63話 真実を知る戦士
いま、なんて?
「聞こえなかった? あなたの両親を殺したのは私よ」
「うそ、だよな」
「ふふ、本当のことよ」
意識が遠のくような感覚になった。
リサの言葉を理解しようとするが、頭が拒絶していた。
もし事実なら、俺には受け入れがたい。
「私が唯一貴方を気に入ってた点は、両親の仇を目の前にしながら、嬉しそうに愛してると語りかけてくれたところね。だって、ぶふっ、滑稽すぎて笑えるじゃない」
足下から力が抜けて落ちるように座り込む。
ありえない。
うそだ。
リサはそんなことしない。
「ご主人様! お気をたしかに!」
「!?」
カエデが後ろから抱きついて癒やしの波動を使用する。
闇の中へ沈みそうだった俺の腕を、白く美しい手が掴んだ気がした。
「ありが、とう……カエデ……」
「いえ」
俺は立ち上がり深呼吸する。
落ち着け冷静になれ。
動揺するな。
父さんと母さんが殺されたのは昨日今日のことじゃない。
俺はずっと前に二人の死を受け入れただろ。
それよりも、なぜリサが二人を殺したのかを知るべきだ。
「そのビースト、目障りね」
「っつ!」
カエデに杖が向けられ、咄嗟に俺は間に入る。
身を焦がす爆炎、大剣を盾にしてなんとか凌ぐ。
背後にいるカエデが無事なのを確認すると安堵した。
しかし、なんて威力だ。
さすがはレベル800の魔王。
たった一発の魔法でもう足が震えている。
「へぇ、今度はその奴隷にご執心なのね。もう私に愛してると言ってくれないの? ほら、無駄な努力をしていたあの頃の話とか聞かせてよ。惨めなトールの話が聞きたいわ」
「そんなことはどうでもいい。どうして俺の父さんと母さんを殺したのか聞かせろ」
「ああ、そっち。そうね……いいわよ」
リサは近くにあった死体の上に腰を下ろし足を組む。
「元恋人のよしみで計画の全容を教えてあげるわ。特別よ?」
「御託はいい、早く言え」
「せっかちね。まぁいいけど。知っての通り魔王である私にとって一番の脅威は勇者よ。とてもじゃないけど、魔王戦に特化した勇者のジョブは放置できるものじゃないわ」
彼女は足を組み替える。
「でも排除してもまた百年後には現れるじゃない。すごく面倒、いちいち相手してられないわ。そこで私は、じゃあ仲間にして近くにおいておけばいいじゃないって考えたの」
……そう言う理屈か。
リサにどの程度の寿命があるのかは不明だが、長命なら何度も勇者と戦うこととなってしまう。だったら次を作らせない為にも、今代の勇者を引き入れる方が先々安心することができる。
だが、どうしてそこに俺の両親が関わってくる。
「まず私は占術師のレアジョブを持つ配下に、勇者がどこに現れるか未来予測してもらったわ。それから、あどけない子供のフリをして村に越したの。でも肝心のセインは、普通の色仕掛けでは落とせない偏った性癖を持っていた」
リサは話を続ける。
「悩んだわ。他人のものにしか興味が湧かないなんて計算外だったもの。そこで私は計画に変更を加えて、一度他人のものになろうと決めたの」
「つまり俺はセインを手に入れる為の踏み台だったわけか」
「そ、でも、トールを落とすのはそれはそれで面倒だった。そこで思いついたのが、両親を殺されて悲しみにくれるトールに、私が優しく取り入ることだった」
ぎりり、こみ上がる怒りで奥歯が砕けそうだった。
俺に効率よく取り入るために両親は殺され、何も知らない馬鹿な俺は、まんまと仇に心を許してしまったのだ。
何もかもが踏みにじられていた。
この女のせいで俺の人生は狂ったのだ。
「でも計算外だったのはセインに誘惑の魔眼が出たことね。面倒なスキルに目覚めてくれて本当に困ったわ」
「ネイとソアラ、あの二人は巻き込む必要はなかったんじゃないのか」
問いかけにリサはクスクス笑う。
「だから計算外って言ったでしょ。おかげで排除するのに手間取ったわ。セインには私に信頼を寄せてもらわないといけないのに、どうでもいい二人に意識を割かれると困るのよ。信じられるのは私だけ、そう思ってもらわないと計画は失敗だもの」
だが、彼女の言うことには矛盾がある。
彼女の近くには新しい仲間だろう女性が立っていた。
もしやあの仲間も計算外だったのだろうか。
「あの子? あれは私が手配した配下よ」
「な!?」
聖職者らしき女性は指輪を外す。
次の瞬間、姿形が変わり痩せ型の引き締まった魔族の男となった。
「うぇ!?」
――なぜかセインが狼狽している。
魔族の男はセインに恥ずかしそうな顔を向けた。
それから顔を赤らめて自身のお尻をさする。
「事情は分かったかしら? 最初からあなたには一ミリも興味がなかったし、さらに言えば早く殺したいくらいだったの。見逃したのはせめてもの優しさね」
ようやく真実を捕まえた。
全ては目の前の女から始まっていたのだ。
俺は怒りにまかせてリサに剣を振るう。
だが、一瞬で間に入った魔族の男が槍で剣撃を止めた。
「魔王様に近づけると思うなヒューマン」
「ミリム、恐らくトールのレベルは200近くよ。注意して戦いなさい。それと私は城に帰るから、適当に相手したら戻ってきなさい」
「はっ」
槍で弾かれ俺は大きく後方へと飛ばされる。
リサは立ち上がり、セインと共に背中を向けて歩き始めた。
待て、俺と戦え。
お前達は絶対に許さないぞ。
「六将軍が一人、ミリム。魔王様の命により貴様の相手をする」
「どけ! 邪魔だ!」
力任せに剣を叩きつけるが、奴は槍で衝撃を逃し、鳩尾に強烈な蹴りをたたき込んだ。
蹴り飛ばされた俺は、空中で体勢を整え、なんとか地面に指を立てて勢いを殺した。
「よくも主様を!」
「見えている」
ミリムはフラウのハンマーを容易に躱し、一瞬で背後に回り込む。
「アイスロック」
槍の矛先がフラウの背中を狙おうとした瞬間、奴の足は瞬時に凍り付いた。
カエデが鉄扇を華麗に構える。
「よくもご主人様を傷つけましたね……勇者とあの女もそうですが、貴方にも地獄を見てもらわないといけません」
「魔法使いか、邪魔な」
「フラウがいることを忘れないでよね! ブレイクハンマー!」
「ぐぬっ!?」
ど、ずん。
轟音が響き、ミリムはハンマーによってすさまじい勢いで飛んで行く。
咄嗟に槍でガードした奴は、滑るようにして着地した。
「一撃でこのダメージ、魔装しなければ」
脈動する槍から力を引き出そうとする。
だが、その前に風の刃が通り抜け、ミリムの右腕を肩から切り飛ばした。
宙を舞う腕と槍。
冷たい目をしたカエデがパチンと鉄扇を閉じる。
「そのような暇を与えてもらえると思ったのですか」
「あぎっ!? ひぃ、ひぃいいいいいっ!!」
ミリムは傷口を押さえて逃げ始める。
転んでも立ち上がって必死で走り続けていた。
その姿はあまりにも無様で滑稽だ。
カエデが目で『どうしますか?』と問いかける。
決まっている、逃すはずないだろ。
俺は無音で駆け抜け、すれ違い様に大剣を一閃。
「げぼっ、こ、こいつら、れべるにひゃくどころじゃ……」
ずるり。
後ろにあるミリムの体が斜めにずれ落ちる。
「逃げられたか」
左の拳を強く握りしめる。
セイン達はすでにどこにもいなかった。
カエデが気持ちを察するように腕に手を添える。
その手の温かさが今はありがたかった。
フラウがふわりと地面に降り立つ。
「あいつらムカつくけど、今回ばかりは諦めた方がいいんじゃない。相手はレベル800の魔王よ」
「……諦めないさ。あの二人は必ず俺が倒す」
「主様がそう言うんだったら付いていくけどさぁ。レベルアップは必須よね」
「ああ、このままじゃ勝てないな」
今の俺ではリサの足下にも及ばない。
力の向上は間違いなく必要だ。
それと、勇者がヒューマン側を裏切ったことも問題だ。
最悪と言っていい。
魔王どころか勇者までもが敵に回ってしまったのだ。
うぉおおおおおおおっ。
歓声が聞こえる。
見れば砦にグレイフィールドの旗が立っていた。
暗黒領域への道を開いた。
いつでも魔族の領域へと踏み込むことが可能となったのだ。
「いかがいたしますか」
「まずはグレイフィールドの国王へ、勇者が裏切ったことを伝えなければならない。追いかけるのはその後だ」
大剣を背中の鞘に収め、俺達は戦場を後にした。
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