませる。


「両手に花で気分良いでしょ?」

「お、おお……」


 腕に、当たってる。

 柔らかさにドキドキしてしまう。

 

 むにっ。


「わた、わたた、わたしも」

「カエデ!?」

「はきゅう」


 ばたん、カエデは顔を真っ赤にして倒れる。


 対抗意識を燃やさなくていいのに。

 まったく可愛い奴隷だ。


 カエデを背負い、のんびり宿へと帰還した。

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