64話 風呂に入る戦士
前線から離れ数日後。
グレイフィールドの首都へと至った俺達は、宮殿へと足を運んでいた。
玉座に座るのはグレイフィールドの国王。
まだ四十代と若く、その目は力強さで漲っている。
「――勇者が裏切ったと言うのはまことか!」
「この目で見た。セインは、勇者は魔王に連れられ暗黒領域へと向かった」
「討つべき者が逆に取り込まれるとは! とんでもないことをしでかしてくれた!」
国王は肘置きを拳で叩いた。
謁見の間に重い空気が横たわる。
俺が知る限り魔王と手を組んだ勇者は、長い歴史を見ても一人としていない。
もしかしたら存在を抹消されただけなのかもしれないが、確実なのはここ五百年ほどは裏切りはないということだ。
すでにアルマン王には、メッセージのスクロールで報告を入れている。
早い内にバルセイユ王にもセインの裏切りが届くだろう。
「しかしどうしたものか。今はどの国も聖武具を持つほどの英雄が不在だ。加えて魔王を討てるほどの兵力もこちら側にはない。せめてもう少し時間があれば」
「時間なら俺達が稼ぐ。魔王も勇者も倒さなければならない相手になったからな」
「ふむ、元恋人に元親友だったか。貴公にはその二人を殺す覚悟が本当にあるのか」
「ある」
きっぱりと言い切る。
正直、世界の為とか平和の為とか、そんなんじゃない。
完全な私怨だ。
ネイとソアラを苦しめたセイン。
両親を殺したリサ。
この二人だけはどうしても許せない。
俺の手でけじめをつけなければ。
「よろしい。では貴公に勇者の称号を授けよう」
「……は?」
言っている意味がよく分からなくてアホ面を晒してしまう。
俺が、勇者?
なにそれ、新しい冗談?
「とは言っても称号を渡すのはアルマン国となるだろうが。こうなった以上、可及的速やかに勇者の席を埋めなければならない。できれば元から貴公が勇者だった、としたいところだ」
「ちょ、ちょっとまってくれ! 俺が勇者なんて!」
「各国の士気に関わるのだ。勇者が裏切ったともなれば、悲観する者も出てくるだろう。希望を潰えさせぬ為にも、漫遊旅団にはその役目を背負ってもらいたい」
待てって、勝手に話を進めるなよ。
俺は了承してないぞ。
百歩譲って英雄は受け入れよう、けど勇者はダメだ。
一度なれば、死ぬまで一挙一動を注目され続けることになる。
何度も言っているが、俺は目立つのは好きじゃないんだ。
絶対に勇者になんかならないからな。
「その様子だと受け入れがたいようだな」
「当然だ。悪いが勇者は遠慮させてもらう」
「歴史に名を残す大変栄誉なことだと思うが、何が不満か聞かせてもらいたい」
「め、めだつのが嫌いなんだよ……」
理由が理由なので少し恥ずかしい。
そりゃあ勇者に選ばれるのは正直言って嬉しい。
でも昔から主役になるのは苦手なんだよ。
だいたい俺はさ、沢山の責任とか、義務とか、背負えるほどの人間じゃないんだ。
小さな村で平凡に生まれ育って、何でもできる親友の背中に憧れて戦士になった、どこにでもいる普通の男なんだよ。
だから背負えるものなんてそう多くはない。
勇者なんて俺には重たすぎる。
「では、勇者の称号は漫遊旅団に与えるとしよう。それならば名前は伏せたままでも活動できるのではないか?」
「うぇ、またかよ」
「そう拒むな。すでに漫遊旅団は巷で真の勇者ではないかと囁かれている。その噂にお墨付きを与えるだけの話だ。もし勇者でありつづけることが嫌ならば、パーティーを一度解散すればよい」
なるほど、解散して新しい名前で再結成すればいいのか。
そうすれば称号から解放され、俺達は元の自由な生活に戻れる。
だが、勇者のジョブを持っていないのに、勇者になっていいのだろうか。
あくまでも代わりだってことは理解しているが、ただの戦士が勇者なんて……。
「それと暗黒領域に踏み込むのは待ってもらいたい。砦は落としたものの、未だ守りは不安定な状況だ。しばしこの街で過ごしたのち、出発してもらえないだろうか」
「分かった。で、待っている間は何をすればいい?」
「風呂だ」
はぁ?
◇
グレイフィールドの住人は風呂好きで有名だ。
その最たるものが大衆浴場と呼ばれる、誰でも入れる風呂の存在だ。
曰く、強者は一日三回風呂に入るそうだ。
曰く、風呂から上がったあとのミルクは格別らしい。
曰く、グレイフィールドで風呂に入らない奴は馬鹿。
兎にも角にもこの国は風呂を中心に回っている。
余所の者の俺には理解できない感覚だ。
「ふぅうう、最高じゃないか」
湯船に浸かって体の力を抜く。
見知らぬ男達も同様に湯に浸かっており、頭にタオルを乗せてだらしない顔をしている。
俺もあんな顔をしているのだろうか。
だが、そんなことがどうでもいいと思えるくらい気持ちが良い。
ここ最近、色々なことがありすぎて疲れていたのかもな。
湯に浸かっていると疲れや重みが溶け出すようだ。
「我が国の湯はどうだ」
「うぉ!? どうしてここに!??」
いつのまにか横に国王がいた。
つーか、あんたこんなところに来て良いのかよ。
王様だろ。ここ、平民が入るような風呂なんだが。
「気にするな。ここには何人か護衛が紛れている。それに余がここへ来るのは初めてのことじゃない。だいたい一日一回くらいだ」
「毎日じゃねぇか」
仕事してるのかこの王様。
周囲を見てみるが、彼がいることに違和感を抱いている者はいないようだった。
むしろ彼を見て「よ、元気か陛下」と挨拶をしているくらいだ。
どんな国だよここ。
「ところで君は我が国に移ってくる気はないか」
「それって」
「グレイフィールドの英雄になるのだ。いや、この場合は勇者と言った方がいいか」
彼が言いたいのはアルマンの称号を返上し、グレイフィールドで改めて称号を授かるというものだった。
できないことはないが、やれば確実にアルマン王の怒りを買うことになる。
俺も、グレイフィールド王も。
「やめておくよ。俺はアルマンとは仲良くしていたいし、英雄の称号だっていずれは返したいとか思ってるからな」
「無欲だな」
「そうじゃない。自由が好きなんだよ。忘れてると思うが俺は冒険者だ。好きなところへ行って、好きなことをして、好きなだけ美味いものを食う。むしろ強欲だと思ってるくらいだ」
国王は「なるほど。確かに欲深い」と風呂の縁へ背中を預ける。
「貴公は魔王を倒せると考えているか」
「さぁな、気持ちの上ではそのつもりだが、実際は相対してみないと分からないだろうな。実力だってかなりの開きがある、まずはそれを埋めないと話にならないだろ」
「正直な男だな。余は誠実な者は好きだぞ」
「そりゃあどうも」
国王がわざわざ来たのは俺の本心を知りたかったのかもな。
なんせ魔王も裏切った勇者もよく知った奴らだ。
俺まで裏切るんじゃないかと、警戒するのは普通のことだ。
まぁ、無駄な心配なのだが。
「貴公には二人の奴隷がいるそうだな」
「どっちかというと仲間だが」
「ならばこの国にある二つの聖武具の神殿へ行くといい。相応の実力があれば戦力強化も果たせるであろう」
つまりカエデとフラウに聖武具を抜かせろってことか。
考えてみればそろそろカエデの鉄扇も補修が必要なところに来ていた。
元々そこまで強い素材でできた武器でもなかったわけだし。
もし二人が所有者になれるのなら、間違いなく大幅な戦力アップだ。
「それと相談なのだが、貴公のパーティーにしばらく案内人を付けようと思っている。そこそこ戦えて非常に我が国に詳しい者なのだが、どうだろうか」
「それはありがたい。ぜひお願いする」
「ならばよかった。ちょうど外で待たせているのだ」
ざばぁ、国王は微笑みを浮かべて立ち上がる。
「はろー、初めまして! 第一王女のルーナだよ!」
「…………」
浴場の外で待っていたのは、ピンクのドレスを着た美しいお姫様だった。
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